第100話

 フィノーラたちが当初拠点としていた洞窟。

 その洞窟の入り口から少し離れた場所で、俺は森の木々にまぎれるようにして待機していた。


 その俺の傍らには、猫耳と尻尾が愛らしい少女が、俺にぴったりと寄り添うようして立っている。

 ミィはそのつぶらな瞳で俺を見上げ、口を開く。


「多分、そろそろですか?」


「ああ。レファニアが首尾よくやってくれればいいが」


 そう返しつつ、俺は視線を洞窟のほうへと向ける。


 洞窟の入り口前、その付近の十メートルほどは、木々のない開けた草地になっている。

 そしてその場所こそが、今回の作戦の肝となる場所である。


 するとそのとき、ミィが俺のローブの裾をくいくいと引いた。


「──来たですウィリアム。あそこ、レファニアです」


 そう言うので、ミィが指さした方向を見てみる。

 しかしその先には、ただ一面の森の木々が見えるだけだった。


 ──いや。

 じっと目を凝らすと、ミィが指し示す方角、ずっと先のほうで何かが動いているのが見えた。


 それはよく見れば、木々の間をかいくぐって駆けてくるエルフの姿だった。

 その空色の髪のエルフの少女は、ときおり背後を気にしつつ走り、徐々にこちらへと近付いてくる。


「よく気付くものだな……」


「ふふん、視力には自信があるです。何なら頭なでなでしてもっと褒めてくれてもいいのですよ、ウィリアム?」


「あ、ああ。さすがはミィだ」


「にゃはっ。にゃあああっ」


 ミィの要求通りに髪をなでてやると、獣人の少女は目を細めて気持ちよさそうにしていた。

 相変わらず可愛らしいことこの上ない。


 それはさておき。


 レファニアがある程度近付いてきた段階で、俺は手を振り、彼女に合図を送った。

 それに気付いた様子のレファニアは、一度また背後を振り向いてから、俺たちのほうへと駆け寄ってきた。


 俺はレファニアが俺たちのもとに合流したタイミングで、認識阻害インセンサブルの呪文を唱える。

 術者を中心にした範囲に影響を及ぼすこの呪文の効果は、俺の周囲のミィとレファニアを同時に効果範囲に包み込んだ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


「お疲れ様、よくやってくれた。手ごたえはどうだった?」


「た、多分っ……引っかかってくれてると、思うっ……」


 レファニアは荒く息をつきながらも、俺の質問に色よい返事をする。

 上々の出来栄えのようだ。


 そのまましばらく待っていると、最初にレファニアが見えた方角の遠くに緑色の巨体を持った亜人種の姿が見え始めた。

 オークの群れだ。

 周囲を窺うように見渡しながら、森の中をのしのしと進んでくる。


 よし、いい具合だ。

 あとは──


 俺は適切なタイミングを見計らって、幻影イリュージョンの呪文を唱える。

 対象となる場所は、洞窟前の広場だ。


 呪文が完成すると、洞窟の前には空色の髪のエルフの少女が姿を現す。

 それは完全に、レファニアと同じ姿をしていた。


「本当に、私そっくり……」


「さあ、オークどもは食いつくですか……?」


 レファニアとミィが、それぞれに感想を漏らす。

 当然ながら、本物のレファニアは俺の傍らにいた。


 しばらくそのまま待っていると、周囲の様子を窺いながら進んできたオークの群れが、洞窟前の広場を視界に入れるあたりまでやってきた。


 俺はそこで、呪文の効果に指示を与える。

 レファニアの姿をした幻像は、そのオークのほうを見てびくりとした様子を見せてから、慌てた様子で洞窟の中へと駆け込んだ。


 するとそれに釣られるようにして、オークの群れが洞窟前の広場に集まってきた。


 ほどなくして、総勢三十を超える数のオークが、その広場一帯を埋め尽くす。

 その中には上位種と思しき個体も十体近く混ざっていた。


「かかったわ。面白いように……」


「よしミィ、連絡を頼む」


「はいです。任せるです」


 ミィは早速、認識阻害インセンサブルの範囲から抜けて、後方へと駆けていった。

 ひっそりと、オークたちに見つからないようにこの場を抜け出すのは、隠密行動が得意なミィが最も適している。

 実際彼女は、広場に集まっているオークたちにまったく気付かれることなく、森の木々の中へと消えていった。


「これであとは、近くで待機してるみんなで包囲して殲滅するだけ、よね……? すごい、本当にウィリアムが言っていた通りになった……」


 俺の隣では、レファニアがぽつりと、驚きの声を上げていた。


 今回俺が立てた作戦は、とてもシンプルなものだ。

 レファニアがオークに「わざと見つかって」逃げる。

 それを追いかけてくるオークを幻影イリュージョンの呪文で騙し、洞窟に注意をひきつける。

 そうして洞窟前の一ヶ所に集まったオークたちを味方全軍で取り囲んで総攻撃しようというものだった。


「上位種のオークに多少知能の高いものがいれば、何らかの罠の可能性は疑うかもしれんがな。しかしエルフが洞窟の中に駆け込んだ様子を見れば、『罠は洞窟の中に仕掛けられている』ものと考えるだろう。今頃はあの洞窟をどう攻略するかを、懸命に考えているのかもしれんな」


 実際には、「あの入り口前の広場に集められた事自体が罠」である。

 あれだけ固まっていれば俺の魔法でも一網打尽にしやすいし、エルフたちの弓矢や魔法による集中砲火でもいい的になる。


「だがこれで勝ちではない。勝利条件は、『敵を一体たりとも逃がさないこと』、そして何よりも『味方に一人たりとも損害を出さずに敵を殲滅すること』だ。ここからは純粋な力と技の勝負になる。気を抜くなよレファニア」


「う、うん、もちろん。……でもおかしいな、本来わりと絶望的な戦いだったはずなのに……?」


 レファニアはそう言って、不思議そうに首を傾げていた。

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