第70話

 ゾンビの弓兵たちは、アリスの命令がなければ攻撃的な動きをしてくることはなかった。


 またどこか構造に無理があったのか、シリルが亡者退散ターンアンデッドの奇跡を行使すると、すべて一斉に崩れ落ちて動かぬ死体となった。


 そして残ったのは、地に伏し、もはや助かる見込みがないほど血を流したアリス。

 俺が彼女の前に立つと、美貌の女導師は憎々しげに地べたから俺を見上げてきた。


「騙したわね……矢よけミサイルディフレクションを使える魔術師の魔法の矢マジックミサイルが、一本のはずがない……それにどうやって私の罠を見破ったの……?」


「キミも使っていただろう。魔法の目ウィザードアイの呪文だ」


「うそ……まさか、導師級……! どうしてそんな、冒険者なんて……」


「その質問は聞き飽きた。職業選択の自由だ」


「……なるほど、変人ってことね……私も大概だとは思っていたけど、世の中にはいろんな人がいるものね……でも……」


 アリスは最後の力を振り絞るようにして、懐から一つの紙束を取り出し、俺に差し出してくる。

 その紙束は端のほうは血に濡れている部分もあったが、その内側の文字が書いてあるであろう場所は、まだ読める状態だった。


「あなたも導師なら、私の研究の価値が分かるでしょう……? さあ、これを学院に持っていって公表して。私の功績を広めて。この研究には、犠牲となった人たちの命が詰まっているのよ」


「……っ! てめぇ、勝手なことばっか言ってんじゃ……!」


 すぐ近くで話を聞いていたサツキが、死にかけのアリスに近寄って胸倉をつかみ上げるが、俺はサツキの肩に手をかけ、首を横に振る。


 そして俺は、アリスが差し出してきた紙束を受け取った。


「お、おい、ウィル……! 何を……」


「そうよ、それでいいの! さあそれを学院に持っていって! そしてこのアリス・フラメリアという一人の天才の名が、死霊魔術の研究史に未来永劫刻まれるのよ!」


 サツキが困惑し、アリスが狂喜する中、俺は──


 その紙束を持って壁際まで歩き、そこにあったランプの火で、紙束に火をつけた。


「えっ……?」


 呆然とするアリス。

 そうしている間にも、紙束についた火は勢いを増し、燃え盛ってゆく。


「ば、バカっ! バカなの!? あああっ、あああああっ……!」


 アリスはどこにそんな力が残っていたのかと思えるほどの勢いで、必死に地面を這い、俺のほうへと向かってくる。


 だが彼女の執念が実を結ぶことはなく、彼女が俺のもとにたどり着くよりも前に、紙束は燃え尽きて灰になった。


「あ、あ、あ……私の、私の人生が……」


 はらはらと舞う灰を見上げ、涙を流すアリス。

 俺は、とうに命の灯が尽きていてもおかしくない彼女に、追いうちとなる言葉をかける。


「キミの研究は、確かに画期的な成果をもたらしたと言えるのかもしれん。だが俺はそれを善とは認めないし、キミの夢の手助けもしない。──これは俺の意志であり、俺の正義だ」


「こ、この、人でなし……! 恨んでやる、呪ってやる、殺してやる……うわああああああっ……!」


 その絶叫を最後に、アリスはことりと力を失い、事切れた。


 その後、シリルが死体に簡易の祈りを捧げ、聖別をした。

 これでアリスの怨念が、ゴーストとなって蘇ることもないだろう。


 俺は三人の少女を見渡して言う。


「帰ろう。事後処理について、アイリーンと相談しなければ」


 そう言って、俺は彼女たちがついてくるのを待たずに、その場をあとにした。


 するとシリルが俺の横に駆け寄ってきて、その肘で俺を小突いた。


「あなたひどく思いつめたような顔してるわよ。お酒の席でいいから、あとで胸中吐き出しなさい。私でも聞いてあげるぐらいのことはできるわ」


 それは俺を心配する言葉だった。

 俺はそれを聞いて、大きく一つ息をつく。


「……いや、俺の内面の問題だし、俺自身が消化しきれていないことだ。まだ人に話せるような段階にはない」


 しかしシリルは、呆れたように大きなため息をつく。


「だからこそよ。……はあ、だんだんあなたのことが分かってきたわ。あなたって、案外バカなのかもね。もう少しぐらい人を頼りなさい。全部自分で抱えようとしない」


「…………」


 説教をされてしまった。

 幼少期の、母親の姿を思い出す。


「……分かった、考えておく」


「ん、よろしい」


 そう笑顔で言ったシリルは、俺の前へと回り、背伸びをしてその手で俺の頭をなでてきた。

 ……何故そうなる。


「……それはさすがにいかがなものかと思うのだが」


「あら、いつもあなたがミィにやっていることよ? どんな気持ち?」


「複雑な気持ちだな」


「そうでしょ。複雑なのよ」


 さすがに気恥ずかしくなって彼女のその手は除けさせてもらったが、シリルはそれでもにこにこと笑って俺の横に付き従っていた。

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