第69話

「作戦会議は終わったかしら、臆病者の冒険者さんたち? いい加減待ちくたびれたのだけど、そろそろ攻めてきてもらえないかしら。こんなくだらない戦いは早く終えて、研究に戻りたいのよ」


 依然として挑発をしてくるアリス。

 俺はそれを無視して、仲間たちに確認を取る。


「全員、作戦内容は理解したな? ──この作戦はサツキにすべてが懸かっていると言っても過言ではない。頼むぞ」


「ああ、任せな。必ず一撃で仕留めてやる」


 そう言うサツキは、ふぅと息を吐き、集中を高めている様子だった。

 侮るでも食い入るでもなく、静かな瞳でアリスのほうを見据えている。

 この様子なら大丈夫だろう。


 一方ミィやシリルのほうへと視線を送ると、二人も俺に向かって真っすぐな眼差しでうなずいてくる。

 彼女たちが担うのは万一サツキが仕損じたときの保険の役割だが、二人ともその役割を軽視したりはしていないようだ。


 万全の状態と言えよう。

 俺は彼女らの状態に満足して、前方のアリスを見据えつつ、号令をかけた。


「では行くぞ。三、二、一……ゴー!」


 俺は自らのその掛け声とともに、地面を蹴り、アリスに向かって駆けだした。


 その後ろをサツキ、シリル、ミィの三人が並んで追いかけてくる。

 俺より足が速いサツキやミィも、俺に合わせて走る速度を緩めていた。


 すなわち全員が一丸、一団となっての突撃だ。

 多少間抜けな感はあるが、見栄えなど気にする場面でもない。


「あらぁ、ようやく来る気になったのね。さあ、私の魔法の餌食にしてあげるわ」


 アリスが芝居がかった、しかし嬉しそうな口調でそう言って、呪文の詠唱を始める。


 まったくよく言うものだ。

 魔法の餌食にするつもりなど、まるでないというのに。


 なお通常、魔術師相手にひと塊になって攻めるというのは、愚策中の愚策だ。

 そんな攻め方をすれば範囲攻撃系の魔法で一網打尽にされるので、普通は互いにできる限り距離を取って、散らばって攻めるのがセオリーである。


 そのセオリーを無視してこのような攻め方をするのには、無論それなりの意味がある。

 先に使った呪文の効果の関係上、この形が望ましいのだ。


 ──そして。

 俺たちがアリスまでの距離を半分近くほどまで詰めたとき、ついに呪文詠唱を終えたアリスが、その杖を振るった。


 まだ攻撃呪文が届くような距離でない段階で、アリスが使った呪文は──


「──魔法消去ディスペル!」


 そのアリスの声とともに、空間を間仕切りしていた「壁」が、一瞬の輝きとともに砕けるように消え去った。

 そして壁が消え去った向こう側に、長弓を構えたゾンビの群れが、横並びで合計二十体現れる。


 ──まあ、そう来るだろう。

 「壁」があるままでは、ゾンビどもの視線も通らない。

 こちらに向かって射撃するためには、あの「壁」を取り払う必要がある。


「あはははははっ! 引っかかったわね、バカな冒険者たち! さあお前たち一斉射よ! 矢の雨であの愚か者どもを射殺いころしなさい!」


 すでに矢を番えるフォームで待機していたゾンビたちは、すぐに弓を引き絞り、俺たちに向けて狙いをつけた。


「なっ、バカな……! アンデッドが弓矢を使えるわけが……! ──くそっ、こうなったらこのまま突っ切るしか……!」


 これは俺の台詞だ。

 あらかじめ用意しておいた台詞だが、我ながら白々しいことこの上ない。


「あっははははは! 間に合うわけないでしょバァァァカ! ──放て!」


 アリスが悦に入った様子で杖を横に振るう。

 その号令とともに、ゾンビたちが構えた弓から一斉に矢が放たれた。


 バン、バンという弦が跳ねる音とともに、高速の矢が飛来する。


 それは殺到するように俺たちに向かって飛んできて──


 ──そのすべてが、俺たちの前方の空間で、ふっと横に逸れた。

 不自然に軌道を変えた矢が、俺たち一団を不自然によけて、後方へと飛んでゆく。


「は……?」


 杖を振るったままの姿勢で、呆気にとられた様子のアリス。


 そしてそのとき、俺の後方から一つの影が、猛烈な速度で俺を追い抜いていった。

 サツキだ。


「頼んだぞ、サツキ!」


「オーライ任せろ!」


 速度を上げ彼女本来のスピードで駆けだしたサツキは、みるみるうちに俺を突き放してゆく。


「ちょっ、ちょっと、何が起こったの……? いまの矢の軌道、あれはまるで……でもそんなわけ……あれは中級の魔法で、初級の魔術師に使えるわけが……」


 うろたえるアリス。

 そこに向かって、サツキがぐんぐんと速度を上げて迫ってゆく。

 そしてそのあとを、次いで足の速いミィが追いかけ、さらに俺とシリルとが追いかける。


「えっ、ちょっ……お、お前たち、第二射を……ち、違うそうじゃない、ここは私が魔法を……」


 ひたすらに狼狽し、次の一手を迷っている様子のアリス。

 そうだろう。

 研究者肌の導師ほど、予定通りに事が進まなかったときに崩れやすい人種もない。


 そしてその迷いこそが命取りだ。

 実戦においては、臨機応変の素早い状況判断と意志決定こそがいざというときの決め手になる。

 普段静的な研究にばかり携わっている人間に、日頃から動的な活動に従事している冒険者のような迅速で的確な判断ができるわけがない。


 なお、ゾンビが放った矢を逸らせたのは、俺が使った矢よけミサイルディフレクションの呪文の効果である。

 魔法の目ウィザードアイによる偵察の直後に使った呪文のもう一つはこれだ。

 俺たちが全員一丸となって攻めたのは、この呪文の効果が術者──すなわち俺を中心にした範囲に及ぶためだ。


 そして俺の仕事は、ここまでで終わりだ。

 あとはアタッカーとしての役割を託した、サツキの仕事だ。


 見ればサツキは、あっという間にアリスのすぐ近くまで駆け寄っていた。

 オーラによって常人よりもはるかに高い脚力を持つサツキならではの速度だった。


 アリスもようやく自分が取るべき行動に気付き、慌てて呪文詠唱を始めていたようだったが──


「くっ、ファイア──」


「──遅ぇ!」


 アリスの胸元に、サツキが矢弾のように突っ込んだ。

 ドン、と半ば体当たりをするようにぶつかった。


 両者の動きが止まる。

 次いで、アリスの手から杖が取り落とされ、からんと音を立てて地面に倒れた。


 サツキが一歩身を引き、刀を引き抜くと、アリスの体が崩れ落ちた。


 ──最後は呆気なかったが、どうやら勝負が決したようだ。


「……人を斬るってのは、やっぱいい気分じゃねぇな。……でももうこれ以上、フィリアみたいなやつを生み出させるのは嫌なんだよ……」


 サツキのそのつぶやきは、静寂を迎えた場に静かに響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る