第42話
それはとても唐突な提案だった。
「あ、そうだ! せっかくだからウィル、うちで一緒に晩御飯食べていってよ。仲間のみんなも一緒に。うん、それがいいよね」
件の書類を国王にも見せるという話をしていたら、アイリーンが何故か突然そんなことを言いだした。
そして彼女は、俺たちが何かを言う前に、「みんなの分の夕食も用意するように、爺やに頼んでくるね」と言ってそそくさと部屋から出て行ってしまった。
そうして、俺たちがぽかんとしているうちに話はあれよあれよと進み、俺たちは王城での晩餐を避けられない状態に追い込まれてしまった。
アイリーンのこういうときの行動力は、恐るべきものがある。
そして俺たち四人がアイリーンの部屋から移動し、客室で待たされることしばらく。
間もなく夕食時かというときに、客室の扉の外からアイリーンの声が聞こえてきた。
「じ、爺や、やっぱり無理! ね、やめよ? 僕やっぱり着替えてくるよ」
「なりませぬ、姫様。意中の獲物を落とすためには、臆してはいられませんぞ」
「そんな狩りっぽく言ったって、無理なもんは無理だよぉ!」
「ほほう。姫様は勝てる確証のない戦いからはお逃げになるのですな。おいたわしや……」
「むっ……そ、そんなことないよ。分かったよ。行けばいいんだろ行けば」
アイリーンと話しているのは、彼女付きの執事の老人だろう。
何の話をしているのだかは分からないが、相変わらずアイリーンを見事に手玉に取っているようだ。
「お待たせ! 晩餐の準備ができたよ! さあ行こうウィル!」
客室の扉を勢いよく開いて姿を現したアイリーンは、つかつかと俺のほうに向かってきた。
そして俺の手を取り、そのままの勢いで俺の手を引いて客室を出て行こうとする。
だが──
「アイリーン、その格好──」
「んっんー、何かな! 僕って王女だから、こんな格好でも全然不思議じゃないよね!」
そう勢いで押そうとするアイリーンは──煌びやかな、純白のドレスを身に纏っていた。
いかにもお姫様然とした、プリンセスドレスである。
しかもわりと露出度の高いものだ。
彼女の白いうなじ、露出された肩や背中などを見て、俺は不覚ながら少しドキッとしてしまった。
こうして見ると、アイリーンもやはり女子なのだなと思う。
「……わりと似合うな」
「ひぃいいいいいいいっ!」
俺がぽつりと感想を漏らすと、アイリーンは悲鳴をあげながら俺の手を離し、部屋の隅っこへと逃げた。
そして、角でガタガタと震えるように小さくなる。
「……ごめんなさい僕なんかがこんな格好してごめんなさい、分かってる、分かってるからお世辞だって分かってるからそれ以上言わないでぇえええっ!」
「……いや、別に世辞というわけでもないのだが」
「ぎゃあああああっ! 聞きたくない聞きたくないウィルに殺されるぅううううう!」
アイリーンはついには、ドレス姿のまま床をのたうち始めた。
はしたないことこの上ないと思うが……一体こいつは何をやりたいのだろう。
「サツキ、あっち方面でもライバルみたいですよ」
「ぐぬぬ……アレがちょっと可愛いって思っちまう自分がムカツク……。あざとすぎっていうか、アレ絶対天然だよな?」
「天然って、サツキがそれ言う? そっか、人は自分のことは分からないものなのね……」
俺の後ろではミィ、サツキ、シリルの三人が、こちらもいまいち分からない話をしていた。
彼女らの間では、通じる何かがあるらしい。
そして一方のアイリーンはというと、ようやく少し落ち着いたのか、すっくと立ちあがっていた。
「すーはー……お、落ち着けぇ、落ち着けぇ僕。そうだ、深呼吸だ。どうせあの鈍感は気付かないんだから、気にすることないんだ。ちょっとワンチャンあるかも? っていうこのぐらいの押し押しでちょうどいいんだ。おっけー、大丈夫、僕はやれる、やれる子だぞ」
何やらぶつくさ言っているのは気になるが……。
そして彼女はまた、俺のほうへつかつかと向かってくると、俺に向かってこう言ってきた。
「ウィル。取り決めをしよう」
「あ、ああ。何のだ?」
「これから晩餐が終わって僕と別れるまで、僕の容姿に関する言及は禁止だ。可愛いだとか綺麗だとか言っちゃダメだし、ましてその逆は絶対にダメ。言ったら僕死ぬからね。分かった?」
「……キミが何をやりたいのだか、よく分からんのだが」
俺がそう突っ込みを入れると、アイリーンは顔を真っ赤にして、あわあわとした様子を見せる。
だが次には首をぶんぶんと左右に振り、それからずずいと詰め寄ってきて、俺より少し低い目線から人差し指を俺の鼻先につきつけて、こんなことを言ってきた。
「い、いいの! ウィルは僕の言うことに『はい』って答えればいいの!」
「……お、おう、分かった。ただし特に意図せず出てしまう場合もあるかもしれんから、それは容赦してくれ」
「うん、まあ……それぐらいだったら。──で、でもでもっ、それでも悪く言うのはダメだよ? 僕死ぬからね?」
「分かった。その条件ならのもう」
幼少期と変わらず強引なことこの上なかったが、特にこちらにとって大きな不利益になるような内容でもないし、夕食をご馳走になる立場だから多少のわがままは聞いてやることにした。
そうして俺たちは、そんなおかしな様子のアイリーンに連れられ、食堂へと向かったのだった。
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