第22話

魔術とは、術式と呼ばれる出力回路を構成して、己の生命エネルギーを体外へ出力するものとされている。

回路の組み方で一時的な身体強化や感覚の制御、物質の再構成など色々できる。

術式を経て体外へ出力されるエネルギーは魔力と呼ばれる。


魔術を習得するために必要なものは2つ

術式を練るための頭脳と、生命エネルギーを制御できる生まれ持った体質だ。



生命エネルギーを制御するには、まずその存在を感知できなければならない。

自身の生命エネルギーの流れを把握できなければ、それらを外部へ出力する回路に導出することは不可能だからだ。


生命エネルギーを感知するには、第6器官と呼ばれるエネルギー感覚器官の感度が重要になってくる。

エネルギー感覚は元来、ヒトが認識しづらい感覚であり、この感覚をどれだけ精密に自覚出来るかは、エネルギー制御の精度に影響する。


第6器官の感度は、訓練により後天的にも高めることが可能であるとされているが、生まれつき感度が高い者に並ぶことは難しいと言われている。


さらに、この第6器官が感知した感覚を脳内で組んだ術式に導出するためには、得られた感覚を脳内でより制御しやすい感覚に変換する必要がある。

これは第6感覚の置換と呼ばれるもので、エネルギー量や動きの感覚を視覚や嗅覚、聴覚などに変換する作業をさす。

これを応用することで、魔術師は自分以外のエネルギーの変化も感知することが可能となる。



残念ながら、脳内で行うこの作業は、生まれつき置換回路と呼ばれる神経回路を持つ者にしかできない。


最終的に生命エネルギーを外部に出力するためには、この置換回路が必要であり、魔術を習得するために必要な体質とは第6感覚が鋭く、置換回路を持つことを指す。


置換回路で最も一般的なのは視覚に変換する回路であり、エネルギーの量を色の濃淡で感知すると言われている。



ザックの場合は、魔力を音で感知するようだった。


エネルギー量の増減に伴って発せられる空気の振動を感知するタイプだ。

聴覚に変換する回路を持つ者は視覚型より少ないと言われている。

聴力に依存して感知できる範囲に差があるが、視覚型よりも探知範囲が広く、自分以外の魔力を感知するのに視覚よりも有利であるとされる。


聴覚感知型は攻撃系の魔術師に多い。視覚型に比べ偵察範囲が広いこともあり、直接攻撃に関わらなくとも後方支援に向いている。

それゆえ戦闘要員として王宮騎士団とともに討伐隊に編成されたり、戦闘の多い地域への派遣が多いと聞いていたが。



(ザックもそうだったのだろうか)


ザックから少し離れて歩くバートは、戸惑っていた。



王宮に仕えていた頃、バートは常に前線にいた。

当時、魔術師たちとの交流がなかったわけではなかったが、ザックがバートのいた戦地に来たことは恐らくない。

ザックは魔術師団長の息子である。

同じ戦地にいれば、分隊長まで務めたバートが把握していないはずがなかった。

いや、その他の戦闘地域にいたとしても、名前くらいは耳にする機会があったはずだ。


さらに、これまで半月共にしてきたザックは、とても戦地を経験してきたとは思えない体たらくぶりだった。

鶏がらのような体躯にしても、第一線を戦ってきた魔術師とは思えなかった。


(だが、あの動きは)


ザックが先ほどから耳を澄ますような仕草を繰り返し、リックの魔石の気配を追う姿は。


(あれは、索敵だ)


普段の気まぐれな、ふらふらした歩き方とは明らかに異なっていた。

魔力の感知に集中しているからこそ、無意識に行っているであろう動き。

早足で歩きながら、まるで宙に浮いているかのような軽やかな歩様。足音もたたない。


(あれは誰だ?)


バートは目の前の光景が信じられずにいた。

目の前を歩く男は、自分の知るアイザック・ウェストファルなのか。


やはり、信用ならない男だ。


バートはようやく考えることをやめた。

やめたというよりも、疲れてしまったのだ。


(今はこの男がなにをするのか、自分の目で確かめてやる。それだけだ)


ザックの後を追うバートの足音が、徐々に小さくなっていった。

バートは久々に自分の中で高まる高揚に胸を躍らせていた。

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