第20話
珍しくザックは朝食に手をつけなかった。
あらゆるメニューを頼むだけ頼んだ後で、食べたくないと言い出した依頼主の代わりに、目の前に並んだ食事を片付けるのはバートの仕事となった。
ザックは頬杖をついて、バートが黙々と食事を進める様子を眺めていた。
いつもならばこちらが聞いているかどうかなどお構いなしに話し続ける男が、食事を注文してからは一言も喋らない。
バートは、朝から食べたくもないミートパイやらチョコレートケーキを口に運んでは咀嚼し、嚥下する作業を続けながら、ザックの様子を伺っていた。
一体なにを考えているのか全く分からない。
一晩でなにがあった?
もとより掴みどころのない人間ではあったが、半月、生活を共にしてきたのだ。
自分なりにアイザック・ウェストファルという男を理解しているという自負はあった。
ザックは黙ってさえいれば容姿はそれほど悪くはない。
眼鏡を外して髪を整えれば、どちらかといえば容姿端麗な方だろう。
出自も悪くない。
これまで見てきた限りでは、女性の扱いにも慣れている。
そこから推測すると、これまで色恋沙汰と無縁だったとは思えないし、そういったことに興味がないとも思っていない。
気になる女性をデートに誘うことだってあっただろう。
だが、今朝の行動は今までのザックとかけ離れすぎていた。
ヒロに好意があって早朝からデートに誘ったとは思えない。
よからぬことを考えているようにも見えないが、何かを隠しているようにしか思えなかった。
言わない以上、考えても仕方ない。
それはわかっているが。
(そもそもリックになにを話すというのだ)
ヒロに恋の相談をされて、お節介を焼きにいくわけではないだろう。
ザックは、それほどヒロと親しかったか?
ザックがヒロに恋をするほどの密接な接触がなかったのと同じように、ヒロがザックに恋の相談を持ちかけるほど親密になる時間はなかったはずだ。
考えれば考えるほど分からない。
考えても仕方ないと言いながら、いつも自分はこうだ。
すでに胃は悲鳴をあげていたが、ザックが口を開く気配がない以上、今のところ話すことはない。
ザックが話さないのであればバートはなにも言えないし、目の前の食事を片付けるしかない。
いや、言えないわけではない。言っても仕方がないだけだ。
バートは、メープルシロップのたっぷりかかったホットケーキにベーコンチップを振りかけた。
ザックはバートの手元を見つめている。
ぼんやりしているように見えるが、その目には明らかにはっきりとした意思が感じられた。
「バートってさ」
「朝からよく食べるよね」
突然、ザックが口を開いた。
「早く食べてさ。リックのところに行こう」
「リックの居場所がわかった」
バートは胃のあたりから込み上げるむかつきが、メープルシロップのせいなのかザックのせいなのか計りかねていた。
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