第17話

翌朝。

バートはリュカの言葉に己の耳を疑った。

ザックがヒロと朝早く散歩に出掛けたというのだ。


一体どういうことだ?


俄には信じ難かった。

ザックから誘ったのだろうか。まさか本当にヒロに惚れてしまったというのか。

百歩譲って一目惚れだったとしても、何かしら前触れのような、恋に落ちた者がみせる気配のようなものがあるはずだ。


たった半月とはいえ、これまで共に過ごしてきたバートがその気配に気づかないことなどあるだろうか。


一体、何を企んでいるのか。


もはや早朝の訓練どころではなかった。

行く宛は皆目検討がつかなかったが、とりあえずバートは二人を探すべく宿を飛び出した。





その頃。

ザックとヒロは、村の外れにあるコスモス畑を歩いていた。

星祭りに合わせて植えられた色とりどりのコスモスは、朝日を浴びてやや霞みがかっていた。細かい朝露が光を反射して所々キラキラと輝く。


ヒロは俯いて、祈るように両手を組んだまま歩いていた。表情は読めない。

ザックはヒロに歩幅を合わせるようにゆっくりと歩いていた。


「ねえ、ヒロ」


ザックはコスモスを見ながら話し始めた。


「僕は、ありのままのヒロが好きだよ」


「ヒロが毎日を笑って過ごせるようになるために、できることはなんでもするよ」


「だから、お願い。そんな顔をしないで」


「自分が悪いなんて思わないで」


いつもの早口ではなく、ゆっくりと言い聞かせるような穏やかで優しい口調だった。

ヒロは黙って俯いている。


「ヒロは今のヒロのままでいいんだ」


その言葉に反応したかのように、ヒロが立ち止まった。

ヒロの表情は相変わらず見ることができなかったが、俯いたままの右頬にひと筋の涙が静かに伝い落ちる。

ザックは胸ポケットからハンカチを抜き取り、ヒロの手元に差し出した。


「また明日、ここで待ってる」


ザックが優しく囁いた。

ヒロは答えなかった。

2人は再び無言のままコスモス畑を歩きはじめた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る