第57話 ノーモーション
「それではこれより、準決勝第一試合を行います!対戦カードは――」
試合会場に、魔道具でアナウンスが流れた。
それに合わせて俺とタロイモが武舞台上に上がる。
「僅か17歳にして守護騎士へと足を踏み入れた男!タロー!イモー!」
準決勝ともなると、アナウンスは無駄に大仰だ。
変なイントネーションで名前を呼ばれたタロイモが、顔を少し顰めた。
因みに、クラスは予選通過時にチェックされている。
「前回準優勝者であるガロス選手を破ったその実力は本物!その圧倒的耐久力がこの試合でも火を噴くか!」
耐久力が火を噴くってなんだ?
意味不明もいい所である。
まあこういったアナウンスに、合理性を求めるのは無意味だろうが。
「対するはなんとなんと!クラス市民!アドー!ルー!」
俺のクラスはスキルマスターなのだが、市民と鑑定されている。
例の神様が施した偽装の影響だ。
お陰で、俺は試合に攻撃スキルが一切使えない。
市民は攻撃スキルを覚えないからな。
因みに、この大会中は装備についている攻撃スキルの使用は禁止してあった――エンデやイモ兄妹も。
クラスに無いスキルなんかを使うと、悪目立ちしてしまうからだ。
大会に優勝するなら嫌でも目立つだって?
実力で勝ち上がって優勝して目立つのと。
謎の能力を使って目立つのでは、同じ目立つでも全く意味合いが違って来る。
強力な武器防具を持ってると知られると、それを狙って来る馬鹿共もきっと出て来るだろうからな。
そう言う奴等の相手を一々するのは、流石に面倒くさい。
「弱冠15歳という若さでここまで勝ち上がってきた彼のミラクルは続くのか!?さあ!準決勝戦第二試合!開始!」
試合開始がアナウンスされる。
タロイモは盾を構え、その場から動かない。
耐久力が売りの守護騎士の戦闘スタイルは、基本待ちだ。
相手の攻撃をいなし、隙を突いて反撃を返す。
言ってみれば、ウザい感じの戦法である。
しかし考えると不思議な物だ。
初対面時は、正にきかん坊って感じだったからな。
タロイモは。
だから俺は、絶対攻撃寄りのウェポンマスター系になると思っていた。
それがまさか忍耐が重要な防御主体のクラスになるとは。
冷静に考えると、ほんと驚きである。
まあベニイモは予想通りそっち系だったけど。
「来ないんですか、師匠?」
数秒ほど感慨に浸っていると、タロイモの奴がはよかかって来いと急かして来た。
せっかちな奴だ。
「じゃあ行くぞ」
俺は宣言と同時にタロイモに突っ込んだ。
取り敢えず、手応えを確認するために正面から軽く剣を振り下ろす。
『がきぃ』と金属のぶつかる音が響き、タロイモが盾で完全に俺の攻撃を受け止めてみせる。
ま、当然だわな。
これで吹き飛ぶ様なポンコツなら苦労はしない。
「その程度!」
タロイモの反撃。
受けた盾を引きつつ素早く突きを入れて来る。
俺はそれを躱しつつ、今度は全力で剣を振るう。
「――っ!」
俺の一撃を再び盾で受けるが、今度は受け止めきれずにタロイモの体が大き後退する。
とは言え、ダメージ自体はない。
……やっぱ、防御の上からじゃ無理だな。
エリクシル化前なら、出鱈目なステータスの暴力で盾の上からでもダメージを通す事は出来ただろう。
勿論今でも結構な差はあるが、流石に全能力が1,5倍になっているタロイモを防御の上から削りまくるというのは無理がある。
実質攻撃スキル無しになるので、攻略には時間がかかりそうだ。
「ま、取り合えずガンガン行くか」
全力の攻撃なら、大きく後退させる事が出来るのは分かった。
上手く打ち込んでタロイモの体勢を崩し、そこに切り込んでいく事にする。
「オリャリャリャリャ!」
俺はタロイモめがけて攻撃しまくる。
反撃は来ない。
というか、出来ない様に攻撃していると言うのが正解か。
「くっ!バッシュ!」
俺のラッシュに、タロイモが堪らずスキルを発動させた。
バッシュは攻撃を盾で受けた際に発動するスキルで、相手を弾き飛ばす効果がある。
俺の体はスキルで大きく弾かれ、タロイモとの距離が5メートル程開く。
俺にとっては一足の距離だが、崩れかけていた体勢をタロイモが早く立て直すには十分な間だった。
「まだまだ!」
まあバッシュはしょうがない。
剣を受けられた状態で発動されると、流石に躱しようがないからな。
俺は気を取り直し、即座に間合いを詰めなおす。
と、タロイモが――
「オーラディフェンス!」
――そこでスキルを発動させる。
オーラディフェンスは、物理・魔法への耐久力を倍加させるスキルだ。
後、HPが1秒に突き1%回復する効果もある。
「ふんっ!」
それまで俺の剣を受ける度に大きく揺らいでいたタロイモが、攻撃を完全な形で受け止めて見せる。
どういう原理かは知らないが、オーラディフェンスは単に耐久力が上がるだけではなく、吹き飛ばしなどの衝撃に対しても効果があった。
効果は30秒なので、ぶっちゃけ、そのかん間合いを離せば全く問題ないスキルだ。
HPは回復されてしまうが、そもそも現時点ではダメージは殆ど通っていないので問題ない。
が――
「オラオラオラァ!!」
俺は止まる事無く、構わず攻撃を続ける。
殺し合いなら、俺も勿論賢く立ち回るさ。
だがこれは弟子との勝負、そう言う小賢しい真似はしたくない。
タロイモもそれが分かっているからこそ、早々にスキルを使って来たのだ。
「そんな程度じゃ、俺の防御は抜けませんよ!」
タロイモが挑発して来る。
もっとガンガン攻撃して来いと。
安い挑発だ。
だが……もちろん乗る!
「言ってくれる!!」
俺は休みなく猛攻を続ける。
このままいけば体力のステータスが高いとはいえ、確実に此方のスタミナが先に切れてしまうだろう。
そしてタロイモの狙いは、間違いなくそこにあった。
――俺にスタミナ切れを起こさせ、泥試合に持ち込む。
その状態でなら、地力の差は埋まる。
そしてそれこそが、タロイモに出来る唯一の勝ち筋だ。
――それが分かった上で、俺は敢えてそれに乗っていた。
正面から戦い。
そして理不尽に蹂躙する。
タロイモに師匠と呼ばれるだけの力を、俺はこの戦いで俺は見せつけるつもりだ。
「はぁ……はぁ……」
息が上がる。
俺とタロイモとの攻防は、既に30分を超えていた。
……全力30分とか、流石に疲れるわ。
「はぁ……はぁ……」
とは言え、疲労しているのは俺だけではない。
タロイモの息も上がって来ている。
攻撃を受けるのにだって、体力は消耗するのだ。
勿論、暴れる方が絶対疲れるが。
「動きが鈍ってきましたよ。師匠」
「はっ……気のせいだろ」
「隙あり!」
鈍った俺の攻撃を受け流し、タロイモが久しぶりの反撃を見せる。
ここまで消耗させたなら。
そう判断したのだろう。
――だが、それは甘い考えだ。
「それはこっちの台詞だ!」
俺は攻撃を躱さない。
タロイモの一撃をワザと受ける様な形で、相打ち覚悟の渾身の突きを奴の胸元に突き出した。
「ぐっ……」
「がぁ……」
俺とタロイモの一撃が交差し、お互い直撃する。
タロイモの顔が苦痛に歪み、その体勢が大きく崩れた。
「はぁっ!」
俺も直撃を受けたが、全く問題ない。
素早く体勢を立て直し、タロイモに容赦なく追撃をかける。
「くっ……」
タロイモが必死に状況を立て直そうとする。
だがダメージを受け、瞬間強化スキルを使い切り、更にスタミナも消耗しきった今のあいつには、全開で動く俺に対応できる術は残っていない。
俺はそのまま滅多打ちに近い形で、タロイモを打ちのめす。
「ったく、タフすぎだろ」
それでもタロイモは倒れない。
歯を食い縛り、何とか切り抜けようと足掻く。
「俺は……負けない!」
タロイモが無理な体勢から、此方の攻撃にカウンターを合わせて来た。
残念ながらその動きに精彩はなく、仮に直撃しても大したダメージは無い。
本人だってそれは分かっているだろう。
勝ち目がもうない事も。
それでも反撃して来たのは、きっと戦士としての意地だ。
その根性に敬意を表し、俺は手加減する事無く全力の一撃を叩き込んで仕留める。
「が……ぁ……」
タロイモが吹き飛び、最期に小さく呻き声を上げて意識を失う。
「勝者!アドル!」
会場に勝利のアナウンスが流れた。
試合終了だ。
俺は片手を上げ、力強くガッツポーズする。
「ふぅ……こんなごり押しが出来たのも、あのスキルを取ってたからこそだよな」
途中疲労していたのは、別に演技ではない。
そしてタロイモからのカウンターの一撃も、実は結構なダメージだった。
それでも俺がこうやって押し切れたのは、他でもないスキルのお陰だ。
――ブレイブハート。
それは勇者のスキル
このスキルはダメージや消耗をノーモーションで全回復し、更に発生中のスキルディレイまで0にしてしまうという、かなり強力な物だ。
しかもノーモーションでエフェクトもないと来ている。
突然全回復して、ディレイ中だった筈のスキルまで打ってくる訳だからな。
使われた方はたまった物じゃないだろう。
で。
俺はこれを攻撃を喰らった瞬間に発動させ、勝負を押し切ったという訳だ。
このスキルに関しては、レベル上げ最終日に大会様に取得した物なので、タロイモもその存在を知らなかったからな。
そのお陰で、がっつり嵌まってくれた。
目覚めたタロイモにそれを教えてやると、思いっきり「隠しててずるいですよ」と言われたが、気にしない。
勝てばよかろうなのだ。
それが師としての俺の教えである。
実際、俺は目的の為なら手段を選ぶつもりはないからな。
そう、ソアラの仇を討ち。
そして死んだ彼女を復活させる。
その為なら、どんな手段でも
え?
勇者の相棒として、それは問題があるんじゃないかって?
問題ない。
俺は勇者の相棒ではあっても、勇者ではないからな。
大体正義の味方には、汚れ仕事を引き受ける相棒なんかがいるものである。
そしてそれが俺の立ち位置だ。
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