第14話
「じゃあっ 田島もっ そのっ
"征佐"にはっ 心当たりが無いのかっ!?」
「あ、ああ、ハイ―――。」
「どうする? 征四郎くん?」
目の前に座った、小太りで
目が細い男の返事を聞くと、善波は
隣の椅子に座っている征四郎に目を向ける
「何か、少しでも、征佐について
知っている事とかは―――?」
「・・・・」
体を動かすのが窮屈(きゅうくつ)なのか、田島は
苦々しい表情で征四郎の方に向き直る
「いえ、先程、尤光さんもここに来たが....
いや、そもそも....」
人差し指で頭をかきながら、田島は
椅子に座っている征四郎に視線を向ける
「叶生野家の人間でも分からないものが、
俺たち、叶生野荘の者で
分かるかどうか―――」
「そんな事はないだろうっ!?」
「・・・・」
「お前ら叶生野荘に住んでるんだったら
普段、外に出ている俺達よりは
この村に詳しいんじゃないかっ!?」
「い、いや、そうは言っても―――」
「何でもいいっ とりあえず、少しでも
分かりそうな事があったらっ!
何でもいいからっ 話せっ!」
「・・・・」
「カチャ」
善波の言葉に、明雄は何か考え込みながら
目の前の飲み物が入ったグラスに手を付ける
「・・・何かないのかっ?」
「~~~~~っ」
「執事の近藤が、
"征佐"はこの村の中にいると
言ってたんだぞっ!?
だったら、この村の人間が
知らない訳がないだろうっ!?」
「・・・・近藤さんが」
「そうだっ」
「(――――、)」
まるで、取り調べ官の様な態度で
明雄を問い詰めている様子を見て
征四郎は口を固く結ぶ
「ああ、話は関係あるか分からないけど―――、」
「何だッ 何でもいいからっ
話せっ!?」
「い、いや、落ち着いて。 善波さん」
「・・・・」
"ドスッ"
何も意味のある言葉を聞き出せない事に
焦れているのか、善波は両腕を組み
自分が座っていた椅子の背もたれに
反り返る様に背中を付ける
「あまり、御代、その.... "征佐"とは
関りが無いのかも知れないが――――」
「・・・・」
手に持っていたグラスを明雄が
テーブルの上に置く
「何でも、御代が、今は亡くなった
善波さんの母親――――」
「満江婆さんの事か?」
「ああ、そう、その満江さん――――
何でも、満江さんが亡くなってから
この叶生野荘に移って来た
尚佐御大には、どうも....」
「"どうも" 何だ?
「お初お目にかかります」か?」
「い、いや、聞いた話だから
俺も詳しくはないが―――...」
「勿体(もったい)ぶるな」
「・・・・」
善波の様子に明雄は困った様な表情を浮かべて、
少し間を空けると口を開く
「どうも、御代はあの年で
かなり―――」
「何だっ」
「いや、これは、俺も直接
聞いたワケじゃないんだが――――」
「・・・・」
「どうも、御代はあの年で、
かなり、満江さん以外の他の女にも
手をつけていたらしくて.....!」
「・・・何だ、そんな事か」
「し、知ってたのか?」
「・・・まあな」
驚きもせず当たり前の様に自分の話を聞いている
善波を見て、明雄が拍子抜けした様な表情を見せる
「ここにいる、征四郎くんだって
海外暮らしは長いがそんな事は当然の様に
知ってる事だ。」
「・・・そうなのか?」
「尚佐の祖父さんが、女好きなのは一族どころか
そこら中で知られてる話だろう?」
「―――そうか。」
「今さら隠す様な事でも無い。
―――それだけか?」
勿体ぶった話し方をしている割に
自分の知っている事しか話さない
明雄を見て、善波が眉間に皺(しわ)を寄せる
「い、いや、それで、
その、御代が別の女に産ませた子供が、
この、叶生野荘の中に...
それも、一人じゃなく、
何人もいるみたいなんだ」
「・・・本当か?」
「ああ、もちろん、この叶生野荘の人間は
ほとんどが、この叶生野の家の仕事を
してる人間ばかりだから、
その事を聞いたとしても誰もその事については
話をしたりする事はないが....」
「・・・征四郎くん」
「・・・ええ」
話を聞いて、善波 征四郎は互いの顔を見合わせる
「その、尚佐の祖父さんが、
他の女に産ませた子供ってのは
誰だか分かるのかっ?」
脅(おど)しつける様な目付きで、善波が
明雄を見る
「い、いや、そこまでは....!
何しろ、"噂"って事だし.....」
「―――誰か、知ってる人間はいないのか」
「いや、これと言っては.....」
「何だ、それじゃ、お前、
あまり大した役には立たないな」
「い、いや!」
「・・・・」
何か後ろめたい事でもあるのか、
善波が怒った様な素振りを見せると、明雄は
それに敏感(びんかん)に反応する
「ただ、俺は知らないが、何しろ
この叶生野荘の中では公然の事実だ.....」
「だから?」
「だ、だから、多分、この叶生野荘の中の
何人かの人間に話しを聞けば、
誰か一人くらいはその事について
詳しく知ってる人間がいるんじゃないか?」
「―――そうか。」
「ガタッ」
「・・・善波さん?」
「も、もう帰るのか?」
突然椅子から立ち上がった善波を見て
明雄、そして征四郎が驚いた様な表情を浮かべる
「ああ。とりあえず、ここにいても
これ以上は話もないんだろ?」
「ま、まあ....」
「だったら、さっさと次の場所に
行くなりなんなり、行動を起こした方が
よっぽどいいだろう?」
「それはそうだが――――」
「よし、行くぞ、征四郎くん」
「・・・・」
「ガタッ」
すでに、応接室のドアに手を掛けている
善波を追って、征四郎も椅子から立ち上がる
「ガチャ」
「あ、善波さん!」
「―――何だ?」
部屋から出ようとしていた善波を
明雄が呼び止める
「こ、この間の事―――」
「・・・ああ 考えておく」
「・・・・っ」
「行こう、征四郎くん」
「・・・・」
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