第44話 不穏な予報

 それからしばらくして、水着に着替え終えた私と綺沙良は、鳴衣と日向ちゃんをフィッティングルームに呼んだ。


「どーよこれ」


 右手を膝に、左手を腰に添えてウィンク。グラビアみたいなポーズを決めた綺沙良の水着はダークブルーのホルタービキニ。特段布面積が小さいわけじゃないはずだが、綺沙良の凶器的なボディを隠すには明らかに力不足だったようで、色んな所が際どい感じになっていた。特に胸部の重量を支えている布地からは現在進行形で悲鳴が聞こえる。


 一方その隣に並んでいる私の水着は……何だろう?ちょっと一言で説明するのが難しい。トップスは空色のタンキニ……と言うのだったか、お腹のすぐ上辺りまで覆い隠すようなタイプで、ふんだんにフリルが付けられていた。下半身はホットパンツとビキニの2枚重ねで、こちらも空色。綺沙良曰く、「こよいっち最強の武器たる脚を存分に見せつけるチョイスだよ。野郎共を脚線美でノックアウトしてやろうぜ」とのこと。……いやそりゃ確かに野郎をノックアウト(物理)したことはあるけども。


(脚線美ねぇ……)


 私の胸部は驚くべきことにAmazingなまま一切の成長がないので、魅せるのであれば確かにそっちの方面になるのかもしれないが。


「す、凄いです綺沙良先輩。お二人の魅力がこれ以上ないくらい引き出されています」


「綺沙良、ベリー、ぐっじょぶ」


 感嘆する日向ちゃん。その隣では、鳴衣が眼鏡を光らせながらもの凄いスピードでメモ帳を真っ黒にしていく。……私も次回作の登場人物のモデルにされてしまうのだろうか。


「ふっふっふ……視線が熱いぜ。こよいっちも感じないかい?」


 綺沙良が自分に酔っているかのような顔をしながらなんか言ってる。


「……確かに埋もれて消えることはなかったみたいだけど」


 本当に視線誘導の効果があるならそれはそれで気恥ずかしい。これまでの諸々で注目を集めることには馴れているはずだけど、だいたいそういう時って人の視線気にしてる暇なんかないからなぁ……。


 その時、


「おーい、日向。終わったか?」


 フィッティングルームの外から暁くんの声がした。するとそれを聞いた綺沙良がニヤニヤしながらカーテンに近づいていく。猛烈に嫌な予感がした。


「はいはい終わってるよん」


「ちょ、綺沙良!?」


 私は止めようと駆け寄ったが時既に遅し。フィッティングルームのカーテンが綺沙良の手で開かれてしまう――!


 ……綺沙良が首だけを出せる程度に。


「……その様子だと終わってはいてもまだ出てこれる状態じゃないんだな」


「だいじょぶだいじょぶ。今水着なのは私とこよいっちだけだから。見たい?」


「……見たくないと言えば嘘になるが、遠慮しとくよ」


「正直でよろしい。ちょっと待っててね」


 それだけ言うと、首を引っ込めた綺沙良が戻って来た。


「どしたのこよいっち?まさか私がカーテンを全開にするとでも思っちゃった?」


「……思っちゃったよ……焦ったよ」


「もー、ちょっとは親友を信用しておくれよー。流石の私も許可なくこよいっちの柔肌を晒したりしないってばー」


 バシバシと私の背中を叩きながらけらけら笑う綺沙良。でも多分、日頃己のボディに対して『見られて恥ずかしい身体はしていない』と自信満々に言っているこやつのこと、水着姿なのが自分1人だけだったら迷わずカーテンを全開にしていたに違いない。


「それでお三方、水着は気に入ったかい?」


「はい。先程言った通り持ち合わせがないので、次来た時にでも買おうかと思います」


「私はもうちょっと大人しめな方がいい……かな」


「えー?めいめいに選んだ奴はあれでもだいぶ大人しめなんだけどな……こよいっちは?」


「私は気に入ったよ。あまり着たことない感じだし」


 綺沙良の言うノックアウト云々はともかく、今まではワンピースとかフリルのビキニとかが多かったので、ちょっと新鮮だったのだ。この機会に冒険してみるのも悪くないと思った。


「おけおけ、じゃあめいめいのを選び直すかな。こよいっち、着替え終わったら先に会計してていいよ」


「わかった」


 そうして、取り敢えず水着合わせは終了した。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「――あの位置から――で……あれを――」


「なら……あそこを飛び越―――――を…………回り込んで――」


 一足先に会計を終え、水着の入った白い紙袋を揺らしながら窓際に行くと、暁兄妹が窓の外を見下ろしながらなんかやっていた。競泳用は無事に見繕えたらしい。


「お待たせ。何してるの?」


「ああ、階。いや、ちょっと“アレ”を攻略する算段を立ててた」


「“アレ”……?」


 つられて見下ろすと、公園に鎮座する木組みの巨大構造物……アスレチックが見えた。


「でかっ……!?」


 思わず声が出る。レストランの窓から見えた時とはスケール感がぜんぜん違っていた。広い公園の敷地の3分の1くらいは占めているんじゃないだろうか。


「朝からだいたい5、6周くらいしてたんですけど。視点が違うここからなら別のアプローチで攻略できるんじゃないかって」


「……やっぱり、訓練の一環なの?」


 綺沙良たちが近くにいないことを確かめ、私は小声で聞いてみた。


「訓練半分、趣味が半分」


「元々趣味だったんですよ。パルクール……とまではいかないですけど、アスレチックとかで運動するのは」


「そ、そうなんだ……」


 どうやら、私の想像より2人の機動力には年季が入っていそうだった。


「それはそうと、多分今日は。浅そうではあるけどな……」


 どきりと、心臓が跳ねた。暁くんが言う“荒れる”とはつまり、現夢境に夢霊ゴーストが湧くという意味だからだ。


「……スパン、短くない?」


「続く時は続くものです……最長一週間ぶっ通しで出撃したこともありました」


「マジかぁ……」


 学校もあっただろうにその出撃頻度とは……ブラック企業も真っ青だ。生身でダイヴしている2人には命の危険もあるだろうに。


「だけど、今回は何だか様子がおかしい」


「え?」


 聞き返す私に、暁くんは懐から取り出した刻鳴針シンフォニアを見せてくれた。暁くんたちが言うには、現夢境に生身でダイヴするために使うこの時計の、緑の針が指した時間が突入に最適なタイミングらしいけど……?


「……なにこれ」


――針は、振り子のように、ゆっくりと左右に振れていた。


 範囲としては、文字盤の1時から7時くらいまでの間を。


「この緑の針は回るか止まるかの二択だけだ。こんな迷うように振れたことなんか今までない」


「……夜中の1時から朝7時までってこと?」


「かもしれない。時間帯としてもかなり遅い部類だ。そういう意味でも滅多にない」


「浅そうですけど……用心はしておいて下さい」


 不本意ながら、早速予習が役に立つ時が来てしまったようだ。


 一抹の不安を抱えながらも、私は2人に力強く頷いて見せるのだった。

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