第11話 吸夢刃〈アブソーバー〉

 正面から高速の突きを繰り出し、火球を撃ち出した直後の硬直を逃さず邪ノ眼イビルアイを串刺しにする。俺はその勢いのままに隣のビルの屋上へ着地し、前転を交えて衝撃を殺した。直前まで邪眼の夢霊だった粒子が目の前を吹き過ぎて行く中、連続する振動と共に何かが壁面を登ってビルの屋上へ上がって来る。


 現れたのは体長10メートルに達しようかという、8本足のヤモリに似た巨大な夢霊。首の付近まで裂けた口の先から蛇の舌のように二股に分かれた炎を漏らし、縦長の瞳孔でこちらを睨み付けている。体表は冷え固まった溶岩のような質感をしていた。


「デカイのがいるなとは思ったが……まさか八踏蛇竜オクタニュートとは……」


 この巨大ヤモリは、現夢境の主をやっていてもおかしくない程の強力な夢霊だった。正直俺1人の手には余るが、どの道日向と合流後にまとめて始末する予定なので今まともに相手をする必要はない。俺は八踏蛇竜オクタニュートから視線を外すことなく、一息に屋上の端まで駆けた。ヤモリの口から鞭のようにしなる火炎流が放たれ、一瞬前まで俺がいた地点を焼き焦がす。


「こっちだ!」


 サーベルの先端から飛ばした夢力の塊でヤモリの注意を引きつつ、俺は空中に身を躍らせた。降下地点にたむろしていた黒い外套のような闇を纏う2足歩行の夢霊、『朽チ熊フラジールベア』の1体をクッション代わりに踏みつけ、後方宙返りでアスファルトに降り立つ。


(熊が5、ヤモリが1。残りは……『鎧蟲シェルセクト』か)


 名前の通りに武者甲冑を着込んだカブトムシのような夢霊が、ビルの窓枠からこちらの様子を伺っている。“生きた弾丸”とでも言うべき強力な突進攻撃を得意としている夢霊だが、動きが単調なので対処は難しくない。


 邪ノ眼イビルアイは見事に、一帯に存在する全ての夢霊のヘイトを俺に集めてくれたようだ。後はこいつらを引き連れトレインして日向と合流すればいい。


 とはいえ、まだやることはあった。集まった夢霊の内、地上にいる朽チ熊フラジールベアは他2種に比べると機動力が数段劣る。スムーズな合流のためにこいつらだけはここで殲滅しておくのが望ましい。、何度か攻撃を加えておくべきではあったので丁度良かった。


 降りて来た八踏蛇竜オクタニュートが壁面に張り付きながら放って来た炎の舌を身を低くしてかわし、俺は手近な朽チ熊フラジールベアの懐に飛び込む。ぬいぐるみが白骨化したかのような不気味な顔に数発の突きを見舞い、仰け反った所へ横回転を加えた斬撃を叩き込む。闇を固めた上半身を深々と切り裂き、まずは1体を仕留めた。


「次」


 塵になった朽チ熊フラジールベアの残滓を裂くように突撃して来た鎧蟲シェルセクトをオーバーヘッドキックでヤモリの方へ吹き飛ばし、俺は次なる標的に狙いを定める。ヤモリは尚も炎の舌で俺を狙っていたようだが、顔面に虫が突っ込んで来たことでキャンセルせざるを得なくなったらしい。


 枯れ枝のような長い腕による攻撃を掻い潜り、まずは足払いをかけて体勢を崩す。バランスを取り戻そうとして無防備になった首を一閃し、残った体を蹴倒しつつ更に前へ。


「次」


 足を止めると炎の舌や虫の突進の的になるので、とにかく動き続ける。3体目の熊は伸びて来た腕をカウンターで切り落とし、懐に飛び込んで突きを連打。この熊は腕のリーチが長いため下手に距離を取るより至近戦インファイトに持ち込んだ方が安全だ。穴だらけになった熊には目もくれず、並んで身構えている最後の2体の元へ。


 その最中、俺はチラリとサーベルのナックルガードに嵌まっている3つの宝石に目をやった。真ん中の藍柱石アクアマリンが、淡く光を放ち始めていた。


(後……少しか)


 俺は内心で笑みを浮かべながら、更に足を速めた。上手い具合に、夢力がサーベルに溜まって行っている。


 夢霊を屠るためのこの剣は、現夢境由来の素材を用い、現夢境で鍛造された幻想の武器だ。周囲の空間から夢力を吸引し、斬り付けた夢霊から夢力を奪い取る。【吸夢刃アブソーバー】と名付けられたそれは、人に夢霊共と戦う力を与えてくれる。


 吸夢刃アブソーバーに溜め込まれた夢力の量は、嵌め込まれた宝石の光り具合で把握することが出来る。そしてその輝きは、溜め込んだ夢力を一気に解放して発動する大技を使う目安にもなった。


 日向と合流する前にしておくべきもう1つの作業が、この吸夢刃アブソーバーに第2段階――藍柱石アクアマリンが輝きを放つ程にだ――まで夢力を溜めることだった。


 鋭く息を吐きながら、サーベルで何度も朽チ熊フラジールベアの胴体を斬り付ける。虫による不意の強襲をいなし、ヤモリの方向へ反らして牽制することも忘れない。


 やがて最後の朽チ熊フラジールベアが苦悶にうめきながら倒れた時、サーベルの藍柱石アクアマリンが遂に目映い輝きを放ち始めた。

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