第213話 鹵獲砲

 コツラハ近くの原っぱで、俺は軍のお歴々を率いて、遠巻きに鹵獲した臼砲を見ていた。

 八人の兵たちが、鹵獲した臼砲の近くを取り囲んでいる。


 臼砲は、ずんぐりとした砲の両側に砲耳ほうじと呼ばれる丸い棒がついており、そこを土台に引っ掛ける形になっている。

 砲耳には油が塗ってあり、上部についた取っ手で引き起こしたりすることで、上下に首を振ることができる。


 砲耳を支える腕は土台から生えており、土台は枕木のようなしっかりとした木材で出来ていた。


 土台には、両側に四つずつ、前後に二つずつ、計十二個の取っ手がついている。

 前後に挟まれる真ん中の二人は片手で持ち、前後の二人は両手で持てるようになっているわけだ。


 重量は、合計で二百から三百キログラムほどだろうか。

 八人でも軽々しく持てる重さではない。


 八人の兵は、下に草の生えた地面に膝をつけ、取っ手を持ち、各々が空を凝視している。

 俺も空を見ていると、王鷲に乗った兵が一人、急降下に降りてきた。


 俺とほぼ同時に鷲を発見した兵が、「十時半の方向!」と叫ぶ。

 瞬時に臼砲が持ち上げられ、これは地面に番号のついた札がピンで打ってあるのだが、十時半のところにピタリと合わせ、地面に置いた。

 臼砲後方に位置する兵が瞬時に仰角をあわせ、固定する。


 火縄を持った兵が、ステッキを火門におしつけた。


 プシュ、という音が聞こえ、白い煙が薄く立った。

 鷲が低空で頭を起こし、再び高度をあげてゆく。


「さっきのは悪くなかった。これで当たり率は?」

「十回中三回くらいかと」


 不運にも、この班を任された古参の兵が言った。

 こんなわけのわからない役目を申し付けられて、可哀想だ。


「丸一日練習させてこの成績だ。どう思う?」


 ここに集まっているのは、軍関係者の中でも、鷲を率いる天騎士のお偉方だった。

 俺がそう聞くと、


「僕だったら、使おうとも思いませんね」


 今日は参加していたジーノ・トガが、手厳しいことを言った。

 眉まで寄せている。


「今のような、敵が来たら瞬時に反応する待ち構えた警戒を長時間続けさせるのは、現実的ではありません。それでいてさえ、今の迎撃は間に合ったか間に合わなかったか、厳しいものでした。物資や船を警備するのであれば、一日十二時間程度は今のを続ける必要があることを考えれば、この砲を使っての迎撃は現実的なものとは思えません」


 正論だった。


「ホット橋の戦いでは、鷲が侵入してくる方向、時機が分かっていたわけですよね。いわば、待ち構えていた」

「まあ、そうだな」

「鷲の来る時機と方向が推測できていれば、あとは仰角を調整して点火するだけです。それは撃ち落とせるかもしれません。ですが、現実にそれが起こるのは、本当に限られた状況下においてのみだと思います」


 俺の言いたいことを言ってくれる。


「他に意見のある者は?」


 そう言うと、今度はルベ家の天騎士が手を上げた。

 確か、かなりの上役だった気がする。


「あの戦いでは、それなりの事情がありました。まず、太陽が使えないこと」


 三日前のあの日は、晴れだった。

 太陽を背にすれば、一般的に逆光になって鷲を視認しづらくなる。


「ホット橋は、南北に伸びる橋です。東から西へ動く太陽は利用できませんでした」


 それはどうだろう。


 俺は心の中で思った。

 東西に伸びていても、橋の延長線上に太陽が来るなんて橋は、中々存在しない。

 また、太陽は動くのだから、時刻にも左右される。


「また、橋幅が標的とするには狭すぎたため、高度を低くして精度を上げる必要がありました。つまり、高度を保ち、太陽を利用すれば迎撃の可能性は小さくなると思われます」


 まあ、そういう結論になるわな。

 橋幅は四メートルくらいだから、百メートルくらいの高度からだと、かなり狙いづらい。


 実際の攻撃では、多少ズレたところで問題はない。

 可燃液体がブチ撒けられて延焼を起こすからだ。

 狙った目標に当たるのが一番いいが、そうじゃなくてもある程度の損害は発生する。


 だが、橋の場合は違う。

 命中させなかったら、川に落ちてしまう。

 当然、延焼など起こらないし、発火もしない。


 そりゃ、高度を下げて精密さを重視したくもなっただろう。


「他に意見がある者、反論でもいい。何かないか」


 そう言っても、手を挙げる者はいなかった。

 まあ、単純な理屈だからな。もうないか。


「では、俺から。砲の有効射程は、歩いて百歩くらいの距離と考えてほしい。ただ、現実には猶予を取り、地面から百五十歩ほどの高さで投下するように。各自自陣に戻ったら、百五十歩の距離に看板でも立てて、距離を把握してくれ」


 百五十歩というと、実際には百メートルほどになる。

 百歩だと、六十六メートルほどだ。


「なぜ余裕を取って百五十歩にするか。それは、長銃身の鉄砲による射撃は、より高くまで届くと考えられるからだ。もちろん、小粒を詰めた散弾ではなく、単弾の話だ」


 俺は話を続ける。


「昨日、いくつか実験をしてみたんだが、単弾での射撃であれば二百歩以上でも危険という結論に至った。むろん、諸君も知っての通り、実際の鉄砲は強弓と違い、それほどの距離での殺傷能力はない――。だが、殺傷能力がないといっても」


 俺は、ジーノの近くに寄ると、胸のあたりを拳で、ドン、と叩いた。

 よろけもしない程度の強さだ。


「こういった打撃は発生する。威力が減衰して、鉛玉がこの程度の強さになったとしても、急降下する鷲に正面から当たれば、どうなるかわからない。骨が折れるかもしれないし、頭に当たれば気絶するかも知れない」


 王鷲が、飛行中に攻撃されたというデータはこれまでにないので、どういう攻撃を受けたらどういう怪我をするというのは、これからケースを集めていくほかない。

 新しい事を始めるのだから、当然と言えるが、もどかしかった。


「それを考えると、二百歩以上でも安全とは言い難いわけだ。――だが、距離は銃弾の威力だけに影響するのではない。弾道にも影響を及ぼす。実験の結果、高度を百五十歩ほど取れば、実際の弾道は狙いよりかなり下がることが分かった。つまり、普通に狙いをつけて撃っただけでは、鷲のかなり下を通過するだけで、当たらなくなる。これが余裕をもって百五十歩とした理由、その二だ」


 もう一つ付け加えておくか。


「とはいえ、例えばヴェルダン大要塞の時の大砲など、ああいったものを破壊する任務においては、百名以上の銃兵が一斉に射撃してくる、ということも考えられる。そういった場合は、より高度を取り、量を投下して火の海にしろ」


 さて、これで言いたいことは終わった。


「分かったな。それでは、決行は明日だ。各人準備を怠らないように」



 *****



 俺はその後、コツラハの屋敷に入って、諸々の作業の指示をしていた。

 執務室の机で書き物をしていたら、ドアがノックされる。


「どうぞ」

「失礼します」


 そう言って入ってきたのは、ジーノ・トガだった。


「ジーノか。暇をしていていいのか?」


 ジーノは第二軍とボフ家の一部を鍛え上げる役目についているが、もうそろそろ、王都に集合させなければならない頃だった。


「最後の仕上げをしている最中です。忙しいですが、今日は時間を見つけて来ました」

「まあ、座れ」


 ジーノは立ったままだったので、椅子を勧めた。


「失礼します」


 そう言って、来客用のソファに座る。


「まあ、ユタン峠の戦いぶりを見るに、不安はないがな。だが、脱走には注意しろよ。戦が迫っているのは兵も感じているはずだ」

「心得ております。滞りなく」

「例の馬車、最終的には百三十台になりそうだ。乗員の選出を考えておいてくれ」

「余裕を持って、百八十台分の人選を済ませておきました」

「そうか。ならいい」


 大丈夫そうだ。

 頼めば自分で考え、それなりに上手くやる人間ていうのは、便利なものだ。


「ところで、先程の臼砲なのですが……」

「なんだ?」

「発想は面白いと思いました。実用は難しいだけで」

「あれは悪くないが、技術的な難題が幾つもある。実用化は難しいな」


 誰が考えたのか知らんが、早晩問題点が浮き彫りになるだろう。

 あの方向性で無駄に金と人を使ってくれるなら、儲けものだ。


「技術的な難題ですか。よろしければ、教えてもらえませんか」

「まず、旋回が糞だな。あれでは話にならないから、土台と本体を固定するのではなく、粉挽き臼のように回るようにする必要がある」


 つまりは、漏斗を二個重ねるような形で回転できるようにする。

 両方をなめらかにし、油で滑るようにするのが最も原始的だが、できれば間に丸い棒を等間隔に切ったものを挟んで、その上で転がるようにできれば良い。


「そうですね。土台から動かすのでは遅すぎます」

「砲身ももう少し長くする必要があるな」

「大砲の砲身を長くするのは、技術的に難しいと聞きましたが」


 なにげに詳しいな。


「そうだな。臼砲の優れている点は、砲身が短いために肉厚を厚く出来るところだ。破裂する心配がない」


 大砲の進化は破裂との戦いでもある。

 破裂しない強度を確保しつつ、肉厚を薄くし、軽量化とコストカットをする。


 長砲身にすれば、その分ガス圧による加速がかかって、弾に運動エネルギーが乗る。

 だが、その結果、鈍重すぎて戦場や要塞、船舶での取り回しが不便になるようでは、本末転倒である。


 そのために素材を工夫したり、砲腔内側の金属そのものに内圧に対抗する応力を残留させたりするわけだ。

 臼砲の場合は、砲身がない分、要求される技術が少ない。


「あれ以上重くなるとなると、馬でも運べなくなるのでは……」

「まあ、延長するといってもほんの少しだ。肉厚を見直せば、それほどの重量増にはならなくて済むだろう」


 多分、全部職人の経験とやらで雑に考えられてるんだろうしな。

 下手すると三分の二くらいの厚みにしても全然平気という可能性もある。


「あとは弾丸だな。二段炸裂式にする」

「二段炸裂……?」


 ジーノが怪訝そうな顔をした。


「砲腔にピッタリ合う金属の筒を作るだろ。それが砲弾のサヤにする」

「はあ」

「そこに火薬を半分入れて、導火線をつける。その上から散弾を入れて、蓋をする。全長が長くなる分、砲身を少し長くする」

「なるほど……砲弾自体を小さな砲のような形にするわけですか」


 理解が早い。


「しかし、着火は?」

「臼砲を発射する時に、爆焔で自動的に着火するだろ。導火装置は尻につけるんだ」

「ああ……なるほど」


 まあ、実際に作るとなったら結構な手間になりそうだが。

 少なくとも、臼砲……というか対空砲を、各国で共通した規格のものにする必要がある。


 こっちはそれに対処する側なので、真面目には考えないが、技術的な障壁はそれほど多くはない気がする。

 実際に作ったら出てくるのかもしれないが、とりあえず試作品を作って試射するのに、在来の技術で難しいものはない。


 ゴムがなかったら作れないとか、特定の性質の新しい化学物質を探さなきゃならないとか、そういった無茶な障壁とは戦わずに済む。


「導火線の長さを決めれば、だいたい高さこれくらいで空中で爆発、っていうのを設定できるだろ? 例えば発射する、点火された、二秒後に空中で炸裂。それでも十分、加害高度は延長できる」

「はあ……良く考えますね」


 あとは、点火を燧発式フリントロックにするくらいか。

 これも、装置を取り付ければ済むことだから、それほど問題ではない。


「だが、ここまでやっても、根本的な問題は解決しないからな。あまりやる意味はない」

「根本的な問題というのは?」

「一発撃ったら装填に時間がかかるだろう。一波目は防げても、装填する前に二波目が来たらどうしようもない」


 大量に何基も配備して、一波目はドレとドレが射って……というような工夫をすればわからないが、どんだけ金がかかるんだよという話になるしな。

 そもそも弾自体相当高いものになるだろうし。


「最初の一羽が囮になって、急降下とは違った機動をして砲撃を避ける。そして本隊は別角度から侵入……みたいな形でもいいかもな。どっちみち対処は容易だ」


 本格的な脅威になるのは、機関砲ができてからだろうな。

 それが出来るまでの間には、技術的な問題が巨大な山脈を作っているので、相当未来の話になるだろうけど。


 神様がタングステン工具鋼の切削工具を1セットプレゼントしてくれたら大分話が楽になるんだけどな。


「なるほど、よく分かりました。当分の間は心配する必要はなさそうですね」

「とりあえずはな」

「あとの問題は、むしろこちら側でしょうか。火炎瓶の生産数が……」

「そうだな。将家に売った分がもう少し残ってると思ったんだが……それほど回収できなかった」


 どうも、訓練で結構使ってしまっていたらしい。


「今、何本残っているのですか?」

「二千本といったところだ。大した量じゃない」


 事故で油井が埋まってしまったせいで、産出量が激減していたからな。

 ようやく新しい井戸が完成したところだ。


「なるほど……まあ、少なくはないと思いますが。一瓶あたり三人加害できたとしても……六千人ですか」


 火炎瓶一つで三人殺せるというのは、上手く当たったらの話で、実際には百本も同時に放り投げたら加害半径が重複するし、一つあたり三人焼けるということはない。

 六千人というのは実際にはありえない理想の数字で、実際には、四千人がいいところだろう。


「人に使っていたら、足らなくなるな」


 ルベ家の場合は、自分たちで買ったものなんだから、どう使おうと口を出せる筋合いのものではないので、放っておいた。


「だからこその、明日の攻撃でしょう。僕は参加しませんが、ご武運をお祈りしています」


 男に言われてもな。


「ああ。頑張るよ」


 まあ、成功するとは思うが、戦場では何が起こるかわからないからな。

 いきなりドラゴンが現れるかもしれないし、先程言ったような斬新な対空砲が山と出てくるかもしれない。


 同じシャン人同士なら、相手がそんなもん用意してくるわけはないと思えるが、クラ人は何をやってくるか知れたものではない。


「ところで、もう一つお聞きしたいのですが」

「なんだ?」


 まだ何かあるのか。


「テルル様のことです」


 ああ……。


「それが本題か。無駄話しちまったじゃねえか」


 コツラハくんだりまで来たついでに雑談をしに来たのかと思っていたが、今までの話は前置きだったようだ。


「いえ、決してそういうわけでは――」


 ジーノは慌てて否定するが、そうは思えない。

 話を切り出す時の顔が違った。


「なんだ? 見合いさせて欲しいとか言うなよ」

「いえ、今どうしていらっしゃるのかお聞きしたく……」


 公言はしていないが、隠しているわけではないので、聞きづらいようなら調べればよい気もするが、色々とあるのだろう。

 個人的に諜報員のような者がいないと、こんな調べ物でも案外苦労するものだ。


「王都にいるよ」

「そう……ですか。できれば、カラクモに避難させていただけませんか?」


 やはり、元キルヒナ将家としては、なにかしら思う所があるようだ。

 もうトゥニ・シャルトル家は潰えたんだけどな。


「うーん……なんというか、俺はどうでもいいって立場だからな。王都にいるのは、テルルの意思だし。避難したいと言えば手を貸すが、こちらから避難してくださいと言いに行ったりはしない。言っちゃ悪いが、どうでもいいからな」


 その結果死んだとしても、割とどうでもいい。


「まあ、お前が直接行って説得する分には、なにも問題ない。行って話したらいいんじゃないか。会えるよう手紙を書いてやる」

「……そうさせてください」

「だが、避難には応じないと思うぞ」


 俺が付け加えるようにそう言うと、


「なぜですか?」


 と、素直に不思議そうな顔をしてジーノは言った。


 ドッラに惚れてるからだろうが。


「二年前の撤退戦の時から、ドッラ・ゴドウィンに惚れてるんだよ」


 俺がそう言うと、ジーノは口をポカンと開けてちょっと面白い顔をした。


「テルルがな。ドッラが惚れているわけではないぞ」

 現状どうなのかは知らんが。

「ドッラ・ゴドウィンって、第一軍の? 閣下のご友人の?」

「ああ、よく知らんが、奇縁があったらしい。ベタ惚れだよ。くっつくかは知らんがな」

「はぁ……そうなんですか」


 憧れの親戚のお姉ちゃんが結婚する。ショックだ。みたいな顔をしている。


 なんのこっちゃ。


 個人的に恋心を抱いていたわけではないだろうが……。

 王族に対する尊崇の念が強いやつの心理は本当によく分からん。


「どうする? 会わないなら手紙は書かんが」

「いえ、お会いします。よろしくお願いします」


 ジーノは今日一番の角度で深々と頭を下げた。

 やっぱりこれが本題だったんじゃねーか。

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