第212話 ホット橋での戦い
俺は、少し開けた丘の上から、リリー先輩謹製の筒のような望遠鏡で、ホット橋を見ていた。
橋のかかっている川の対岸には、とんでもない数の軍隊が展開している。
まさに大軍、といった感じだ。
ルベ家もこちら側に三千人ほどの兵力を集めているが、相手の数が十倍どころではない。
おそらく三十倍、下手をすると四十倍くらいいるので、象の前の蟻的な印象があった。
リーリカ・ククリリソンからの報告から、あらかじめ予想されていたとはいえ、やばい軍量だ。
少なくとも、前回の十字軍の際、会戦の前に見た軍よりは明らかに多い。
「凄まじい軍量ですな……」
ディミトリ・ダズが呆れたように言った。
ここは川のルベ家側にある丘の上で、ホウ家の面々が来て、観戦をしていた。
最後の調整で忙しいジーノ・トガは来ていなかったが、他は大体いる。
ここは、元々ルベ家が鷲を四六時中飛ばし続けるのは面倒だからと、川向こうを見張る拠点として造成したもので、視界の邪魔になる木が伐採され、丘の頭付近は丸坊主になっている。
要塞とか基地と言うには少し大げさすぎるかな、という感じで、柵くらいは張ってあるが、あとはなにもない。
川の向こうが見えればよいので、物見櫓のようなものすら立っていなかった。
「あれは、下手をすると十万以上いるかもしれんな」
「まったく、呆れますな」
「連中の国々は、総面積でいえば、こちらの十倍以上の広さがあるわけだからな。多くもなる」
加えて、その面積からの収穫物が少ないわけでもない。
むしろ、こちらに倍するほど多い。
可住地の割合でいっても、山や湖沼が多いこちらと比べれば、断然多いだろう。
「……動き始めました」
ティグリス・ハモンが言った。
例のごとく詰め襟の服をきっちりと着て、髪をポニーテールにまとめ、背筋を伸ばして立っている
両者の間に流れている川は、百メートルくらいの幅で、ホット橋はそこに連続アーチ橋の形でかかっている。
見た感じでも分かる通り、穏やかな川で、この季節の流れは早くない。
キエンの話によれば、深さも膝から腿にかけて水に浸かる程度でしかないらしい。
水温も、この季節なら少し冷たい程度だ。
つまり、普通に歩いて渡れてしまう川、ということになる。
勾配の少ない平地に来てから、川幅がグンと広がるタイプなので、上流に堰を作って貯めた水を吐き出し、渡河中の軍を押し流すといったこともできない。
適地があるなどと言っていたが、計画を止めさせた。
山の中で自然に産まれた堰が切れ、土石流が起こっても、河口付近には殆ど影響が起こらないのと同じで、効果が殆どないからだ。
流量を計算したところ、最大でも4cm程度川面が上昇する効果しか期待できなかった。
どう考えても、渡河を阻止することはできそうにない。
キエンのほうも、渡河を阻止するつもりはなく、橋を上手く使って可能な限り被害を与える計画であるらしい。
以前、この橋は砲艦によって部分的に崩され、キエンはそれを応急修理している。
長い丸太を並べ、かすがいで固定した上に平板を釘で打ち付け、平らにした。
それを、キエンはそのまま留置したのだった。
つまりは、橋は通行できる形で残っている。
「さて、キエン殿の
「ですな」
ディミトリは、前々回の対十字軍の戦争にも参加したし、前回のにも観戦ということで参加した。
二回の十字軍を見ている。
その前の十字軍となると、四十二年前になるので、ディミトリはまだ赤ん坊だったはずだ。
「本当に、我々はあの軍勢に勝てるのでしょうか……」
ティグリスが弱気なことを言った。
ティグリスは、ディミトリとは逆に前々回の戦争は観戦しただけで、前回の戦争には参加していた。
「勝てるさ。王都まで引き込めばな」
俺も、口には出さないだけで、内心では不安だ。
敵が多くとも何とか出来る、とは思っていたが、十万以上とは思ってもいなかった。
前回は八万だったか。
あいつらからしてみりゃ、閉店特価大廉売セールに押しかけるような感覚なのだろう。
いい迷惑だ。
「橋を使うようですね」
ティグリスは自前の望遠鏡で敵陣を見ている。
見ているのは、俺と同じところだろう。
十字軍の先鋒が、橋に足をかけ、ぞろぞろと進み始めている。
やはり、橋が残っていればこうなるか。
川に入って渡河をするとなれば、数万人を一斉に川に入れなければならない。
兵の服が濡れるなんてことはどうでもいいにしても、両者を比べれば橋を使いたいと思うのが人情というものだろう。
敵前で無防備な鈍足を晒しながら川底を歩かずとも、濡れずに歩ける橋が目の前に通っているのだから。
「矢を射掛けるようです」
ルベ家側から、ぱらぱらと矢が飛んだ。
標的を狙って放つ矢ではなく、雨のように降り注がせる曲射矢だ。
距離は百メートル程度なので、届かないこともない。
耳を澄ましてみると、木のざわめきは全く聞こえなかった。
キエンにとっては幸いなことに、無風であるようだ。
第一射は川にぱちゃぱちゃと落ちたが、第二射は橋の上の敵上に降り注いだ。
十字軍のほうは、矢が来たのを察知すると、盾を屋根のように構えた。
準備が良い。
「応急修理の橋が軋んでいるようですな」
ディミトリが言ったので、そこに望遠鏡を向ける。
「ああ、なんだか……おっかなびっくり渡っている感じだな。足下がしなるんで、怖いんだろう」
キエンは、応急修理をした橋の丸太に切れ込みを入れるつもりだと言っていた。
実際に入れたようで、その上を歩く兵たちは、足裏から伝わってくる違和感に戸惑い、進むのをためらっているように見えた。
おそらく、橋が上下にしなっている感じで、揺れる吊り橋のような不安定感があるのだろう。
それに、応急修理の場所には欄干がない。
味方に押されれば、五メートルほど下の川に真っ逆さまだ。
水の上に落ちるとはいえ、五メートルというのは人に死の危険を感じさせるには十分な高さのはずだ。
「あれでは……ううん。私だったら、渡河で橋と同時に攻めますね。橋への攻撃も疎になるはずなので」
ティグリスが言った。
「俺もそうするかな。少し見え透いている感じがする」
ルベ家軍は、兵力を橋に集中している。
二万くらいで、橋以外の部分から同時に渡河をさせれば、ティグリスの言う通り、戦力はそちらに分散せざるを得ない。
橋のほうの兵力も、渡り終わったあと突破しなければならない兵力が少なくなると見込めるわけだから、橋を主攻撃路と見なしていても渡らせる意味はある。
あるいは、最初から広い正面で渡河をさせて、敵兵が広範囲に分散した後、奇襲的に騎馬兵を橋に突っ込ませ、一気呵成に突破するのもいいかもしれない。
「向こうは多国籍軍だからな。あまり連携が取れていないのかも……それに、あれだけ軍量がいれば、兵を大切にしようという意識は薄いのかもしれない」
敵にとっては、とりあえずこの戦闘は楽勝という雰囲気だろう。
ルベ家軍には渡河を阻止する実力はないのだから、実際にその通りなのだ。
戦術がどうこうの話は、損害比率を気にするかしないかという話で、勝敗で言えば勝ち戦であることに違いはない。
一国だったら兵を節約しようと思うのだろうが、別に他の国の軍が幾ら減ったところで、各国の司令官は大して気にもしないだろう。
「応急修理の橋、馬車が乗ったら落ちるかな」
切れ込み以外は何も仕掛けていないはずなので、このまま落ちなかったら敵の手に渡ってしまう。
「どうでしょう……あれほどの兵が載って落ちないのですから、馬車一台くらいは」
「ふうむ……」
とはいえ、本来なら馬車もなにも遠慮せずに通行できることを考えれば、通行量を制限しているとは言える。
応急修理部分に重量をかけられないということになれば、そこが総通行量のボトルネックになって、橋幅を削ったのと同じ効果が望めるかもしれない。
まあ、落ちなかった場合、補強されてしまうのかもしれないが。
「誘い込むためとはいえ、みすみす敵に与えてしまったようで、気持ちは良くありませんね」
「まあな。だが、橋の爆破はするんだし、そこまで問題とは言えない」
「そうですね」
応急修理がなされている場所とは別に、もう一箇所爆破して崩すと聞いている。
どっちみち、橋は壊れる。
それにしても、こうやって話をしながら観戦できるというのは、悪くないな。
俺が今いる丘の上には、ホウ家の関係者が皆集まり、ガヤガヤと議論を交わしている。
近辺では一番よい観測地点だが、ルベ家は密に鷲を飛ばして情報収集しているので、使っていない。
鷲の上に乗っていたら、こんな議論はできない。
「……先鋒は、ティレルメの奴らのようですな」
ディミトリが言った。
「どうして分かる?」
矢を防ぐ盾の邪魔になるため、連中は旗を掲げていない。
「先頭の盾が」
ディミトリに言われて、先頭を見た。
鉄砲でも貫けなそうな、丈夫そうな置き盾を押し出しているのだが、見ればティレルメ王国の国章が塗装してあった。
「順当かと。一番兵を出しているわけですしね」
ティグリスが言った。
「まあな……」
十字軍は、応急修理の場所を越えて、ずんずんと橋を進んでいく。
敵兵が橋の半分を越えると、ルベ家側が発砲を始め、硝煙が上がりはじめた。
だが、分厚い盾の前には、やはり効果がないようだ。
底に車輪でもつけているのか、後ろからおしくら饅頭のように押され、弾丸が当たる衝撃をものともせず進んでゆく。
基本的に、鉄砲に対して可搬の盾で対抗するというのは、要求される盾の防御力を考えると、あまりに部隊が鈍重になってしまうので、用いられない。
ただ、横幅が四メートル程度しかないホット橋の前面程度であれば、問題なく使える。
敵も中々考えるものだ。
望遠鏡で見ているうちに、ティレルメ王国の紋章はみるみる弾丸で削られ、あっという間に見る陰もなくなってしまった。
「矢は、まるで効果がないのか」
先程から、ずっと矢の曲射は続いている。
「いえ、目に見えないだけで、隙間から刺さっています。兵がいなくなったら、橋の上は味方に踏まれた死体だらけかと」
ディミトリが言う。
前々回の戦闘で経験したことなのだろう。
倒れたらその隙間を埋めているだけなのか。
「そろそろ接敵するな……」
敵の大盾は、ルベ家軍の正面に接触しかかっていた。
橋の上は、すでに十字軍の歩兵でミッチリと埋まっている。
ルベ家の計画にとっては、絶好の好機と言える。
「来ました」
ティグリスが言った。
橋の上空を見ると、王鷲がひゅるんと降下してきている。
一列を作って、橋を滑走路に見立てるように落ちてゆく。
これがルベ家の作戦だった。
逃げ場のない橋上での、火炎瓶による線状の爆撃。
今日は風もなく、火炎瓶もまっすぐ落ちるだろう。
天候としては最高だ。
鷲は、美しい等間隔になりながら、すいっと橋に向かっていった。
落とすか。
というところで、鷲が不自然に跳ねた。
は?
空中で、見えない巨人の手に叩き落とされたかのように、羽が散り、ぱっ、と撃墜された。
橋の上からねずみ色の硝煙があがり、3秒ほど遅れて、ドーン――と低い音が聞こえてきた。
「ユーリ閣下」
ティグリスが言った。
分かっている。
「音からすると、大砲だな」
先頭から二羽やられたようだ。
一羽は投擲後だったようで、橋上の一部は炎に巻かれている。
どちらかというと、一羽目のほうは
だが、二羽目は直撃だったようだ。
残りの八羽は、降下を中止し上昇している。
「ディミトリ、ルベ家に伝令を出せ。ただちに橋を爆破し、敵対空火器を鹵獲せよ」
「ハッ!」
ディミトリは、すぐに伝令を出すため動き出した。
望遠鏡で覗くと、用意がしてあったのか、川面にバケツが降ろされ、火炎瓶で生じた火災が早速消火されつつあった。
十字軍側は冷静に事態を処理し、歩みを進めている。
あらかじめ、何がどうなるか指示を受けていた感じだ。
こりゃ、完全に読まれてたな。
鷲がどこからどう来るのかまで読んでいた感じだ。
まあ、見るからに回収あるいは破壊が容易な応急修理の橋が残置してあるとか、どう考えても罠以外の何物でもないからな。
「ユーリ閣下、爆破の位置は伝え聞いているのですか? もし大砲のこちら側なら……」
そうだったら、大砲が残置されるのは爆破された橋の向こう側ということになる。
こちらは回収できず、持って帰られてしまうことになるだろう。
「大丈夫だ。爆破班が見えてる」
さっき探していたら、橋の三分の一ほどのところで、アーチの下に隠れている兵が見えた。
きっとあれだろう。
あまり岸に近いと、崩したところで、途中まで橋が利用できてしまう。
岸にごく近い場所まで橋で運べるなら、そこからスロープを作るだとか縄で吊り降ろすだとかすれば、十分に橋が利用できてしまう。
それを回避したのだろう。
望遠鏡で覗いていると、隠れていた兵が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
その直後、爆発が起き、アーチの一部が吹き飛ぶのが見えた。
3秒ほどの時間差で、ドーンという爆発音が聞こえてくる。
爆破された部分からもうもうと煙がたち、それが晴れると、無事に橋は崩れていた。
「よし、壊れたな」
「ああ……駄目ですね」
「何がだ?」
「大砲を川に落とすようです。鹵獲されたくないのでしょう」
望遠鏡を向けると、確かに敵兵たちが小型の大砲らしきものを落とそうとしている。
ホット橋には、大人の胸の高さほどの欄干がある。
どうにも、欄干を乗り越えさせるのに四苦八苦しているようだ。
「欄干が邪魔なようだな。無理かもしれんぞ」
こちら側から落とそうとしてくれるのはラッキーだった。
わずかに見えるシルエットから類推すると、どうも小型の臼砲らしい。
臼砲というのは、ずんぐりむっくりとした短砲身の大砲で、砲身が短いぶん、軽く作ることが出来る。
砲身が短いということは、燃焼ガス圧が砲弾を加速させる距離が短いということになるので、砲弾は大して飛ばない。
元々は、山なりの弾道を描いて城壁を攻撃するためのものだ。
ガス圧による加速の恩恵は最小限にしか受けられないが、爆発の衝撃で砲弾は飛ぶ。
恐らく、散弾のようなものを詰めて、急降下してくる鷲に照準を合わせて発射したのだろう。
飛んでいる最中の王鷲を撃墜するのに、それほど強いエネルギーは必要ない。
鷲の骨は人より弱いので、急降下する鷲に真正面から当てれば、人体を引きちぎるほどのエネルギーがなくても、骨を砕き飛行不能にすることは容易だ。
やってみたことはないが、野球のデッドボール程度の威力があれば十分脅威なのではないだろうか。
おそらく、持ち運びの土台に取っ手を何個もつけ、六人とか八人で運べるようにしてあるのだろう。
人力による転回もできるし、
鷲に対する対空砲としては最適解かもしれなかった。
「ユーリ様、伝令が飛びました」
ディミトリが報告しに来た。
見ると、確かに鷲が一羽、ルベ家の陣に向かって飛んでいる。
「もう橋は壊したがな……ああ、糞。戻り始めやがった」
やはり、鹵獲されるなという命令が下っているのか、兵たちは欄干を越えることを諦め、砲を土台から持って戻りはじめたようだった。
橋の末端では、ルベ家が攻勢を始めている。
勢いよく突撃をし、退路を失って混乱している兵たちを蹂躙している。
できれば、ルベ家軍に砲を奪取して戻ってきて欲しいのだが、爆破された部分から川に落とされた場合、持ってくるというのは厳しそうだ。
砲を持ち運ぶだけでも相当キツいのに、それに加えて水をかき分けての移動ということになれば、実施は不可能だろう。
「はぁ……だめだな。まぁ、いいか」
あれが量産された正式装備だとも限らない。
国内にも、小型臼砲はないわけではない。
それで対応策を検証すればよいだろう。
「橋を使えなくなったと見て、渡河をはじめましたね」
望遠鏡から目を離し、肉眼で戦場を見ると、確かに徒歩での渡河が始まっていた。
二万人くらいの兵が、橋より少し上流から一斉に渡河を試みている。
これは防げないだろう。
「あっ」
ティグリスが何か言った。
「どうした?」
「砲の運び手が、一人流れ矢で死にました。転倒しました」
それは良かった。
再び望遠鏡を構え、砲のところを見ると、確かに砲を落としてしまっているようだ。
「というか、後ろが詰まっているな。ルベ家が間に合うかもしれん」
崩落地点は、退路を切られたということで、逃げようとする兵でごった返していた。
崩れた瓦礫があるとはいえ、四メートルほどの高さはあるので、兵たちは及び腰になっているようだ。
殆どの者は後ろから押されて落とされているが、結果頭から落ちたりして、悲惨な結末になってしまっている。
欄干から飛び降りる者もいるが、だいたいが脚に怪我を負って歩けなくなっている。
「ああ、間に合ったな」
間に合った。
砲を一生懸命運んでいる連中が、ルベ家に飲み込まれた。
おそらく回収してくれるだろう。
とりあえず、趨勢は決したな。
「ユーリ閣下、どう見ますか? キエン殿の負けでしょうか」
ディミトリが言う。
「いや、どうかな。上手く追撃を免れ、撤退できるのなら、引き分けくらいじゃないか。敵の新兵器を鹵獲できたのは大きい」
新兵器といっても、臼砲というのは百年も前から存在するものなので、新兵器というものではない。
ただ、使い方を変えただけだ。
とはいえ、鹵獲できたのは大きい。
実際使ってみて、旋回の速さ、仰角を取る速度などを検証すれば、鷲が砲撃を回避する手法が編み出せるはずだ。
「キエン殿のやり方も、少し凝りすぎていたな。読まれていた」
ルベ家のプランは、線上に爆撃を行い、橋上を焼け野原にしたあと、敵が橋を狙ってくる限り同じことを何度も繰り返し、流血を強い、敵が諦めて渡河に切り替えたところで、それなりの川岸防衛をしつつ追撃を振り切って撤退する。
というものだった。
上手く行けば、確かに非常に胸のすくような理想的な殺戮となっただろう。
だが、敵は付き合ってはくれなかった。
敵のほうも、橋の爆破は俺が以前に実行したことだ。
読んでいて然るべきなのに、橋を侵攻路に選んだのは間抜けだ。
結果、鷲による爆撃という奥の手を阻止したというのに、橋を傷物にされてしまった。
秘密兵器の存在を披露しただけで終わり、それを決定的戦果には繋げられず、大した秘密が詰まっているわけではないとはいえ、鹵獲されてしまった。
まあ、十字軍は各国の合議で意思決定をしているのだろうから、大目的が橋と決まったらそれに従う他なかったのかもしれないが。
「とはいえ、普通の戦果は得られたと言えるだろう。悪くはない」
橋を爆破して追い落とした分と、これから川岸での防衛で倒す分とを足せば、地勢的に有利な状況で戦端が開かれた戦闘としては、ごく普通か少し上くらいの戦果は得られるはずだ。
最初のプランからすれば、橋を壊した上、自軍の倍以上の十字軍を焼き殺すことで士気にも打撃を与え……ということだったので、それと比べればショボいが、悪くはない。
橋の破壊による敵補給線への攻撃という大目的は達成しているわけだしな。
爆破に失敗し、橋をそのままの形で渡していたら激怒するところだが、そこは準備万端に用意を整えて成功させたようだし、とりあえず悪いものではない。
「健闘を褒めてさしあげるつもりなら、私が伝えに参りますが」
ティグリスが言った。
「褒める?」
よく意味がわからない。
「作戦を失敗したということで、ユーリ閣下の手前、無理な抵抗で戦果の拡充を目指すかもしれません」
「……そこまで馬鹿ではないだろう」
「下の者というのは、そういうものだと思います」
そうか?
というか、下の者という意識もないんだが。
形式上俺はキャロルの王権を全権委任された者ということになっているが、それは権利を預けられただけで、本来の順序が変わったわけではない。
将家の長同士、立場は同格のはずだ。
ただ、部下として考えると、確かにそういう無用な無茶をやらかす輩は、社にも居ないではなかった。
「じゃあ、鹵獲だけでも十分な戦果だと言ってきてくれ。上からにならないようにな」
「はい。行ってまいります」
ティグリスが小走りに走ってゆく。
まだ渡河には時間がかかりそうなので、時間はあるだろう。
「どう思う?」
隣にいるディミトリに聞いた。
「女性らしい気遣いですな。強い必要性は感じませんが、確かに撤退への心の抵抗は薄まるでしょう。悪いことではないかと」
「そうだな」
悪いことではない。
「キエン殿に必要があるとは思えませんが」
「どうかな。リャオ・ルベには必要かもしれない」
逆効果かもしれないが。
「リャオ・ルベが率いているのですか?」
「率いているのはキエン殿だ。だが、火炎瓶での爆撃はあいつが考えたらしい。小耳に挟んだ程度の情報だがな」
今回の戦は、全てルベ家に任せている。
ルベ家にとっては母国を守る神聖な戦なわけで、俺が主導権を奪ってしまうと、心情的に非常に問題がある。
先程伝令を行かせたのと、意味のないダム工事をやめさせたこと以外は、何も口出ししていない。
「同じ年代の同じ立場同士、対抗心が芽生えるのかも知れませんな」
どうだろう。
確かに、ライバルというか、対抗心を燃やすのは仕方ないのかもしれない。
「別に、リャオは無能ではない。何も悪いことはやっていない」
抜きん出た才能の持ち主とは思わないが、人間的魅力はあるし、普通にリーダーに向いている。
何も悪くはない。
今回は上手くいかなかったようだけど。
川の上では、ルベ家の軍が矢を放ちはじめていた。
これが終われば、次はミタルでの戦いになるだろう。
俺にとっては、これからが本番だ。
「それじゃ、俺は王剣に用事があるから、行くが」
「はい。お疲れ様でした」
「じゃあな」
俺は用事を済ますため、白暮のところへ歩いて行った。
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