第201話 ヴィラン・トミン*

 ヴィランは、ボラフラの書斎に入ると、机の上を漁った。

 机の上になかったので、鍵付きの引き出しを斧でもって壊し、無理矢理にこじあけた。


 案の定、一番上に封筒が入っていた。

 たぶんこれだろう。


 蝋封されている封筒を、破いて開く。

 中を読むと、やはり望み通りの品であった。


 お父様は、明日の朝、書状を送るって言ってたわ!


 メヌエットが言っていた通り、確かに手紙があった。

 うっかり殺してしまったので、後になってしまったと思ったが、偽造する手間が省けた。

 本人が書いたものなのだから完璧だ。


 あの豚も役に立ったな、と思いつつ、内容を暗記する。

 会談の場所はユタン峠であり、時刻は五日後、五月四日の正午だった。


 忙しい。


 ヴィランは、机の上に置いてある最近流行りのライターでランプに火をつけると、新しい封筒を用意し、ボラフラの書いた書面を入れ、ノザ家の印を押し、改めて封蝋を施した。

 あとは、配下の者にノザ家を偽っての配達を頼めばいい。


 ヴィランの中で、急速に戦略が組まれてゆく。


「ゴンゾ!」


 大声で呼ぶと、廊下に立っていた大男が現れた。

 戦い慣れしたヴィランであっても、ここで五人六人に来られてはひとたまりもない。


 まだ屋敷を制圧したわけではないので、常にゴンゾを近くに置いていた。


 ゴンゾは、常人より頭一つ高い大柄な骨格にぎっしりと筋肉を積み、その上に脂肪を乗せたような大男だ。

 白狼山脈の山の中にいるという雪男トロールを彷彿とさせる。


「お、おう?」


 逞しい肉体を得た代償か、オツムが弱いのが難点であった。


「門に行くぞ。付いてこい」


 ヴィランは歩き出した。


 会談を成立させるためには、ボラフラが生きていることにしておかなければならない。

 だが、ヴィランは割と派手にやってしまった。もはや殺し自体を隠蔽することはできない。


 であれば、オレガノの出入りを封鎖し、人の流れを遮断する。これがヴィランの第一手だった。


 諸侯を納得させるのは難しい。

 北と南、二正面戦争でルベ家とホウ家を破れるとも思えない。


 ただ、ノザ家の自分以外の諸侯を力でもって平定するのには、かなりの自信がある。

 問題はそのための時間だ。

 そのためには、まずはユーリ・ホウと、ついでにキエン・ルベを殺してしまわねばならない。


 そうすれば、ひとまずはホウ家とルベ家は混乱するから、その間に覇を唱える機会が生まれる。

 来るとも来ないとも限らない十字軍のことなど、その後考えればよい。

 その難易度は未知数だが、やってやれないことはない。とヴィランは考えていた。


 戦いに難しい、難しくない、は関係ない。幾ら敵が強かろうが戦うのが戦士だ。

 喧嘩でも同じで、相手がデカいからビビる、戦わないなんて野郎には、誰もついてくるはずがない。


「おい、どうした?」


 屋敷から出たところで、ゴンゾの足が止まった。

 ついてこない。


「モン来た。通り過ぎたゾ」


 屋敷の玄関を指さして、モンと言っている。


「ぶは、ちげえって、もっと別んところの門だ。こっちこっち」

「そうか……」


 ヴィランはゴンゾを連れて歩く。


 屋敷の外には、連れてきていたトミン家の兵が五百人ほど集まっていた。

 伝令に飛び出した者だろう。一匹の馬が矢で射られて転がって、その横で人が一匹頭を割られている。


 ヴィランは、この五年でトミン家の兵から支持を得、自身の手勢としていた。

 一連の出来事は父には伝えていなかったが、軍は自由にできる。


「若。屋敷を制圧しますかっ」


 粗末な槍を構えて、血気盛んな様子だ。

 だが、重要なのは屋敷ではない。


「十人やって鳥カゴだけ抑えとけや。おい、ガクサ。お前は港へ行って出港を止めとけ」

「うっす!」


 ガクサと呼ばれた男が返事をした。


「あとはオレについてこい。大門を占拠する」



 *****



 ヴィランの目論見通り、オレガノはあっという間にヴィランの手の内に落ちた。

 ノザ家という旗印を失った防衛軍は、集団ではなく個々として制圧され、逆らう部隊は皆殺しに遭い、従う部隊は監視の下放置された。


 ボラフラが育てた領都の兵は規律正しく、行進する姿は美しかったが、暴力に直面するとひどく弱かった。

 ボラフラの好みに従い、粗野な者を良いも悪いも遠ざけた結果が、折り目は正しいが脆弱な軍というわけだった。


 たまたまオレガノに滞在していた領主たちは、皆逮捕され、牢屋に入れられている。

 ヴィランは配下の者たちに略奪を許し、交易を許され王都との間にルートを持っていた商館は全て襲われた。


 オレガノを、二枚貝が殻を閉じるように封鎖する作業が一通り終わると、ヴィランは馴染みの娼館にやってきた。


「ヴィラン様っ! これはようこそおいでくださりました」


 支配人の男が、手もみして駆け寄ってきた。


「あほう」


 ヴィランは、道端の草でも摘むような気軽さで、支配人の腹に短刀を刺し、グリッと捻った。


「うっ――ぐううウウッ!! なっ、なにを」


 支配人の顔が苦痛に歪む。


「お前の店は高すぎだ。おかげでしばらく来れなかったじゃねえか。それに、ツケにしろっつったらてめぇ……生かしとくわけねぇだろ」


 ヴィランは、短刀を抜いて、支配人の腹を蹴っ飛ばした。


「――野郎ども! 思う存分楽しめや!」

「おおおおおおお!!!」


 部下共が娼館になだれ込んだ。

 慣れたもので、次々に部屋に入ってゆく。


 もちろん外で素人女を犯している者もいるが、娼館であれば寝具があり、垢抜けた娼婦を抱ける。

 ヴィランは普段から素性を山賊に偽って町などを襲っており、部下たちは素人女を犯すのは飽きていた。


 女を犯すに飽きるも飽きないもないが、彼らにとっては硬い地面や台所の上で素人女を押さえつけて犯すより、こういった趣向のほうが稀な体験なのだ。


 ヴィランは、慣れた足取りで二階のとある部屋に向かったが、そこにはすでに部下の一人が来ていた。


「おいっ、そこはオレが使う」

「えっ、若がっ!? そりゃ、サーセンっした」

「てめぇは見張りしとけ」

「みはっ――ええっ!?」


 部下の男は、大げさに驚いた。


「そりゃないっすよ!」

「黙って聞いとけや。命令だ。出てきたとき見張ってなかったらブッ殺すからな」

「えぇ……」


 かなり渋った態度だったが、知ったことではない。

 部下の中には山稜の小砦キープを監視している者や、王都にほど近いトミン家の領まで味方を呼びに行っている者もいる。

 そういう貧乏クジを引いた奴らもいるわけで、こいつだけ命令に背いていい理屈はない。


 ヴィランは、その部屋に入った。

 扇情的な薄い服を着て、中のベッドに座っていたのは、愛しのチェルミアであった。


 ヴィランの顔を見ると、顔をパァっと輝かせる。


「あ、ヴィーくんだ! 来てくれたのっ!?」

「チェルミア! 会いたかったぜぇ!!」


 駆け寄って来たチェルミアを、ヴィランは抱きしめた。

 体つきに対してふくよかな胸が、ヴィランの胸板に当たって潰れた。


「んーっ、ヴィーくん好き好きっ!」

「オレのほうが好きだぜ、チェルミア」


 ヴィランはチェルミアを抱えながら、ベッドに向かった。



 *****



 ひとしきり行為が終わると、ヴィランはチェルミアを傍らに抱えながら、水を飲んでいた。


 チェルミアの体は、胸はふくよかなのに他のところは引き締まっていて、それでいて柔らかい。

 ブヨブヨとした柔らかさではなく、弾力のある柔らかさだ。


 胸も垂れていないし、尻もツンと上がっている。

 何から何まで、ヴィランの好みだった。


 跳ねる魚のように動くチェルミアとの行為と比べれば、メヌエットとする行為は、まな板の上に乗せた豚とまぐわっているようなものだった。


「チェルミア、オレの妻になってくれ」


 ヴィランは、言おうと決めていたことを言った。


「えぇ~? いいなづけ? がいるんじゃなかったの?」

 チェルミアは、乱れた髪を櫛でとかしながら言った。

「あれはもうブッ殺した。オレの女はお前だけだ」


 あの豚女が消えたのなら、チェルミアと結婚するのに障害などない。


 ヴィランは以前にもチェルミアを身請けしようとしたが、その金を持っていなかった。

 トミン家の家財を売れば捻出できる金額ではあったが、軍はともかく家計は未だ父親が握っており、その資金は出てきそうになかった。


 なので、足繁くこの娼館に通っていたのだが、ハマりにハマって一ヶ月に二十回ほど通った結果、手持ちの金をすべて使ってしまった。

 ツケにしてくれと頼んだのだが、拒否をされたため、ここ五日はご無沙汰であった。


「んー、チェルミーの借金もいいんだよね?」

「ああ、どうこう言う奴なんざ殺してやるさ」


 というか、さっき殺したのが借入書持ちだろう。


「それなら、ヴィーくんが結婚したいっていうならぁ、結婚してもいいよ? なんか楽しそうだし」


 楽しそうだし。

 ヴィランの好みの理由だった。


「そうかっ! チェルミア、愛してるぜ!」

「私も愛してるっ!」


 ぎゅう、っと二人は裸で抱き合った。

 ひとしきり体温を交換したあと、二人は離れた。


「ね、でも許嫁ってここの領主様の娘じゃなかったの?」

「あー、まあそうだが、これからはオレが領主になンだよ」

「ほえ~、じゃあ、偉くなるんだねぇ」

「偉くなるどころじゃねえさ。これからオレは王になるぜ。ユーリ・ホウもキエン・ルベもブッ殺して、オレが王になるのさ」


 そう言葉にすると、実現できる気がした。

 近い未来そうなる。その感触が拳で握ったように残った。


「ユーリ・ホウって今有名な人だよね?」

「聞いたことあんのか?」

「そりゃ、聞いたことあるよぉ。キエンって人も偉い人だよね。ヴィーくんは会ったことあるの?」

「オレは会ったことねえが、ユーリってやつは大した奴らしいが、二十かそこらのガキんちょだろ。どうにでもなるさ」


 どんな相手だろうが、二十かそこらのガキに負けるとは思えなかった。


「キエン・ルベには会ったことあるぜ。かなり歳いったジジイだった。まあなんとかなるさ」

「その人たちをやっつけたら、ヴィーくんは王様になれるんだ?」


 薄く口の端で笑いながら、妖艶な口で言った。

 ただ馬鹿で明るいだけではない。時折見せる深みのようなものが、ヴィランの心を蕩けさせた。


「ちょっと時間はかかるけどな。チェルミアを待たせたりはしねえさ」

「じゃ、来年には私はお姫様?」

「ああ、きっとそうだ」

「あはっ」


 チェルミアは嬉しそうに笑った。


「私、シビャクに住むの憧れだったんだぁ~。ね、本当になれるんだよね?」

「なれるさ」

「嘘だったら、許さないからね?」


 チェルミアは、挑発するように言ってきた。


 先程人を殺したばかりのヴィランの体からは、殺気の残滓が漂っている。

 それに怯えもせずに、むしろ楽しんでいる雰囲気すらあるところも、ヴィランの好みであった。


「へっ、嘘じゃねえ。オレにかかりゃ、こんな小さな国平らげるなんて簡単なことよ」

「よっし! じゃあチェルミーも応援するからねっ! ヴィーくんのお姫様になるためなら、チェルミーなんだってするよ! エッチとか!」

「そうだな、来年にはきっとシビャクの王城暮らしだ! オレたちの天下だぜ!」

「おれたちのてんかだー!!」

「よっしゃ、酒持ってくるぜ! あいつら、料理人殺しちまってねえだろうなぁ――」


 ヴィランは腰にタオルだけ巻き、斧を手にとって外に出た。


 会談は四日後。

 ヴィランは鷲に乗れるが、その他は陸を歩いて行かねばならない。

 時間を考えると、明日には兵を送り出す必要がある。


 明日から忙しくなる。そう思いつつ、ヴィランは歩いた。

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