第182話 王都強襲

「ユーリ閣下、やはり行くのはおやめください! 危険すぎます!」


 藩爵であるディミトリ・ダズが追いすがるように駆けてきて、言った。


「いや、行く。大丈夫だ。向こうに兵がいないことは分かっている」

「第一軍は信用できません! 王の剣もっ!」


 俺はひらりと白暮に跨ると、手早く拘束帯をつける。


「危なくなったら鷲に乗って帰ってくるさ。お前は予定通り、旗が揚がるまで第二軍をここに張り付けていろ。その前に全軍取って返すようだったら、カケドリを突っ込ませて壊乱させてくれ」

「……わかりました。では、お気をつけて!」


 ディミトリは、一歩離れて敬礼をした。

 鷲が羽ばたく邪魔になるからだ。


 手綱を軽く引き、離陸の指示を出すと、白暮がバサリバサリと羽ばたき始めた。

 体が浮く。


「じゃあ、行ってくる!」


 右手で手綱を握り、左手には槍を持っていたので、手は振れなかった。


 上空に登って下を見ると、王都南部の牧草地に、ホウ家の全軍が展開しているのが見えた。

 一万六千名の軍が整然と密集隊形を組み、左右にカケドリ隊を展開している。


 その向こうには、王都の南端を背に、第二軍が相対している。

 十日前、俺が突破したバリケードがあった場所が、陣の真後ろにあるのが見えた。


 少し形がいびつな密集隊形が、ホウ家軍より一回り小さな箱型に組まれている。

 第一軍の姿は、影も形もないようだ。

 第一軍が混ざっていれば、総数は二万名近くになるので、ホウ家の陣より大きくなるはずだった。


 情報通り、第一軍は王城島の守りについている。


 俺が離陸したのが見えると、そこら中から次々と鷲が飛び立ち始めた。

 上空で小さな円弧に飛んで彼らを待つ。


 鷲の数はどんどん増え、ホウ家軍の上空には、今まで見たこともない光景が現れた。

 五百羽にものぼる巨大な鳥が、屠殺場の上空で輪を描いて飛ぶ烏のように、空を埋め尽くしている。


 第二軍が偵察のために飛ばしていた鷲が、とんでもない量の鷲に驚き、尻尾を巻いて帰っていくのが見えた。


 俺は口に特大のホイッスルを咥え、思い切り吹いた。


 ピュ――――イ!


 ホイッスルの甲高い音が、大空に響き渡る。


 実際、遠くにいると聞こえないことが多いホイッスルだが、周囲の者だけにでも聞こえれば、きっかけとなる流れを作ることはできる。

 作戦は既に伝え、全員が理解しているのだ。

 俺は白暮の嘴を、王城に向けた。


 あっという間に陣を飛び越え、白暮が王城に差し掛かると、跳ね橋の上で何かが動いたのが見えた。

 王剣だろう。


 王剣は、予め王都に運び入れた酒瓶を、跳ね橋の上に投げていた。

 上空からでもわかるほど、黒い染みが広がっている。


 原油だ。

 火炎瓶に使う軽油質のものを使うのはもったいないので、原油をそのまま瓶に入れて投げている。

 軽油質の油は燃焼しやすいのと引き換えに、火の持ちが悪いので、こちらのほうが適している。


 ここ数日でこっそりと王都に運び込まれた原油が、どんどんと投げられていった。


 更に王城のほうに向かいながら、下を見ると、王鷲の一羽が急降下して、瓶を放った。

 橋に出来た黒い染みの上で、赤い炎が広がる。


 俺はそこで降りず、王城の周りをくるくると周回しながら、ピュ――イピュ――イとホイッスルを吹き鳴らした。


 王城の中の者たちが何事かと窓に現れ、外を見はじめる。

 上階に差し掛かった時、そいつはいた。


 金髪を風になびかせながら、俺を見ていたのは、カーリャだった。

 カーリャが現れた部屋には、前にミャロが来たときと同じように、バルコニーがついている。


 突っ込むか。

 と一瞬考えかけたが、それは止めた。

 危険過ぎるし、あえてやる必要はない。


 命知らずの鷲兵たちが、人が顔を出してこないベランダに降り立ってゆく。

 ティーテーブルや椅子が蹴散らされ、あるいは頑丈であればその上に降り立った。


 予め決めた手順通り、危険を伴なう欄干への着地はやっていない。

 部屋に人がいない無人のベランダならば、鷲から下りる前に刺されることもないというわけだ。


 北側の橋を見ると、そこからも炎があがって、ぶすぶすと黒い煙が立ち上がっているのが見えた。

 俺は、降下地点に降りていった。



 *****



 予め決められていた降下地点に降りると、俺は素早く拘束帯を外し、白暮から降りた。

 次々に降下してくる後続のために場所を開け、手綱を適当な出っ張りに引っ掛ける。


 総勢五百の王鷲兵たちが、槍一本を持って王城島の各地に降下してゆく


 俺もまた、王城を目指して走り出した。

 やはり、事前の情報通り、王城には第二軍の兵は殆ど残っていないらしい。


「ユーリ閣下! 十個分隊、総員無事着陸致しました!」


 駆けつけてきた騎士が言う。

 この者は急づくりで幾つか作った降下隊長の一人で、後ろには五十人の部下が並んでいた。

 作戦段階から俺直属の部下として、実際には危険な現地に身一つで行こうとする俺を護衛する役割として、付けられた者たちだ。


 これが全員、騎士院を卒業した天騎士と考えると、かかっているコストには目眩がする。


「ご苦労。予定通り王城を攻めるぞ。上の窓にカーリャが顔を出していた」

「カーリャで……そうですか、カーリャが。では行きましょう」


 俺は率先して歩きはじめる。


 王城の門は、先に突入したやつらによって、既に開け放たれていた。

 門には、一応は後ろに棒を通す金具があるのだが、そこに通す棒は門の奥に転がってしまっている。

 一度は締めたのか、締める前に阻止されたのか。


 どのみち、王城は防衛できるような施設ではなく、地面から手の届く場所に窓がたくさんあるので入る場所には困らないが、門が開いているに越したことはない。


 その門からは、中に居た魔女たちが我先にと逃げ出していた。

 戦火に慌てふためく婦女子の集団、そのものだった。


 兵たちはそれを追わない。

 包囲するほどの手勢はいないし、どのみち王城島からは逃げられないからだ。

 この季節は山脈からの雪解けの水が多いので、川を泳いで逃げるのは、鍛えていない女性ではちょっと無茶だろう。

 何人かはその無茶をして死ぬのだろうが、知ったことではなかった。


 それにしても、今まで見てきた王城とは、なにもかもが違う。

 まさか、この場所で戦塵の匂いを嗅ぐとは思いもしなかったな。


 俺は足を止めることなく、王城の門をくぐった。


 中に入ると、そこら中から怒号の声が聞こえる。

 切り結びあっている者もいる。


 やはり、まがりなりにも王城なので、それなりの人数が残っているらしい。


 事前の情報では、五十人程度しか残していないということだったが。

 まあ、五十人だとしても、こちらも人数が少ないのだから、鎧袖一触とは行かないだろう。


 とりあえず階段を目指して歩いていると、廊下の曲がり角に急に現れた第二軍っぽい男が、俺を見た。

 俺が着ている上等の皮鎧を見たのか、こちらに走り寄ってくる。


「逆賊、覚悟ォ――!!!」


 大声を張り上げて、槍を腰だめに構えて突進してきた。

 こんな元気がいいのも第二軍に居るんだな。


 顔を見ると、どうも神経質そうで、まあ普段の顔は分からないが、狂ったように顔を歪めている。

 誰かしらに何かを吹き込まれ、入れ込んでいる感じだ。


「ユーリ閣下を守れ!!」


 隊長が庇いにきたので、俺は大股に歩を進めて敵兵と向かい合った。

 別に庇われなくても。

 これくらいなら。


「オオオオオオオッ!!」


 雄叫びをあげながら突っ込んできた男が、腰に溜めた槍を突き伸ばしてくる。

 俺は最後の一歩をポンと軽快に踏み、間合いを外すと、左手の手甲で伸び切っていない槍を横から叩き、短めに持った槍を男の腹に突き刺した。

 互いの勢いが交差し、ブスリと深く槍が突き刺さる。


「グッ――」


 男はくぐもった声をあげ、その場に倒れ臥した。


 鎖帷子を着ていると思ったが、刺した槍にその感覚はなかった。

 厚手の布だけかよ。


 城勤めとはいえ、戦争中だろうに。

 なんだと思ってんだこいつらは。


「雑兵の槍だな。つまらん」


 俺は槍を引き抜いた。


 男は刺された腹を両手で庇って、槍など離してしまっている。

 威勢はよかったのに、こんなものか。


 ソイムには、豪傑は三度刺されるまま戦い続けるから、突き崩しても慢心するな、と教わったものだ。


「さ、行くぞ。あまり時間をかけてもいられん」



 *****



 六階にたどり着くと、兵たちが派手に斬り合っている音がしていた。


 あの日に歩いた見覚えのある廊下が、今は血に染められていた。


 まず見えてきたのは、傷を負って蹲っているホウ家の騎士たちだった。

 なにやら後方に逃れてきたように見える。


 それが五人。その向こうには、二十人ほどの兵が立ち往生していた。


「おい、どうした」


 俺が来たのを見ると、騎士たちは驚いた顔をしてこちらを見た。

 まさか俺がこんな所まで登ってくるとは思わなかった、という顔だ。


「ユーリ閣下! て、手強い騎士が廊下を守っており……!」


 しきりに前方を気にしながら、俺に報告をする。

 なんだ、そんなのがいるのか。


「道を開けろ」

「しかしっ……」

「いいから開けろ」


 俺が再び言うと、騎士たちは渋りつつも道を空けて割れた。

 割り入りながら騎士の集団を抜けると、廊下の先にいたのは、なんとも巨大な男だった。


 筋肉デブ。


 という言葉が似つかわしい男で、常人の三倍は体重がありそうな巨体を、おそらく特注で仕立てた板金鎧でよろっている。

 背も高く、俺などとは根本的に体格が違った。


 騎士ではないらしく、両手に一振りづつ戦斧を持っている。

 また合理的な戦斧で、片面に斧がついているのは普通なのだが、突いてもいいように先端にはぶっといキリのようなものがついて、斧の反対側にも錐がついている。

 技術などなくとも、力任せに振り回せば、どこかしら敵に突き刺さる武器だった。


 既に五名ほどの騎士が頭を割られたり腹を刺されたりして、廊下にむくろを晒していた。

 この廊下は狭いとは言えないが、槍を振るうには向かないし、逆に短めの戦斧は十分に振ることができる。

 こっちは鷲に乗ってきて軽装だし。


 まー、相性が悪いよな。


 こんなのと戦いたくないわ。

 というか、こいつ多分アレだよな。


壊し屋ブロークン・ブロンクスか。王女の守りを任されるとは、出世したな」


 板金鎧を着ているとは聞いていないが、他の特徴が全て一致している。


「ン……騎士サンが俺の名を知ってるたぁね……ああ、お前がユーリってやつか」

 意外とのっそりとした喋り方だった。

「ああ、そうだ」


 壊し屋ブロークン・ブロンクスというやつは、王都の商売界隈のなかでは、魔女の恐ろしい手駒の一つとして知られている男で、魔女の指示に従っては店に乱入し、そこら中のものをぶっ壊しまくるのが仕事だ。


 店を壊されたら人生が終わる店主が足にすがりついて情けを乞うても、容赦なく店を潰す。

 殺すなと命令されていれば無視するし、殺してもいいと命令されていれば、その頭を割る。

 用心棒を雇っていても木っ端のように片腕で排除し、誰も止めようがない圧倒的パワーで建物ごとぶっ壊し、仕事を完遂する。


 暗殺者ではないのだが、そういう仕事をしている男だ。

 悪名が轟くというか、もう悪名を探す必要もないくらい悪名そのものという感じの男で、この世に居ないほうがよい。


 聞く話によるとシャルルヴィルの子飼いらしいのだが、見せしめとして抜群に印象的な仕事をしてくれるので、他の魔女家にもレンタルされているらしく、どの魔女の管轄と言わずいろんなところで名を耳にする。

 しかし、王女、じゃなかった、女王の守りをやっているとはね。


「ン……お前ンところもブッ壊してやりたかったがよ……お呼びがかかンなくてよ」


 そりゃ、ホウ社狙ったら別邸の衛兵と軽い戦争になっちまうからな。


「一応聞いとくが、道を開ける気はないんだよな」

「ねぇな。ヤりたくてたまンなくてよ」


 壊し屋ブロークン・ブロンクスは、両手に持った斧を両手でギャリンギャリンとこすり合わせた。

 ヤる気満々だ。

 ガッツリと頭を守った兜からは、目しか見えないが、その下では舌なめずりしてそうな感じすらある。


「閣下! 危険です! お下がりください!」


 後ろの部下が叫んだ時、獲物を逃さぬ本能か、ほぼ同時にブロンクスは動いていた。

 巨体と部下に挟まれた俺を逃さぬようにか、あおるように巨体をかぶせ、二本の斧を両手に振りかぶる。

 まるで、獲物を今まさに狩らんとする熊のようだった。


 ドォンッ――!


 という場違いな激発音が、廊下に響き渡る。


 俺は腰の後ろに差してあった短銃を抜き、大雑把に銃身の向きだけ合わせ、腰だめに引き金をひいていた。大口径の銃の反動で腕が跳ねるように飛び跳ねた。

 至近距離で鉛玉が炸裂し、ブロンクスの胸にひしゃげた鎧の穴が生まれる。


「グッ――グウオッ!!」


 胸に穴が空き、さすがに半歩下がったブロンクスは、それでもすぐに次の一歩を前に出した。

 だが、その一歩には、片手で持った俺の槍が突き刺さっていた。

 首の装甲の隙間に、一枚の槍が入り込む。


「グボオッ」


 喉を鮮血に満たされながら、ブロンクスはなんと更に一歩前進し、斧を振るった。

 槍が更に喉に食い込み、力ない斧が俺の前腕にぶつかる。

 強い衝撃があったが、腕が折れるほどでもなく、革鎧に毛羽立った擦り傷をつけただけで、斧は滑り落ちた。


 壊し屋ブロークン・ブロンクスの巨体は、そのまま前のめりにたおれ、俺は重量が乗った槍を支えられなかったので、槍を横に倒して抜きつつ巨体を避けた。

 ドンッ! と、およそ人間の倒れた音とは思えぬ大きさの音が、廊下に響いた。


 根性あったな、こいつ。

 性格だの素行などはともかく、戦いに殉じる強さは感じた。


 尊敬できる……とは言わないが、うん、強かったな。


「ユーリ閣下!」


 後ろを見ると、騎士たちの目は輝いている。


 短銃持ってきてよかったな。

 これがなかったら、ちょっと俺でも対処法が思いつかないほどの強敵だった。


 脱出のとき使った短銃が意外とよかったんだよな。

 カフに感謝だ。

 カンカーの時にこんなものがあったら、と思ったので、持ってきたのだ。


 あの時からの課題が、ようやく解決した気がする。


「もうあんなのはいないだろうから、お前らは予定通り尖塔に登って旗を揚げろ。言っておいた通り、ホウ家の旗は、王家の旗の下にな」

「ハッ! 了解しました!」


 カーリャがいるのは、この先の部屋のどれかだろう。

 会わなければならない。

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