第116話 帰路

 伝令が、村の入り口で馬にまたがったままポツンと居る。


 何故だ?


 頭のなかが疑問符で一杯になる。


 なんで逃げていない?

 よっぽどの阿呆か?

 それとも、こいつらはそもそも偵察ではなく、別の部隊だったのか?


 わからない。


 確かに、敵の立場に立って想像してみれば、常軌を逸した事態ではある。


 味方が殺されるにしろ、それは一斉に矢の雨を浴びせられて死ぬとか、一斉に敵の集団が家々から現れ、網を投げられ、めった打ちに殺されるとか、そういう場合を想定しているはずだ。


 それが、敵の数はたった二人で、味方は家屋が崩壊して行方不明である。

 俺だったら、事態の異常さなど関係なく、即断即決で遁走に移り、本来の任務を完遂すべしと考えるが、彼の考えは違うのかもしれない。


 つまり、あれは俺たち二人が去った後、味方を捜索するべきと迷っている。


 そういう可能性もあるよな。


 それとも、罠か?


 俺たちを引っ張って、釣り野伏式に包囲するつもりなのか?

 いや、そんな手間をかける理由がわからないし、それだとあっけなく四人を突っ込ませたのはおかしい。


 案外、頼りにならない、決断力のない若手や無能を控えさせたのかも……。

 色々考えても、逃げなかった理由はわからないな。


 いや、関係ないか。

 どの道、この機を逃したらもう俺たちに打つ手はない。


 虎の子の火薬も全て使ってしまったのだから、次にくる連中を打ち破ることはできない。

 つまり、強行突破しか選択肢はない。


 むしろ問題は、やつを殺して偵察隊を全滅させるか、というところだろう。

 報告がいくよりは、行かないほうが良いに決まっている。


 俺は地面に刺した槍を引っこ抜き、向き直った。


「罠かもしれんが、行くしかないな」

「うん」


 キャロルも、偵察が残っていることには気づいていたようだ。


「俺の馬が倒れたら、お前は無視して突っ切れ」

「嫌だ」


 とキャロルは即座に言い返した。


「命令だから、問答無用だ。ついてこい」


 俺は、返事を待たずに馬に合図を送った。


 手綱を緩め、足の腹で馬の横っ腹を叩く。

 馬はごく自然に速歩そくほを始めた。


 そこで、靴に拍車がついてないことに、今更気づいた。


 拍車は靴の踵についていて、馬の腹に押し付けることで、言わば合図を強化する機能を持っている。

 鳥の場合は敏感なので拍車の類は必要ないが、乗馬には必須でもないが必要ではある道具だ。

 忘れていたが、ないものは仕方がない。


 槍を片手に走らせ、いよいよまで近づくと、最後に残った偵察は、ついに遅い決断をした。

 ようやく、馬を翻し、来た道を遡って走らせはじめた。

 追う。


 俺は馬の腹を一段と強く蹴った。

 馬は更に早くなる。


 リズミカルな走りが腰を上下に振り、頬が風を切って疾走する感覚を味わう。

 久々の清々すがすがしい感覚だった。


 が、村を抜けかけたところで、馬は勝手に足を緩めて速歩に戻ってしまった。


 くそ、上手くいかねえな。


 本当の馬術は、駆鳥もそうだが以心伝心が重要だ。

 機械のように、手綱や鞭でコマンドを入力してやれば、思い通り動くというものではない。


 恐らく、調教の方法がシヤルタの馬とは微妙に違うのだろう。

 どうしてもチグハグになってしまい、人馬一体とはならない。

 が、こうなったら不器用にでも無理やり走らせるしかない。


 俺は思い切り、右足の腹で馬の横っ腹を叩いた。

 とにかく叩いて走らせる。

 馬は速度を一段階上げ、再び疾走を始めた。


 ロスは少しの間だったが、あれで大分離されてしまった。

 というか、単純に向こうのほうが乗馬が上手いっぽい。

 そりゃ本職だもんな。


 走っているうちに、さらに引き離されていく。

 というか、根本的に腕前に差があって、向こうのほうが数段速く馬を走らせられるようだ。

 ヨーイドンで勝てないものを、追いかけっこで捕まえられるはずがない。


 数分間競争した後には、一直線に伸びた林道の向こうに、ようやく背中が見えるほどの距離があけられてしまっていた。

 だめだこりゃ。

 仕留めるどころではない。


 だが、その時、異変があった。

 追っている偵察の更に先に、指先ほどの大きさの騎馬が現れたのだ。


 のんびりと先を走っていた馬に追いついてしまったわけではなく、こちらに向かって全速力で走ってきているようで、距離がぐんぐん縮まっている。


 やはり罠だったか。


 とっさに後ろを見ると、キャロルは若干遅れてついてきていた。


 ここは、そのまま突っ込むべきだろう。

 罠が張ってあったとしても、強行突破するしかない。


 俺は馬の速度をそのままに、槍を持つ手に力を込めた。


 前方で、偵察と騎馬がすれ違った。


 その瞬間、偵察が


 乗り手を置いて、馬だけが前方にかけてゆき、偵察は背中から地面に激突する。

 胸からは、槍のような棒が伸びていた。


 こいつ……?


 考える間もなく、謎の騎兵は手綱を引き、かなり乱暴に馬を急停止させた。

 俺とそいつの距離は、指先の大きさから、手のひらの大きさになる程度に縮まっていた。


 クラ人の服を着ていることを見て取ると、俺は速度を殺さず突進した。

 騎馬戦は、より多く運動エネルギーを持っているほうが有利だ。


 何があったか解らないが、敵か味方か分からないなら、殺してしまったほうがいい。

 この状況で立ち止まるリスクは負えない。


 槍で刺し貫くつもりで穂先を合わせると、謎の騎兵は素早く何かを取り出した。


「やめろ! 味方だ!」


 そうシャン語で叫びながら掲げられた物体は、見た目には黒い棒であり、若干反り返っていた。

 俺はそれを見たことがあった。


 とっさに槍をずらし、同時に手綱を引いて馬に制動をかける。

 丁度、落馬した偵察の横で止まった。


 王剣だった。



 ***



 俺とキャロルが止まると、王剣はすぐに馬を降りた。


 こうして顔を見ると、確かに王剣だった。

 近くまで来ていたのを、家を発破した音を聞き、急いで駆けつけたのかもしれない。


 服は……クラ人から奪いとった鎧を着ている。

 よほど仕立ての良さそうなサーコートまで着ているあたり、かなり身分の高い貴族から奪ったのだろう。


 王剣はキャロルに向かって跪き、頭を垂れた。


「殿下っ……よくぞご無事でっ……!」


 俺をガン無視でキャロルに頭を下げている。

 それは全く構わないのだが、キャロルがこちらを見て、なにやら意見を求めるような目をしていた。


 軍というのはこういった決まり事に五月蝿いので、上の人間の頭越しに処理することは嫌われる。

 俺はキャロルに頷いて返した。


「よくやってくれた。ティレト」


 ティレトっつーのかこの王剣は。

 初めて聞いた。


「そのようなことは……いち早く御身をお救いに参れず、申し訳ございませんでした」


 当然だが、俺のことはどうでもいいようだ。

 たぶん、俺がこの場で胸を抑えて突然死しても、「ふーん早く帰りましょう」といったところだろう。


「ああ、ユーリのお陰だ」

 と、キャロルが持ち上げると、王剣ははじめて俺を見た。


 見た、というか、睨んだ。


 何か言いたいことがあるらしい。

 が、キャロルの前では言い難いのか、口をつぐんだ。


 まー、十中八九……というか十中十、恨み言だろうな。

 俺としても言い訳の一つや二つしたいところではあるが、キャロルをこんな目に合わせた元兇であることは間違いないわけだし。


 別に恨み言をいわれたところで痛いわけでもないし、大丈夫だけど。

 肝心のキャロルの親には恨み言をいわれる筋合いはない。


「おい、いいか?」

 と、俺はここで初めて口を開いた。


「なんだ」

「俺とこいつが健常と思っているかもしれないから言っておくが、二人とも足を負傷して、杖なしでは歩くのもままならない状態なんだ。感動の再会はいいんだが……」


 俺とキャロルは、馬の乗り降りが負担になるので、馬にまたがったままだ。


 王剣が来たことで、状況は非常に好転したが、気を抜いても構わないほどに楽観視できるほどのものではない。


「……殿下、お怪我を?」

 王剣は、気遣わしげな目でキャロルを見上げた。


「ああ。墜ちた時に怪我をして……ここまで、ユーリが背負って歩いてくれた。だがここに着く直前、ユーリのほうも負傷してしまってな。苦労をかけるが、道中の警護を頼みたい」

「あそこからここまで……?」


 王剣は、なにやら感じるところがあったようだ。

 ただ右往左往迷ったりしてて遅れたと思われていたのかな。

 さすがにそれは心外だ。


「ミャロが残した手紙で大体のところは知っているが、ここはさほど安全な地域ではないんじゃないか。特に、逃げようにも足を怪我して歩くのもままならない人間にとっては」


 馬はいるが、馬などというのは矢が刺さったり、荷車カートを据えられるなどして道を塞がれてしまえば、容易に止められてしまう。


「……そうだな。殿下がお戻りになった今となっては……早急にリフォルムに戻るとしよう」

「うむ、頼んだぞ」

「お任せを。殿下」


 そう言うと、王剣は立ち上がって馬にひらりとまたがった。 

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