第114話 初体験

 ビールで煮こまれた肉厚の牛肉は、本当に美味かった。

 ぎゅっと噛むと肉汁が溢れ、ソースと混じって口の中で広がる。

 煮こまれた肉は口の中でほぐれ、なんとも柔らかい。


 こういうものを食べていると、傷も早く治りそうな気がする。


 最後の一口を口に入れると、口の中から消えてしまうのが惜しまれるようだった。


「ごちそうさま」


 食べ終わってしまうと、若干の虚しさを感じる。


「……どうだった?」

「凄く美味かった」


 素直に感想を言った。


「そうか、よかった。じゃあ……」

「な、なんだ?」


「はい」


 差し出されて来たのは、昨日も飲んだ酷く不味いお茶だった。

 あ……こっちか……。


「これか……」


 味を知っていると若干きついな……。

 不味いもんは不味いし……。


「からだに良いんだぞ」

「そ、そうだな。飲むよ」


 熊胆舐めさせてしまった件もあるし……。


 俺はコップを手に取ると、一気に飲み干した。


 なんだか頭がくらくらする。

 舌に残っていた料理の余韻も吹き飛んでしまった。


「うぅ」

「よし、じゃ、じゃあ先にお風呂に入っていてくれ」


 なにが「よし」なのか。

 確かにキャロルの皿にはまだ料理が残ってるけど。


「わ、私は後でいくから」


 ***


 手を湯にいれると、軽く追い焚きしたのが良かったらしく、具合のいい温度になっていた。


 手桶で湯を浴び、汚れを流す。

 濡らした布で全身をくまなく清め、傷口を改めて強く縛り、湯船に入る。


 左のつま先を縛った布に、じわっと湯が染みてくるが、油軟膏を塗ってあるせいか、刺激は少なかった。

 それより、全身を包む湯の温かみがひたすらに気持ちいい。

 体に染みこんだ疲れが溶け出てゆくような感覚。

 極上の愉悦だ。


「ふわぁ~~………」


 思わず声が出てしまった。


「は、入るぞ」


 戸の奥から声が聞こえ、返事をする前にドアが開いた。

 今回は償いとかなんとかで、俺に拒否権はないようなので仕方ないのだろう。

 キャロルが入ってくるのが音でわかる。


「先にいただいてる」

「う、うん。私も体を洗ったら入るっ、からな」


 いや、そりゃそうだろう。

 なんか緊張しているようだ。

 当たり前か。


 俺だって緊張してるもん。


「目は閉じていたほうがいいか?」

「う……できれば……。い、いやっ、見てもいいぞ」

「やめとこう。足でも滑らせたら大変だ」


 と、俺は濡れたタオルを顔の上半分に置いて、大きな湯船に寝そべった。

 横で、腰かけ台がギッと床とこすれる音がした。

 キャロルが座ったのだろう。


 それにしても、湯が気持ちいい。

 足をゆったり伸ばせるサイズの湯船とか、村長も無理したんだろうな。

 水を入れるのは大変だったけれども。


 体を洗う音が聞こえる。

 そのままゆっくり湯に浸かり、しばらく待った。


「お、終わったぞ。背中を流してくれ」

「わかった」


 俺は風呂からあがり、湯気の合間からキャロルを見た。

 椅子に座って、若干前かがみになりながら、タオルで前を隠している。


 背中に近づいて、湯で濡らしたタオルを軽く絞った。

 背中に触れる。


「ひゃ」

 なんか面白い声が出た。


「熱かったか?」

「い、いや、大丈夫……続けてくれ」

「わかった」


 ギュッ、ギュッと背中を洗ってゆく。

 しなやかに筋肉がついた、綺麗な背中だ。

 こすっても、垢のようなものも殆どでない。


 たぶん、昨夜念入りに洗っておいたのだろう。

 最後に、湯で背中を洗い流した。


「よし、これでいいだろう」

「うん……じゃ、じゃあ、はいろうか」

「そうだな。俺から先に入っていいか?」

「わ、わかった。私は後からだな」


 まったく、不器用な会話だな、お互い。


 とはいえ、キャロルは足を固定するギプスの類はつけておらず、両足とも素足のままだ。

 なにかの拍子にうろたえて、足をグネったら大変なことになってしまう。


 俺が湯に再び入って目を閉じると、後からキャロルが入ってきた気配を感じた。


 風呂は、二人で入っても余裕という大きさではなく、二人が入ると、向い合っても足が絡んだ。

 体をすすぐのに使った分で、水かさが減っていたのだが、キャロルが入ると少しあふれた。


 ざばぁ、とあふれた湯が水音を立てる。


 目を開けると、キャロルは秘部と胸を手や足で隠していた。

 顔が赤いのは、湯の火照りだけが原因ではないだろう。


「ど、堂々としているな」

「これからするんだろ? 隠してもな」

「そういうものなのか。わ、私も見せたほうが……」


「いや、女の場合は隠しておいたほうがいい」

「えっ」


 エロいことをする予定のない女だったら、もちろん見えたほうがいいんだが、そうでない場合は恥じらいがあったほうが後々エロい。

 ここは譲れない。


「あ、あのさ……ずいぶんと冷静でいるけど、私の体に興味がないのか……? どこか変か?」

 どんなことを心配してやがる。

 とんだ勘違いだ。

「いや、そんなことはないぞ。めちゃくちゃ魅力的だし興奮してる」


 キャロルの体は、俺の中では百点に近い。

 痩せぎすでもなく、均整のとれた、美しい体だ。

 多少だらしないほうが……とかいう奴もいるが、俺とはちょっと相容れないな。


 胸のほうも、俺は大きさより形派なので、あまり問題はない。

 冷静でいられるのは年の功で、冷静でいるよう努めているのは、アレがアレしたらみっともないから、かなり無理をしているのだ。


「そうなのか?」

「今更ダメと言われたら、猛った気のやりどころにずいぶん苦労するだろうな」

「えっ、いやいや、そんなことは言わないけど」

「いや、言ってもいいんだぞ。引っ込みがつかなくなった、とかであれば」


 俺は苦労するけどな。


「えっ……」

「お前には立場があるし……考えが変わったのなら、遠慮はいらない」

「ユーリ、気を使いすぎだ。私は……後にも先にも、このことを後悔したりしない」


 そう言うなら、そうなんだろうな。

 俺のほうも、もう思い悩む必要はないだろう。


 そもそも、誘ってきてるものを一生懸命に拒むというのも変な話だ。

 俺だってめちゃくちゃやりたいのに、なんで躍起になって断る必要があるんだか。


 考えてみれば、それほどご大層な敷居があるわけでもない。

 お互いに明日をも知れない身で、後々の責任はあるにしても、やったら世界が崩れて人類が滅亡するというわけではないのだから。


「そうか。じゃあ、俺も抑える必要はないわけだ」

「抑える?」


 キャロルはきょとんとした顔で言った。


「俺も男だからな。やっていいのか悪いのか、なんてグチグチ言うのはもう終わりだ。そもそも抑えてただけで、ずっとやりたかったんだしな」

「えっ……そ、そうなのか?」


「当たり前だろ。俺を性欲の枯れたジジイだとでも思ってたのか? この歳の男子の性欲といったら、そりゃもう凄いもんだからな」

「うっ……」


 なにやらキャロルは怯んだようだった。


「で、できれば……優しくして、くれないか……」


 と、身を守るように胸を抑えてギュッと縮こまって言った。

 その仕草は、なんともグッと来るものがあった。


 心のなかの下半身に繋がってる部分が鷲掴みにされた気がした。

 興奮するなって方が無理だ。


 そして、もはや抑える理由はない。


「この場で始めちまってもいいか?」


「えっ、い、今かっ? ちょ、心の準備が」

「大丈夫だって、本番まではしないし」

「え、え、ほんばんって……つまり……つまりどういう事?」


 あーそこからか。


「つまり……本番の前の準備運動みたいなもんだよ。ほら、背中向けてこっちにこい」

 わずかに気が急いて、言葉遣いが乱暴になってしまう。

「えっ……う……うん、わかった」


 キャロルは素直に言うことを聞き、戸惑いながらも腰を持ち上げ、向きを変えて背中を見せた。

 その所作も、妙に艶めかしく、気品がある。

 根ががさつな女だったらこうはいかないだろう。


 ちゃぽんと腰を下ろし、湯船の中で座った。


「触るぞ」


 俺はキャロルの腰に手を伸ばした。


 ***


「ンッ……くっ……っ、はぁ、はぁ……」


 キャロルは、小刻みに体を震わせながら、俺に体を預けている。

 腕は、体を好き放題に弄ぶ両腕にしがみつき、せがむように絡んでいた。


 息は淫らに乱れ、肌を重ねあった部分からは熱を感じる。

 俺の体も湯で温まっているのに、それよりなお熱い。


「ふわぁ……」

 熱に浮かされたように吐息が漏れた。


「これくらいでいいだろう」

「ぇ……やめちゃうのか……?」


 キャロルは真っ赤に上気した顔で、真横にある俺の顔を見た。


「これ以上やったらのぼせてぶっ倒れちまう」

「いい。もっと」


 なんだか意識が少しぼやーっとしているようだ。


「そしたら、本番がお預けになっちまうだろ。ほら、寝室に行くぞ」

「うぅ……わかった」



***



 浴室から出て、先に寝室で待っていると、バスタオルをきっちりと体に巻いた姿で、キャロルが手杖をついて現れた。

 だが、まだ心に余熱を帯びているのか、表情は険しいものではない。


 窓の外は暗く、日はすっかり落ちている。

 二人を照らすのは、二台のランタンの頼りない明かりだけだった。


「………ッ」


 どうしていいかわからないのだろう。

 キャロルは、一昨日の夜の積極さが嘘のように、初心うぶな反応をしている。

 実際に初心なのだから仕方がない。


 風呂場で遊んだお陰で柔らかくなっているから、堅さを無理にこじ開けるような無粋は、しなくて済むだろう。


 ベッドのふちに座っていた俺は、立ち上がって手を差し伸べた。

 キャロルは近寄り、その手をとる。


 握った手をすっと引っ張り、体を入れ替えながら、ベッドに倒れこむように崩す。


「きゃ――」


 腰掛けるような形になり、短い悲鳴が漏れ、俺はそのままキャロルをベッドに押し倒した。

 唇を奪う。


 あとは言葉はいらなかった。

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