第5話: レベルアップは突然に
──土竜と聞いた時、白坊は目が覚めた。しかしそれは、内容よりも、大声に反応したというのが正しかった。
だって、モグラだ。
白坊とて実物を見た覚えはないが、映像などで、ふわっと全体のイメージを記憶している。
イタチか、ネズミか……そういう動物の仲間……はて、イグアナの仲間だったか?
とにかく、白坊の知識としてはその程度。しかし、その程度でも、モグラが出たぐらいでそこまで大げさに騒ぐのかと、白坊は思った。
そりゃあ、自分が知らないだけで、モグラというやつは危険な生き物なのかもしれない。
毒だって持っているかもしれないし、実は獰猛ですぐに襲い掛かってくるとか、あるいは、噛まれたりすると病気になるとかで恐ろしい生き物……という可能性も、0ではない。
でも、白坊にとっては、たかがモグラだ。
さすがに部屋の中に居たら驚いて飛び退くが、街中で出会えば注目を集めて写真の一つや二つは撮られそうな……その程度の認識でしかなかった。
「──
だからこそ……同じく飛び起きた直後、一気に青ざめたミエの反応が……白坊には不思議でならなかった。
呆然とする白坊を尻目に、傍目にも動転している様子のミエが。どたどたとトカゲが如く這って……寝ているサナエとモエを叩き起こした。
サナエは体質的にそうなのだろうが、幼いモエの眠りは深く、目が覚めても意識がはっきりしていないのがすぐに分かった。
「お姉ちゃん、モエ、土竜よ、土竜が出たの!」
「んう……もぐらぁ?」
サナエは、『もぐら』という単語に反応が薄い。これは寝ぼけているというよりは、『もぐら』が何なのかを理解出来ていないせいだろう。
「……ミエ姉、なぁに?」
対して、モエの反応は逆だ。『もぐら』への理解云々以前に、覚醒しきれていない。その証拠に、意味不明な返答を1つ2つ零したかと思えば、再び寝息を立て始め──えっ?
ミエの判断は、迅速であった。
見た目の細さとは裏腹に、グイッと末妹の身体を抱き上げる。「貴方様も、お早く!」次いで、サナエの手を引くと、足早に外へ──いや、待て。
「ちょい待て落ち着け。相手が何であれ、この家には入って来られないのを忘れてないか?」
そう、そうである。原理は不明だが、『じたく』には人間もそうだが獣も、内容不明の基準をクリアした者しか入っては来られない。
実際、白坊が山中にて過ごしていた時も、一度として『じたく』が雑魚敵(いわゆる、モンスター)に襲われた事はなかった。
傍を熊が通り、室内に居る白坊と目が合ったのに、何故か警戒する様子も無く素通りした事もあれば、興奮した猪が『じたく』の壁に突進し、そのまま骨折して死亡した事もあった。
ちなみに、壁は無事であった。傷や凹みはなく、鋼鉄のように固いのを白坊は知っていた。加えて、何故か素通りした熊の件もある。
おそらく、この『じたく』には、白坊すら気付いていない何かしらの機能がまだあるのだと思われる。
それが何なのかは白坊にも分からないが……少なくとも、下手に外に出るよりは安全だと、訴えた。
「──そ、そうでした」
外に出る直前に、ピタリと。ミエの足が止まり、振り返った……間に合ったと思ったが、どうも、そうではなさそうだ。
何故なら、ミエはそれでも不安そうにしている。『じたく』の不思議な力、身を持って体感しているミエが、そこまで恐れるとは……と。
「──お前たち、早く逃げろ! 土竜が現れたぞ!」
外より、声が掛かった。佐野助の声だ。
早朝故に、白坊たちが気付いていないと思ったのだろう。「とにかく、急げ!」遠ざかってゆく声には焦りの色が強く、聞く者の不安を駆りたてる程に切羽詰まっているのを感じ取れた。
……それを聞いて、白坊は刀を手に取った。振り向けば、不安そうにしているミエと目が合った。
(どうするにせよ、ミエたちの足ではそこまで速くは逃げられないか……)
それに、タイミングが悪過ぎる。
これが昼前とかならともかく、眠りが最も深い早朝だ。寝起きすぐに全力疾走なんぞ、大人であってもそのまま貧血を起こして倒れかねない。
加えて、起きているのは実質ミエ1人だけ。サナエは寝ぼけていて状況を理解出来ておらず、末妹のモエに至っては抱き上げられたまま寝息を立てている。
これでは、仮に白坊が代わったところで、まともに逃げられはしない。
それならば、下手に外に出るよりも『じたく』の中に居た方が安全だろう。ここには火もあるし……では、だ。
「いいか、俺が戻るまでけして外に出るな」
「はい……」
「大丈夫、俺が相当に強いということは、お前も知っているだろ?」
「……はい、どうか、ご無事に」
──よし、頑張れ。
そう告げて震える頬に手を当てれば、縋るように頬が押し付けられる。けれどもミエは、それ以上の事は何もしなかった。
黙って、受け入れたのだ。
白坊の手を取って引き留める事よりも、この事態を解決する為に……動こうとする夫の背中を、押したのだ。
故に、白坊はスルリと妻の頬から手を外し、名残惜しそうな視線に背を向け、『じたく』の外へと飛び出した。
──そうして、白坊の目に飛び込んできたのは……四方八方に逃げ惑う人々と、その合間にて存在感を放っている、巨大なミミズであった。
そう、ミミズだ。白坊の身体よりも太くて大きい、ミミズだ。
記憶にあるそれと細部は異なるが、そうとした表現しようがない化け物が地面から伸びて、うにょうにょと身をくねらせている。
そのミミズには目が無い。しかし、口はある。先端と思わしき部分に、大きな口が付いている。
そうして、うねうねと身をくねらせていたかと思えば、その内の一体が……ギュンと身体をしならせ、逃げ惑う墨持ち男たちの1人に体当たりをした。
それは正しく、上から下への巨大な肉の鞭だ。
びたん、と。
地面にヒビが入ったのかと錯覚してしまうほどの破裂音の後で、ミミズがその身体を持ち上げれば……そこには、ビクビクとケイレンする死にかけが1人。
切り傷ではないので分かり難いが、遠目にも、相当な怪我を負ったのが分かる。
手足は不自然に曲がり、曲がってはいけない方向にて固まっている。砕けた口からは涎と血反吐が零れ落ち、指先一つまともに動けないようであった。
助けは……入らない。
負傷したのが墨持ちの囚人であるのもそうだが、既に致命傷だ。助けた所ですぐに死ぬと判断されたのか、誰もその男の下へ駆け寄ろうとはしなかった。
……ゆらゆら、と。
死にかけている男の傍へとミミズが近寄ったかと思えば……ずるり、とその身体を呑み込み始めた。
まるで、蛇が得物を丸のみするかのようだ。しかし、食われている獲物は人間で、食っているのはミミズの化け物。
誰にもどうにも出来ないまま、その男はズルリと全身を呑みこまれてしまう。
せめてもの抵抗と言わんばかりにうごめく塊が、音も無く下がってゆき……合わせて、そのミミズも地面の中へと消えていった。後には、ぽかんと開かれた地面の穴だけが残されていた。
「……ふーっ」
その、一部始終を目撃していた白坊は、あえて意識して深呼吸をする。知らず知らずの内に強張っていた四肢を動かし、全身の筋肉を解す。
……そうして、白坊は……ふと、思い出す。身をくねらせているミミズの姿に、見覚えがあった。
それは、『剣王立志伝3』に出てくる敵キャラの一つ……名を、『怪物ミミズ』。扱いとしては、中ボスキャラだ。
シナリオイベントの一つなので、必ず攻略しなければならない敵だが……ゲームプレイ中においては、目立たない敵キャラの一つである。
というのも、ゲーム内において、この『怪物ミミズ』……これといったイベントがあるわけでもなく、特にレベル上げをしなくても勝てる敵キャラだからだ。
いちおう、登場する時は複数体に3連続の戦闘という特徴こそあるが、1体1体が、その時出現する雑魚敵に毛が生えた程度の強さしかない。
なので、最速クリアを目指しているとか、低レベルクリアを目指しているとか、意図的に制限を掛けていなければ、特に苦戦することなく勝利出来るような相手……だったはずなのだが。
「──うお、っと!?」
眼前にて、急に地中より飛び出してきたミミズを素早く避けて走り抜ける中……はっきり言おう。
実物として目の前に現れた『怪物ミミズ』は、正しく怪物と称されるだけの力を有していた。
まず、何と言っても巨体だ。
地面に潜っている部分が分からないので全長は不明だが、地上に出ているだけでも目測3メートル近くはある。
太さも長さに見合うだけある。白坊の両手では手が回らないほどに大きく、筋肉の収縮に合わせて、まるで脈動するみたいに伸び縮みしている。
それが、しなって叩きつけられる瞬間には5メートル近くまで伸びる。人間1人に致命傷を与えるほどを考えると、最低でも200kg以上はあると見て間違いない。
そんな重量ともなれば、肉の密度も相当なモノだろう。
その証拠に、佐野助の同僚と思わしき者たちが、ときおりミミズの胴体を切りつけているが、どれも刃が表面を軽く切ったぐらいで止まってしまっている。
いや、そればかりか、抜けなくなって刀ごと振り回され……結局、刀を手放して逃走する者も見受けられた。
鉄のように固いというわけではないが、切りつけた瞬間に筋肉が硬直してしまい、刃を止められてしまうのだろう。
例えるなら、肉で出来たサンドバック……といった感じか。
一体だけならば囲んでやりようはあるだろうが、今みたいに複数体も同時に現れると、途端に対応が後手に回ってしまう。
何せ、巨体から繰り出される肉の鞭は、現状……防げる手段が一つもない。
前後、あるいは左右に身を振った後、勢いよく振り下ろすようにして放たれるので、直前にどこへ攻撃するのかがある程度は予測出来るが……厄介なのは、その速度だ。
通常の鞭も先端に向かうに連れて速度が速まるのだが、それは『怪物ミミズ』も同様だ。
振り下ろされる巨体の軌道上に己が居ると悟った時には、遅い。逃げる方向へ運良く逃れられたらいいのだが、マズイと思った時点で、ほぼほぼ直撃が確定してしまう。
こちら側からの攻撃は決死の覚悟をせねばならないというのに、向こうは一発当てれば1人殺せるのだ。
なるほど、怪物と称されるわけだ。
(モグラ……漢字で書けば、土の竜と書いて『土竜』だったか? ゲームではただの中ボスキャラだけど……現実だと、本当に怪物……ヨシッ!)
すぅ……ふぅ……すぅ……っ!
とにかく、何時までも逃げ惑っているわけにはいかない。ミエたちの事もあるし、倒せるのであれば、倒した方が万倍もいい。
騒乱の中で、白坊は一番近くにいたミミズの胴体へと駆け寄り……刀が食い込まないように気を付けながら、切りつける。
(──かたっ!?)
すると、思った通りに手応えが酷い。
何時ぞや戦った『赤毛熊』よりも、よほど硬い。まるで、錆びた包丁で分厚い繊維に挑んでいるかのような……あっ!?
ぐん、と。
ミミズの巨体が、緩やかに大きく反り返った──その前に、白坊は全速力でその場を逃げ出し──思いっきり、前へ飛ぶ。
瞬間──直前まで己が居た場所より、ずどんと響く衝撃。
ふわっと風に押されるがままに転がり──そのまま、急いで立ち上がった白坊は……ぶわっと、冷や汗が噴き出た。
(……当たれば即死じゃん)
見なくても、直感的に理解した。
アレは、やはり防ごうなどと考えてはならない。そして、半端な攻撃は逆効果……やるなら、一撃で仕留めるつもりで全力を込めなければならない。
──危険だが、それしかない。
だって、町の方に自宅なり仕事場がある佐野助たちならともかく、現在の白坊の生活基盤はここ、『実らず3町』だ。
『じたく』そのものは移動出来ても、ミエたち三姉妹は素早く動けない。加えて、己の異能が既に佐野助含むお偉方に知られている今……下手に逃げ出せば、間違いなく追手が掛かる。
そう、追手だ。
取るに足らない民草の1人にしか過ぎない白坊だが、その身に宿る異能は千金にも万金にも匹敵する価値がある。だからこそ、自由にさせてもらえているということを、白坊は理解していた。
故に……白坊は、必死に記憶を掘り起こす。
白坊の持つアドバンテージは、何と言っても『剣王立志伝』の知識だ。その全てがこの世界に適用されている確証はないが、その通りの特徴を持つ雑魚敵とは何度か戦った。
だから、もしかしたら……そう思うのは、不思議ではない。
とにかく、何でもいい。『怪物ミミズ』に関する情報はないかと、幼い頃に見た攻略本を必死に思い浮かべ……その中で、ふと、ある事を思い出した。
それは……『怪物ミミズ』に関する一口メモだ。
内容自体は、ほとんどゲームには関係ない。
とある雑魚敵はリンゴに目がないとか酒の匂いが嫌いで逃げ出すとか、その程度のことしかない。本当に、取って付けたような情報だ。
だが、その中で『怪物ミミズ』の一口メモは……『実は、視力が全く無い』というものだ。
(……もしかして、獲物か外敵かどうかすら分からず、とりあえず攻撃している?)
これに、白坊は光明を見出した。
つまり、『怪物ミミズ』は必ずしも、外敵を外敵として、あるいは、獲物を獲物として認識して攻撃しているわけではない。
いや、臭いや振動から獲物だと認識している場合はあるだろう。しかし、今みたいな状況では……おそらく、手当り次第攻撃しているのかも。
……と、なれば、だ。
足元より拾った手頃な石を、近くに居るミミズの腹に投げつける。山暮らしで鍛えられたおかげで、威力さえ考えなければ、十数メートル先の的に当てるぐらいなら簡単である。
そうすれば──ミミズの反応は、白坊の予想通りであった。
石が当たった方向へ、肉の鞭。
正確に狙いを定めているわけではないが、おおよその方向。さらに3回試してみて、全く同じ行動を取るのを確認してから……白坊の判断は早かった。
──ずどん、と。
5回目となる肉の鞭は、それまでと同じ。なので、タイミングを見て横から一気に近付き……半ば辺りで、渾身の力を込め、降り下ろした。
……仮にその場を佐野助が見ていたら、無言で頭を左右に振られてしまうぐらいに酷い体裁きであった。
まあ、無理もない。何と言っても、白坊の剣技は全て我流、基本のキすら会得していない、チャンバラもどきである。
剣を振っているというより、斧を振り回していると言われてしまう腕前だ……が、しかし。
それでも、知らず知らずのうちに会得している白坊の力は、そういった未熟をカバーできるだけの威力があった。
──ごぽり。
それでも刀は、胴体の半ばまで食い込んだところで止まる。巨体に見合う勢いで、茶褐色の体液が傷口より噴き出し……どぼどぼと、地面に浸みこんでゆく。
ミミズは、悲鳴をあげなかった。いや、悲鳴を出す為の器官が備わっていないのかもしれない。あるいは、痛みを感じないのかもしれない。
ただ、半ばまで切られた違和感にミミズは身体を持ち上げ──ようとしたのが、悪かった。
総身を収縮してしまったことで、断面に力が入り──間欠泉が如き勢いで体液を噴出した結果……そのまま、びくんと一度だけケイレンした後……動かなくなってしまった。
……。
……。
…………意外と呆気ないな、と白坊は思った。
しかし、それは同時に運が良かっただけだとも白坊は自戒する。仕留められたから良かったが、この状態で刀ごと振り回されていたら……最悪、刀を失っていた可能性があったからだ。
あと、ミミズが常に単独で動いているのが良い。
おそらく、ミミズたちは群れを成してはいるが実態は個の集まりであり、生き残る為の戦略として集団的に動いているのではないか……そう、白坊は推測する。
(とはいえ、タイミングが噛み合えば仕留めるのも不可能じゃないのはこれで立証されたわけだ)
チラリと視線を向ければ、確認出来る『怪物ミミズ』の数は9体……最低、9体だ。何名か食われて引っ込んだのも入れたら、10体以上は確実だ。
そのどれもが、バラバラの位置に居る。頑強であるとはいえ、同種の肉の鞭を受ければ負傷は必至……同士討ちを避けるために、互いが距離を取っているのだろう。
とりあえず、1体ずつ慎重に仕留めていこう。
そう判断した白坊は、食い込んだミミズの腹(なのかは不明)より刀を抜くと、足早に次のミミズの下へと──。
『経験値が規定値を越えました。レベルアップが行われました』
──向かおうとした直前、頭の中に響く謎の声に、思わず足を止めた。
いったいこれは……そう思うと同時に脳裏を過るのが、『はたけ』にて作業を行った際に聞こえた、あの声と同じだと察した。
(……レベルアップ?)
そして……白坊は、すぐに先ほどの音声の意味を考える。
経験値が規定を越えたということ事態は、RPGに限らずゲームをプレイした者であれば容易に想像が出来る。
問題なのは、レベルアップしたからどうなのか……という点だ。
何せ、今まで色んな雑魚敵なり何なり生きる為に糧にしてきたが、このような音声というか、現象が起こったのは二度目である。
一度目は『はたけ』のアレだ。まあ、アレを一度目にカウントして良いのかは判断に迷うところだが……とにかく、目新しい変化は見当たらない。
持っている刀はそのままだし、手足も太くなったわけではない。見た目はそのままに力が強くなったのかと軽く刀を振ってみるが……う~ん、分からない。
ゲームでは……『剣王立志伝』においては、シリーズによって多少異なる部分はあるけど、ステータスの数字が上昇するか、『○○を覚えた!』という感じで新たな技を習得するようになっていた。
もちろん、レベルが上がるたびに何かを習得するわけではない。だいたい、4~6レベル上がれば一つ覚える……といった感じである。
まあ、実際にゲームの通りに技を習得するかどうかは現時点では不明である。
なにせ、レベルが上がったという声が聞こえたのは、今回が初めて。正直、今の今までレベルが上がるという現象が起こること事態、白坊は欠片も考えていなかった。
(……? 何が変わったんだ?)
とりあえず、このままミミズへと向かうべきかどうか……些か判断に迷う所だ。
何が習得しているなら、それが上手く使えたら良いが……最悪なのは、実は習得していたのにそれを自覚出来ず、ふとした拍子にそれが発動してしまう事だ。
運良く友好的な能力……より強い技が発動したならばまだしも、状況にそぐわない技が発動してしまった場合、下手すればそれが命取りになってしまう。
何せ、一発でもまともに直撃すれば即死の攻撃を掻い潜るわけだし……長い身体で抵抗されただけで、骨折や内蔵損傷も覚悟せねばならない威力だ。
……。
……。
…………とはいえ、何時までも考えている暇はない。
このまま放置して帰ってくれたら良いが、ここを餌場と思われてしまうのはマズイ。
とにかく、一体は仕留められた。この調子で、2体、3体と仕留めて……やつらに、『この地を狩場にするのは危険だ』と思わせたら、とりあえずの安全は保たれる。
それだけの知能を有しているかは不明だが、野生の中を生きているのだ。そういった危険への意識は、DNAレベルで刻まれているはずだ。
なので……一度目と同じく、白坊は二体目の討伐に動く。
焦らず、急がず、少しでも違和感を覚えたら即中止のつもりで、同じ手順を踏まえて、同じように刀を振り上げ──。
(えっ?)
──た、その時。
何と言えばいいのか……胴体に、『線』みたいなのが走っているのが見える。実際に光っているとか線が浮き出ているとか、そういうわけではない。
ただ、それが『線』であるのだけは分かる。
そして、その線が……レベルアップによって得た何かである事を白坊は反射的に察して──そのまま、その線に沿って刀を振り下ろした。
──スカッ、と。
まるで、豆腐を切ったような感触。ギョッと目を見開く白坊を他所に、芯のようなモノを断ち切った感覚がしたかと思えば……ミミズは、そのまま体液を噴き出して絶命した。
……。
……。
…………えっ?
「なにこれ?」
思わず、白坊はその場に硬直する。非常に危険だと分かっていても、そうしてしまうのを止められなかった。
──手応えが全く違う。
それが、白坊の正直な感想であった。
今の線が何だったのかは分からないが、線が見えた時と見えていない時の手応えが違い過ぎる。
これは……いったい、どんな技なのだろうか?
おそらく、何かしらの技だという事は分かる。
けれども、どんな技なのかは分からない。
だって、ゲーム中での技の変化なんて、はっきりとは描写されていないモノが多いのだ。
何せ、初代がFCだし……せいぜい、テキストの表示が変わるか、一つ二つエフェクトが追加されるぐらいで……攻略本にだって、そんなのは載っていない。
なので、憶測で検討を付ける他ないわけだ。そして、すぐに白坊が思いついた候補は……『全力切り』と『博打ギリ』の二つだ。
『全力切り』は、文字通り全力で切りつける技だ。通常ダメージの約3.0倍~3.5倍のダメージを与える事が出来る大技だ。
しかし、この技は比較的ゲームプレイ後半にて習得する技……すなわち、ある程度レベルが上がらないと会得できない技である。
対して、『博打ギリ』は比較的早く習得できる技だが……攻略本などでの説明では、命中率はかなり低いが当たれば約3倍のダメージとなっている。
それを考えると、先ほどの『線』は不自然だ。だって、線から外れたところで対象に命中しているのだから、説明が合わない。
まあ、今更そこらへんを考え出すとキリがないが……しかし、仮に『全力切り』だとしても、手応えがあのように変わるのも……う~ん……あれ?
「……もしかして、『兜割り』か?」
ふと、白坊は可能性として高そうなソレに思い至る。
『兜割り』は、クリティカル率の高い、防御貫通系の技だ。『博打切り』に似ているが、ギャンブル性はこっちの方が低い。
後に覚える『全力切り』に比べてダメージ量こそ低いが、固い敵にも必ず一定のダメージを与えられるという利点がある。
「……線に当たればクリティカル&防御無視ダメージ……線から外れたら防御無視の通常ダメージ……いちおう、技の説明と合致している……のか?」
判断に迷うところだが……迷ったところで、技のON・OFFが出来るか(そもそも、可能なのか?)どうか不明な以上は……迷うだけ無駄である。
いちいち得られた理由を考えている暇はない。今は、有るモノを使い、得たモノを使い、勝利を手にするだけ。
故に……白坊は、改めて刀を強く握り締めると。
「──これなら、確実に仕留められる」
ぎらり、と。
変わらず身をくねらせているミミズ……『土竜』と呼ばれている、シナリオイベントモンスターを、睨みつけた。
──その瞬間。
びくん、と。
視線を受けたミミズたちの身体が震えた……ような気がしたが、それは白坊の目の錯覚であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます