data_147:電話①
しばらくソーヤが来ない日々が続いている。
そうなると顔を見るために毎日お見舞いに行きたくなるのが人情というものだったが、悲しいことにそうもいかない。
まず第一に、事前に連絡をするように義務付けられた。
第二に、その時点でソーヤの体調が一定程度よくなければ、お断りされるようになった。
そしてこの断られる確率というのが案外低くはなかったのである。
どうして急に厳しくなったのかはヒナトにはわからないが、ソーヤのためだからと言われたら飲み込むしかない。
……とはいえ、結果として一度も許可をもらっていない状況だったので、そろそろヒナトは絶望的な気分になりはじめていた。
こんなに何日も誰とも会えていない(確かめていないが、恐らく他の人も断られている)のでは、きっとソーヤのほうでも寂しくなっているのではなかろうか。
それにこの状況は、思い出すのも辛いあのころに似ている。
ヒナトは蘇ってきそうな感傷をぐっと飲み込んで、歯を食いしばって、それから努めて前を見る。
余計なことを考えたって仕方がない。
自分にできることを精一杯やるしかないのだ、それが直接はソーヤに届かなくても。
室内の空気を明るい状態に保つ。
できるだけミチルにもたくさん話しかけて、それから、他の班の人たちともこれまで以上にしっかりと関係を作っていく。
たとえば毎朝、日替わりで誰かと朝食をご一緒するようにしてみた。
さすがに男子のところに行くのは気恥ずかしかったりしたし、とくにユウラやニノリに話しかけるときは事前にサイネたちに許可をとったり、それで結局大して話ができなかったりもした。
まあ普段彼らがどんな話をしているのかヒナトは知らないし、知ったところでついていけるとは思えないが。
さすがに許可をとったときはサイネの顔も引きつっていた。たぶんこちらの行動の意味がわからなかったからだろう。
アツキは面白がって見学という名のフォローをしにきてくれたが。
ミチルとも一緒に食べた。
めちゃくちゃ不愉快そうだったけれど、同じメニューを選んで同じタイミングで食べて、美味しいねと言って笑いかけると、ちょっとだけミチルの眉間のしわが減ったような気がした。
やっぱり食べものの力って偉大なんだな、とか思ってヒナトは勝手に満足している。
そんな感じで、ヒナトなりにがんばって充実した毎日をすごしてはいるのだ。
ここにソーヤがいさえすれば完璧なのに、最後の──いちばん大きくて真ん中にあるはずのピースが欠けているせいで、どれも未完成のまま終わってしまう。
そして今日もキャンペーンは続行中だ。
本日のターゲットはヒナトの精神的な意味で最難関とされているタニラ、とついでに一緒にいるからエイワである。
結論から言うと楽しかった。とてもよかった。
タニラと話すのは緊張したが、思っていたほどでもなかったし、それになによりエイワがめちゃくちゃ話しやすくて助かった。
そしていちばんよかったのが、いつかしようと思っていたお願いをついでの体で言えたことだ。
あれを改めてひとりずつに言うのはつらい。
どうやってもすごく不自然になってしまうことをヒナト自身が予想できるくらいだから、ああして雑談の流れの中で、しかもふたりにまとめて伝えられたのはほんとうにラッキーだ。
ヒナトは満足して、オフィスに向かった。
空気を良くする、というのは気持ちの問題だけではなく、物理的にも清浄化するべく最近は朝の掃除を真剣にやっている。
いつソーヤが戻ってきてもいいように、彼に気持ちよくすごしてもらうために。
ここを居心地のいい場所にするための努力だったら、ヒナトは何をするのも苦にならないのだ。
まずデスク周りの拭き掃除をして、それから床に落ちた埃を集めるべく箒を取り出したところで、突然壁の電話がけたたましく鳴り出した。
ヒナトはびっくりして箒を床に落としてしまう。
これが水の入ったバケツでなくてよかったと心から思いながら、拾うのをやめて先にうるさいのを黙らせるべく受話器に手を伸ばした。
表示は見なかったが、ここにかけてくる相手はそう多くない。
それもこんな時間ならますます限られてくるので簡単に予想はついた──そして、思ったとおりの声がした。
「はいっ、えと、GH第一班オフィスです」
『……ヒナトか。あとのふたりは? ワタリはそこにいるか?』
「や、あたしだけですよ。まだ始業前だし……」
答えながら、なにか嫌な予感がして語末が小さくなっていく。
そんなヒナトのようすに気付いたのか、それとも別の理由なのか、電話口のリクウがいやにゆっくりと言った。
『ワタリが来たらすぐ折り返すように言ってくれ。急ぎだ』
口調に反して内容は緊急らしい。
すぐに電話は切れてしまったので、具体的なことはヒナトには教えてもらえなかった。
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