data_033:ろくなソアがいない件について

「ええとその、まあ、あたしの前だと……基本あんな感じというか……」

「……それは辛いだろうなあ」


 ワタリは慰めるような声音でそう呟くので、べつにもう慣れたし平気ですよう、とヒナトは強がってみる。

 そりゃあ多少は腹が立つし怖いし完全に平気ってことはないけれど、ここでワタリに泣きつくのも何かが違うと思った。


 けれどそこでワタリは少し笑って、いやヒナトちゃんじゃなくてね、と言った。


 そのまますたすたと先へ行ってしまうので、ヒナトもわたわた追いかけながら、どういう意味ですかぁと問いかける。

 こういう状況は前にもあったような、と思いつつ。


 ニノリのときもそうだった。

 ワタリはもちろんアツキに同情したり、あるいは殴られたソーヤを憐れむこともなく、ただニノリ自身についてのみ、苦労してるとかどうとか言っていたのだ。


「タニラちゃんは、普段は誰にでも優しい子だからね。

 それがヒナトちゃんにはどうしてもきつく当たらざるをえないわけだ。それもたぶん、さっきみたいに理不尽な文句も多いんだろう。

 当然それは彼女自身も理解しているわけだから、自己嫌悪しないはずがない」

「……どーでしょうかねえ。そもそもなんであたしにだけなんでしょーねえ……」

「ああ、たぶんね、タニラちゃんがほんとうに文句を言いたい相手はヒナトちゃんじゃないよ。

 だけど言うに言えない相手だから、矛先がずれちゃってるんじゃないかな。貧乏くじ引いちゃったね~」

「茶化さないでくださいよー! ていうか言えない相手ってなんですかラボの人たちとかお偉いさんとかですか!?」

「さあね」

「……ワタリさんもしかしてあたしたちで遊んでません?」

「かもね」


 ワタリはけらけら笑いながら、帰りついた一班オフィスのドアを開ける。


 班長病欠というこの非常時になんてブラックな副官なんだろう。

 このあとしばらくこの人と二人きりで仕事しなきゃならないとかヒナトの人生けっこうハードモードじゃないですか。

 しかも前回ソーヤが倒れたときのヒナトのダメっぷりを思い出してしまい、ヒナトの胃はにわかに痛み出した。


 もうやだ医務室に戻ってソーヤの看病とかしてたい。

 たぶん戻って仕事しろって怒られるけど。


 早々にしょんぼり状態に陥るヒナトであったが、そんな秘書を横目にワタリは何やらキャロライン(※ヒナトのコンピュータの愛称)をちょこちょこ弄り始めた。


 キャロちゃんに何してるんですか、とヒナトがようやく尋ねる気になったのはまるまる一分半が経過したあとで、そのときすでにキャロラインの画面表示はいつもとは違う雰囲気に変貌していた。


 なんていうか数字が少ない。

 ちゃんと文章っぽくなってる。ヒナトにも読める。


「僕ひとりでこのあとの処理はさすがに辛いからさあ。

 少しでもヒナトちゃんが手伝える範囲が広がればいいなということで、暗号化解除ソフトを仕込んでみました」

「……えええ! そんなものがあったとは! でもなんでもっと早く入れてくれなかったんですか!」

「ないよ。これは僕が作ったの、それにまだ未完成だし。

 今日はソーヤに倒れられたから特別にベータ版をね……あっ触るのは操作方法聞いてからにしてよ」


 ソフト作るってどういう世界に生きているんだろうこの人は。

 というかそんな暇いったいいつあったというのだろう、毎日朝から夕まで仕事だったし余暇というと外出許可くらいしかなかったのだけれど。


 まさかお出かけ返上して、と考えたところで、あの日ワタリを見かけなかったような気がしてきた。


 仮にそうだったとして、そもそもプログラミングの知識や技術はどこで得たものなのだろう。

 言えばラボの職員が教えてくれたりするんだろうか?


 よくよく考えたら先日サイネたちが使っていた特殊な暗号解読ソフトも自作したようだったし、それ以前に彼女らは花園研究所のネットワークに侵入して隠しファイルを見つけてくるという芸当もしていた。

 さすがに後者はラボの職員に聞いて教えてもらえるレベルの話ではないだろうし、ヒナトにはわからない分野の話なので確証はないけれども、たぶん勝手に非開放データベースにアクセスするのにもそれを可能にするツールが必要なんじゃないか。

 それを作ったのもサイネかユウラという話になるが。


 ……。

 あまりにも世界とか次元が違いすぎてヒナトにはついていけない。ソアの本気って怖い。


 ともかくこれでヒナトも格段に作業に加われる状態になった。

 操作方法の説明はかなり簡素なものであったが、結果としてヒナトでも理解できたわけだから、たぶん教えるのが上手いのだろう。

 ソフト自体の作りやインターフェースが単純で見やすいのもある。


 持ち前の破壊スキルを発揮してしまわないよう注意しつつ、ヒナトは画面に向き直った。



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