【永池家〈3〉】

 生まれ変わり。

 輪廻転生。

 

 言葉としてはもちろん、世の中にそういったケースや体験談が少なからずあるということも知ってはいる。

 身近で聞いたことはないにしても、だいたいどんなことなのかも大雑把な知識はある。

 けれどそれが自分自身のこととなれば話は別で、いきなり『これがお前の前世の人物だ』と言われてすぐに納得出来ることでも理解出来ることではなく、私は明治8年の古い写真を見ながら、どうにか頭の混乱を落ち着かせようとした。


華蘭からんにしてみれば困惑しかない話とは思うが」


 私の気持ちを見抜いたかのように父が口を開いた。


「事態が急変した以上、いくつか早急に整えねばならないことが生じた。この事を明かすのもそのひとつだ」

「急変・・・・もしかして私が原因? その・・・・調べものをしたり、とかが・・・・」

「ああ、まあそれもあるが・・・・永池の者に何か言われたか?」

「自己流に嗅ぎ回らずにもう少し落ち着きなさいって。バタバタすると犠牲者が出るからって・・・・」

「嗅ぎ回る、か。はは、確かに。だがまあ華蘭が18までのあと少しを待てず知りたがった気持ちも分からないではない。それもこれも恭次郎が奴らの罠にやすやすと掛かってしまったことからの急な御留戸おとめど入りとなったことが大きな要因だろうから。しかし恭次郎の件もその根本的要因として西の大結界だいけっかいが破られかかったという事実がある。それは──」

「えっ、ちょっと待って、まさかそれ・・・・三国川教授が関係してるんじゃ・・・・」


『あの人、結界クラッシャーだし』


 瞬時、私の脳裏に愛美の言葉がよみがえった。


「三国川龍彦・・・・表向きは民俗学の大学教授、だな」

「表向き? じゃ、やっぱりあの人は結界クラッシャー・・・・」


 私は愛美から言われた忠告──三国川を信用してはいけない、近づいてはいけない──を父に話した。


「その通りだ。あれは魔垠まごんだ。学術的調査と称し各地を回り、おもだった結界の破壊を画策実行している」

「そんな・・・・私、とんでもない人にコンタクトを取ってしまった・・・・」


 何も知らなかったとはいえ好奇心が先走り自ら接近をしてしまったことに私は心底後悔した。


「いや、三国川がその特別授業とやらで学校に侵入してきた自体、恐らくすでに華蘭の存在を認識してのことだろう。たぶん間違いない」

「えっ、それって──」

「18になる前に潰しにかかってきたということだ。つまり・・・・」

「・・・・」

松埜家まつのけに対しての宣戦布告だ」

「宣戦・・・・布告・・・・」


 私が単なる女子高生ではないことはそれなりに分かっている。

 特殊な家系の本家の跡取りということはこれまでの成長過程の日々で徐々に染み込まされてきた。

 けれど私はまだ松埜家まつのけの全容も〈おのろし様〉の真実も、そのすべてを知らされてはいない。

 にも関わらず急変したという現状の中、非現実的な響きの宣戦布告という言葉はズシリと重く心にのし掛かった。


 そして私は、永池愛美と私の前世の人物だという古い写真に再び目をやった。


「この人たちも、その・・・・いろいろ大変だったの?」


 時代を感じさせる着物姿ではあっても、今の自分自身と愛美に顔立ちは酷似しているとやはり思う。

 

松埜華乃子まつのかのこ永池美鈴ながいけみすず、2人は身をもって魔垠まごんおさを封じた・・・・と伝承されている」

「?」


 身を? もって?


 どういうことなのかピンと来ず、私は首をかしげた。

 すると、それまで口を挟まずにいた母が静かな口調で言った。


「人柱よ」

「えっ!?」


 瞬時、息が詰まった。

 人柱?

 まさか──


「じゃ、私たちも・・・・」

「ああ、それはない。華蘭たちは同じ道を辿ることはない」

「え、でも・・・・」

松埜華乃子まつのかのこは重要な言霊ことだまを残している」

「重要な言霊?」

「そうだ。少し待ちなさい」


 そう言うと父は立ち上がり奥の書斎に行くと、しばらくして高価そうな漆塗りの箱を手に戻ってきた。

 赤い紐で括られ、まるで玉手箱のような雰囲気だ。


 再び私の前に座り、箱を開け、そして中から四つ折の和紙を出した。


「開いて見てみなさい」

「はい・・・・」


 うながされ手に取ると、厚みのあるしっかりとした高級和紙でさほど古びた感じはない。

 私はおもむろにそれを開いた。


「!」


 そこに書かれていたこと──


【これより年号変わりし三度みたび目に力をたくわえ我らともに生まれ変わるなり。その時節こそ蘇りし魔垠終焉の刻なり】


 美しい筆文字と文面に思わず息をのんだ。


「これ・・・・って・・・・」

宿命さだめ、ということだ」


 目眩めまいがした。

 宿命さだめ──生まれる前から決まっていたこと。

 私と愛美は〈そういうこと〉だと。


「蘇りし魔垠まごん・・・・」

「人柱として精一杯の封じはしたがいずれまた復活しうごめき出す時が来ることを華乃子は予見していたのだろう」


 神妙な面持ちで父が言う。


 そうであるなら、それが今この時期のことであるなら、これから何が起こるのか。

 私は一体──どうなってしまうのだろうか。


 


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