11 死刑囚

 コトアは言う。

 ファファは、死刑囚なのだ、と。


「そんな……ファファが死刑囚って……?」

 ファファの無垢な表情が脳裏に浮かぶ。

 彼女が、何かの悪事と結びついているようには、とうてい思えなかった。

「彼女に取り付けられている黒い首輪が、その証です。そして」

 コトアは溜息をつく。

「彼女がいる、マハガの動力機関である炉箱ろばこ。あれは、死刑執行のための装置なのです」

 死刑執行。

 その言葉に俺は、のどの奥が詰まるような感じを覚える。

「辺境では、魔法給いの資質を持つ死刑囚は、炉箱に詰められますの。そして、大傀儡アークゴーレムの動力として使われるのです。仮死状態におかれて魔力を吸い取られ、死んだら交換する。使い捨ての燃料のようなものなのですわ」

「ちょっと待て、じゃあミラやロークスもそれを分かって――」

「あの二人は、ファファさんにとても優しいんですのよ」

「それは――」

「本来の炉箱は、三辺が一ミルター半もない、小さな立方体です。扉もなく、窓もなく、一生その中に詰められたまま、死ぬまで魔力を搾り取られ続けるのです。

 けれどミラさんとロークスさんはかわいそうに思って、炉箱を改造して、ファファさんのためのお部屋にしたのですわ」

「そんな……」

 目を見開いていられないような、重苦しい感覚を覚える。

 コトアもまた、うつむいていた。

「じゃあ、ファファはあのまま死んでいくっていうのか」

「幸い、ファファさんの魔力は無尽蔵です。マハガを動かしたぐらいでは、彼女の生命がおびやかされることはない、とロークスさんがおっしゃっていました」

 俺は、言葉が継げなかった。

 ファファがそんな宿命を背負っていたなんて。

「わたくしがマハガに乗ったのは、非人道的な炉箱について取材するためだったのです。でも、マハガに乗って拍子抜けしました。ファファさんがあんなに大切にされているって知って……けれど、ほっとしたのも事実ですわ」

 ファファが、炉箱に詰められたまま、誰とも話せず、ただ魔力を吸い取られて死んでいくところを想像した。

 暗い暗い深淵に、抗う術もないまま、落ちていくような感じがして。

 それは、とても深い絶望を呼び起こした。

「なあ、なぜファファがそうなったのか、知ってるのか?」

 コトアは、首を振る。

「ミラも、ロークスも知らないのか」

「知らないと言っていました。でも……何かを、隠しているような感じがしました。わたくしの勘でしかないですけれど」

 隠している、か。

 理由はわからないが、何かの機会に聞いてみる必要がありそうだと思った。

 深く、息を吐く。

「しかし炉箱がそんな代物だったなんて……ぜんぜん、知らなかったよ。コトアはそういうことを伝えるために、取材をしているんだな」

「そうですわ。取材したことは、中央に送り続けていますの。けれど……」

 コトアは溜息をつく。

「中央は、辺境のことを知らせるまいと、情報管制を敷いています。わたくしが、中央の伝手つての方に送った内容は、ほとんどが握りつぶされてしまうのです。

 こんなことを続けていても、わたくしの身に危害が及ばないのは、わたくしの生家が、中央に強い影響力を持っているから、というだけで……わたくし自身の、非力さを感じますわ」

 後ろで手を組んだコトアは、小さく首を振る。


 いや。

 コトアは、一生懸命やっている。

 じゅうぶんすぎるぐらいに。

 俺は、コトアの頭に手を伸ばして。

 彼女の頭を、撫でる。

「ひゃっ!? な、なにしますの!」

 コトアは身体をびくりとさせた。

「す、すまない」

 無意識だった。けれど、なんだかそうしたかったのだ。

「すごいな、コトアは。俺は、そんなに認められなかったら、心が折れてしまうと思う。俺にとっては、競技魔法がまさにそうだった。たくさんの人に認めてほしかったのに、かなわなかったんだ」

「――」

 コトアは、上目遣いにこちらを見た。

「応援するよ、コトアのこと。伝えたいことが、伝えるべき場所に、伝わるように」

「ティグレ、さん……」

 コトアは胸元で、小さく手を握りしめた。

 彼女は、口元を引き締めるようにしていた。

「認めてくれるのは、たくさんの人でなくてもよいのではないですか? そのことをほんとうに大事に思ってくれる人の心に届けばいいと、わたくしはそう思いますわ」

「大事に思ってくれる人に、か」

 それもそうかもしれないな、と思う。

 評価する人間がいれば、批判する人間もいる。だけど、自分の味方になってくれる人がいれば、その人のほうを向いていくのもいい。

 批判に耳を傾けろと、そう言う者もいる。でも、自分が認められるところで、自分の力を発揮するのも、決して悪いことじゃない。


 そして、いまの自分にとって、それは。

 マハガのみんな、なのかもしれない。


「ティグレさん」

「ん?」

「わたくし、このような話ができて、嬉しかったですわ。ミラさんとロークスさんは、素晴らしい人たちですけれど、なんだか親代わりのような感じですし、ファファさんはいつも無邪気だから、難しい話をするような相手ではありませんし……。

 だから、ティグレさんが来てくれて、よかったです」

 少し眉尻を垂らして、穏やかに微笑むコトア。

 その表情に、心臓の鼓動が高まる。

「あの……いっしょに……」

「いっしょに?」

「いっしょに、写真を撮りませんか。その――ふたりだけで」

 誰かのことを撮っていたコトアが、自分と、俺のふたりで写真を撮りたいと言っている。

 なんだかそれは、とても大事なことをしようとしているように、感じられた。

「いいぞ。でも、どうやって撮るんだ?」

「――こう、ですわ」

 コトアは、片手にカメラを持って、自分のほうに向けて。

 俺の頬に、自分の顔を寄せた。


 写真にうつった顔は、二人とも、少しだけ頬を赤らめていた。


 ◇


「フィナッツ、うまかったな」

「えぇ、さすがは名店の味でしたわ」

 はじめは一人二個のはずが、結局、二人で十個も平らげてしまった。コトアの言うとおり、香ばしさとほんのりとした甘みが、食べる手を止まらなくするのだった。

「ファファのぶんも買ったしな。しかし、五十個っていくらなんでも多くないか……?」

 両手に抱えた紙袋に目をやるティグレ。

「ファファさんは、とってもよく食べますのよ」

「いや、まあそれはそうなんだが……」

 あの小柄な身体のどこに、この量が入るというのか。もしかして、胃袋に異次元への門でも開いているんじゃないのかと思う。

「このあとはどうしますの? どこか寄りたいところがあれば」

「そうだな――」


 そのとき。

 リクの街に、警報が鳴り響いた。

 コトアはびくっと身を固くした。

 街の人々も、一瞬足を止めて、そしてそれぞれの方向に走りだした。

「なんだ!?」

「――巨獣ですわ!」

「それって、街に近づいてるってことか?」

 コトアは大きくうなずいた。

「急いで、マハガに戻りませんと!」

「ああ、行こう!」

「はい! ついてきてくださいませ!」

 ファファへのおみやげの袋をしっかり抱えて、俺はコトアの後ろを駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る