6 コトア

 俺の光線魔法は、巨獣の胴部を貫く。

 それどころか、胴体を真っ二つに消し飛ばしていた。

「はぁ、はぁ……」

 息が荒れて、止まらない。

 自分自身、いままでに経験したことのない魔力量を、一度に放った。

 全身がしびれるような感覚が、まだ残っていた。

 ひたいの汗をぬぐい、呟く。

「――やったのか」

 巨獣を見る。

 結節点どころか、その周りまでもまとめて撃ち抜かれた巨獣は、横たわったまま身じろぎもしない。

「おっつかれさん、ティグレ! 討伐完了だよ!」

 ミラの声は、楽しげだった。

「さすがは私が見込んだ魔法使いだね。なんていうか、ヤバかった!」

「あぁ、僕もあんなすごい光線魔法、はじめて見たよ」

 ロークスも、感心した声色で言った。

「この威力の〈主砲〉なんて、辺境でもほかにいないんじゃない? ティグレ、自信持っていいよ!」


 自信、持っていい、か――。

 ミラの言葉は、素直にうれしかった。


「おわっ――」

 俺の意識を現実に引き戻すかのように、マハガが再び動きはじめた。

 横たわった巨獣の残骸に向けて、歩いていく。

 どうするのか、と聞こうとしたのを察したのか、ロークスが言う。

「マハガは、倒した巨獣を捕食して成長するんだ。そうすることで、マハガのボディを大きくしたり、ときには巨獣の能力を吸収したりもできる」

「巨獣を、食べる?」

「そう。大傀儡アークゴーレムと巨獣は、実は本質は同じ。養殖ものか天然ものかの違いしかないからね」

「養殖と天然……?」

「ま、詳しく話すと長くなるから、また今度ね」

 と、ミラが通信で声を上げた。

「降りてきて、ティグレ。捕食作業のあいだに、マハガのみんなを紹介するから」

「あぁ、わかった」

 俺はハーネスを留めていたフックを外す。


 ふと、俺は砲座の壁から身を乗り出して、外を見る。

 そこには、巨獣のむくろが横たわっていた。

「……俺が、やったんだ」

 たしかな手応えが、心の中に湧き起こった。



 はしごを降りて操縦室に戻ると、そこにはミラとロークスのほかに、ひとりの少女がいた。

 端正な容姿に、一瞬、どきっとした。

 青紫色の長髪の少女。ミニスカートの探検服で、活動的な感じだったが、その立ち姿は、正装をまとっているかのような品性を醸し出していた。年は自分よりも少し若そうだった。

 彼女は、首からストラップで何かを提げていた。

 よく見ると、カメラだった。

「彼女は、コトア。マハガに乗ってる仲間。彼女も中央出身だから、仲良くしてね」

 紹介されると、少女は小さくこうべを垂れた。

「コトアです。マハガに乗って、辺境の出来事を撮影しています」

「あ――ティグレ、です。よろしくお願いします」

「あっれ、ティグレってそんな喋り方するの? 私にはタメ口なのに」

 ミラは口元に手を当て、にやにやと笑っていた。

「う、うるさい」

 思わずそうなっちまっただけだ、コトアの雰囲気に飲まれて。

 意識して、口調をいつもどおりに直す。

「けど、どうしてよりによって、中央から辺境に?」

 そう、俺が口にした瞬間。

 コトアは、俺をじっと見つめた。

 その目力の強さに、思わず気圧される。

「あなた、中央の魔法使いだったんですよね?」

「そ、そうだけど」

「中央の人がぬくぬくと生きている中で、辺境はどれだけの犠牲を払っているのか、ご存じかしら?」

「いや、辺境のことはぜんぜん……」

 はぁ、とコトアは深い溜息をついた。

「かまいませんわ。マハガで辺境を巡るうちに、少しずつわかっていくでしょうから」

 コトアは首を振る。さらさらの髪が、小さく左右に揺れた。

 ちょっとキツい子なのかな、この子。

「コートーアー。もうちょっとやさしくしてあげれば?」

 ミラはコトアの肩に手を回して、顔を寄せる。

「別に、厳しくなどしていませんわ」

「そんなこと言っちゃって。でもね、コトアってこれでけっこうカワイイところあるんだよねぇ」

 ミラはふふん、と小さく笑う。

「この子ね、夜寝るときは――」

「ちょっとミラ、やめてくださいます!?」

 慌てたコトアは、全力でミラの口を塞いだ。

 ミラは続きをしゃべっていたようだが、もごもごと、声になっていない。

 しかし、夜寝るときはいったいなんなんだ。

 気になる。


「ところで」

 俺は、コトアの胸元の機械を指差した。

「コトアは、写真を撮るのか?」

「えぇ、そうですわ」

「どんな写真を?」

 するとコトアの表情は、うってかわって、ぱっと明るくなった。

「見たいんですの? いま持っているのは少しだけですけど、お見せしますわ」

 そう言って、コトアは肩から提げたポーチから、手の大きさほどの小さなアルバムを取り出した。

「えっ、あの――」

 俺のためらいは意に介されず、コトアはしゃべりはじめた。

「これは、アクスタの街の市場です。ふつうの市場に見えるでしょうけど、この街は七年前、巨獣の襲撃で壊滅したんです。でも、少しずつ復興していって、こんな活気ある姿に戻ったんですのよ。次のこれは、サーディスの村の子どもたちが、初めて学校に通う日の様子です。ここは辺境の東部で、辺境のなかでも特に貧しい地域なのですが、近隣の村々の大人たちがお金を出し合って、学校を作ったんですの。素晴らしい話だと思いません? あとこれは、構図に気に入ってるのですが――」

 助けを求めるようにミラを見ると、あーあ、という表情を返された。

 ミラはひらひらと手を振り、どこかへ消えていった。

 あとで聞いたが、写真のこととなると、コトアは止まらなくなるらしい。


 結局、二十分ほど、コトアにつかまっていた。

 疲労困憊ひろうこんぱい

 口を差し挟む暇もなく、彼女はずっと説明を続けていた。

 けれど。

 素直に、心に訴えてくる写真だな、と思えた。

 なんというか、撮影者と被写体のどちらもが、その写真を大事に思っている、というような感覚。

「ありがとう、コトア。俺、辺境のことは何も知らなかったけど、コトアの写真で、どんなところなのか少し分かった気がする。なんていうか……大変なこともあるけど、いい場所なんだなって思えた」

「ほんとうですか? そうおっしゃっていただけると、嬉しいですわ」

 アルバムをポーチにしまいながら、コトアは満面の笑みを浮かべていた。

 彼女の写真が伝えようとしているものは、一貫して、辺境の人々の生きる姿であることがよく理解できた。なかには、胸に迫るようなものもあった。

 ただ単に撮るというだけでは、こんな写真にはならないだろう。

 きっと彼女は、撮る対象のことをしっかりと理解してから、ようやくシャッターを切るのだ。

「とてもいい写真を撮るんだな、コトアは。すごいよ」

 すると。

「そっ、そんなこと……ありま、せんわ」

 コトアの頬は、紅く染まっていた。

 あれ?

 こういう表情もするんだ、コトアって。

 そう思うと、最初の涼しげな印象と違って、なんだかかわいらしいような気もしてきた。


「ところでコトアって、写真を撮るほかにも、何かしてたりするのか?」

「どういう意味ですの?」

 小首を傾げるコトア。

「コトアは、魔法給いだったり?」

 その言葉に、コトアは首を振る。

「わたくしには、魔法にまつわる資質はありません。けれど魔法給いの方なら、マハガに乗っていますわ」

 その場を離れていたミラが戻ってきて、言葉を挟んだ。

「そ。魔法給いは、別の部屋にいるよ。ティグレ、会いに行く?」

「あぁ、頼む。何しろ、さっきはすごい魔力量の供給を受けたんだ。どんな魔法給いなのか、会ってみたい」

「よし、いこっか」

 コトアに「またあとで」と声をかけ、俺はミラの手招きに応じてついていく。


 操縦室から廊下に出ると、両側には扉が四つ。

 ミラが「ここが、みんなの私室」と説明する。

 扉に下げられた札には、ミラにロークス、コトアの名前が書いてあった。

 残りひとつの扉には、何も札が下げられていなかった。


 私室の廊下を通り過ぎて、突き当たりにある、形の違う扉を押す。


 扉の先は、少し広い空間になっていた。

 そしてその中央には、一辺が五ミルターほどの立方体が鎮座していた。立方体の外壁は黒く、そこには金色の魔術紋様がびっしりと書き込まれていた。

「これは……」

 紋様を見て、これが一種の魔術機械であるとすぐにわかった。

 紋様はかなり崩して刻まれているので、意味はほとんどわからなかった。

 だが、魔法に二つある系統、〈人の魔法〉と〈花の魔法〉、それぞれの系統にまつわる紋様が混在していることだけは、なんとなく読み取れた。

「ミラ、これは?」

「これがマハガの動力機関。炉箱ろばこだよ」

「炉箱……」

 ミラは、黒い立方体の前に歩み進む。

「この中に、魔法給いがいるんだ」

 そう言って、ミラは扉のノブに手をかけ、引く。


 開いた扉の先は――。

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