第20話:誕生日パーティー3
ロジリーの部屋のベッドにダミーを寝かせ、王城をコッソリと抜け出した私は、忙しい日々を過ごした。
サラサラの髪に戻すために入念なヘアケアをして、メイド生活で傷み始めた肌もケアを行い、お化粧もバッチリ決める。髪を切ったこともあり、エステに行けない分、お風呂で徹底的に汚れを落とした。
もちろん、ウィッグもバッチリ。違和感がないか、鏡でしっかりと確認している。
ウォルトン家のメイドを引き入れた時は、部屋を暗くして誤魔化したけれど、今回はレオン殿下に親しい貴族が集まる誕生日パーティーだ。少しでも違和感を残すわけにはいかない。
当然、ローズレイ家らしく、白と黒を基調にしたドレスを着用。馬車に揺られて王城に到着する頃には……、すでにパーティーが始まっていた。
受付で招待状を渡すと、真っ青になったメイドが急いで奥に走ろうとする。が、地獄のメイド長・ロジリーの前では、決してメイドは走ってはならないので、すぐに止められた。
おそらく、彼女はウォルトン家の屋敷で働くメイドだろう。赤いドレスの情報を持たせたウォルトン家のメイドたちは、すでにうちで保護しているのだから。
これでグレースに正しい情報が伝わることはない。わざわざ遅れてきて正解だったわ。
ロジリーに捕まって説教を受けるウォルトン家のメイドを横目に、私は誕生日パーティーが始まっているホールに足を踏み入れた。
元々レオン殿下と一緒に招待客を決めたこともあり、誰がパーティーに呼ばれているのかくらいは把握している。見渡す限りは知っている顔なので、婚約者が代わったにもかかわらず、大勢の人が参加を決意してくれたみたいだ。
それなのに、この場所に元婚約者の私が現れたら、ザワザワするのも当然のこと。
いち早く異変に気付いたのは、親友であるソフィアだ。王城でメイドとして働く姿とは異なり、青い素敵なドレスを纏い、急ぎ足で私に近づいてくる。
その不満そうな表情を見れば、何が言いたいのか大体理解できた。どうして赤いドレスを着てないの? という感じだろう。
決して彼女を騙したかったわけではない。赤いドレスを使う目的が違っただけの話であり、最初からこの場で着る目的ではなかったのだ。
あの赤いドレスは……この出来事が落ち着いた後、どっかの誰かさんを参考にして、レオン殿下に色目を使う時に着用する。……予定かな。
「シャルロットはいっつもそう。肝心なことは話さないんだから」
プンスカ! と怒るソフィアがデザインしてくれたものだし、ちゃんと着るわ。私だって、愛想をつかされたくはないもの。
恥ずかしくて着れないような気もするけれど……。いや、頑張るわよ。たぶん。
「ソフィには何でも話しているつもりよ。聞かれてないことは答えられないだけで」
「別にいいけどね。今に始まったことじゃないから。ほらっ、早くレオン殿下に挨拶してきなよ」
ソフィアがそっぽを向いた時、ホール内に今日一番ザワザワとした声が響き渡った。
元婚約者である私が来るのを待ち続けていた人物が、ようやく姿を現したからだ。
誕生日パーティーの主役であるレオン殿下よりも遥かに目立ち、女の子らしいピンク色のウェディングドレスに身を包むグレースは、まっすぐ前を見据えている。その勝ち誇った表情を見れば、誰と衣装対決しようとしていたのかは、一目瞭然だろう。
そんな彼女にかまってあげたいところだが、淑女である私がマナーを間違えるわけにはいかない。レオン殿下の元へ足を運び、ドレスをつまんで優雅に一礼した。
「レオン殿下、お誕生日おめでとうございます」
「シャルロット、来てくれたことには礼を言おう」
「とんでもございません。レオン殿下のお顔が見れるだけでも嬉しく思います」
普段ならば、私はもっと砕けた口調で話しかける。しかし、ここはあくまでレオン殿下の誕生日パーティー。婚約者でもないのだから、丁寧な口調で話しかけていた。
何気ない挨拶をレオン殿下と交わしていると、視界に入る目障りな人物が固まっていることに気づく。
「ところで、今日が何のパーティーなのか、グレースはご存知ないのですか? 仮装パーティーだと勘違いしているみたいですが」
信じられない……そんな表情を浮かべるグレースは、怒りが沸々とたぎるように、ワナワナと口を動かしていた。彼女がどんな気持ちでいるのか、手に取るようにわかってしまう。
騙しやがったわね、このクソ女! である。
「彼女が勝手にやったことだ」
「そうですね。このパーティーに招待してくれたのも、グレースでしたから」
レオン殿下と会話を進めていくと、会場の雰囲気が変わりつつあった。
元々ここには、私とレオン殿下に親しい人物が集められている。元婚約者である人物を呼びつけるというイジメみたいな行為で、良い気持ちになる人は少ないだろう。
つまり、グレースにとっては敵地なのだ。
うまくいけば弱らせることができるが、下手をすれば勢いづかせる。そういう諸刃の剣の場所だと知っていたから、私はここに足を運んでいる。
婚約破棄されたあの日、尻尾を巻いて帰った私は誓ったのだ。
彼女を断罪するその日まで、悪役令嬢になる、と。
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