5-9

「伯父様、今日はどのようなご用件でしょうか?」


 伯父とお茶の時間を楽しむ気になれないセレストは単刀直入に聞いてみた。伯父が侯爵家の利益のためにやってきたことは当然わかっているが、素知らぬふりをする。


「……そうだな。このあと陛下の御前で会議が開かれる。その前に今後の方針を決めておこうと考えている」


 それは当然、ここにいる皆がわかっている。議題の一つは、スピカがどうして力を失ったかということ。もう一つはエインズワース伯爵家に二人の星獣使いがいる状況を認めるかどうかだろう。


「ドウェイン様も助けてくださいますし、私と家族・・で決めますので心配なさらないでください」


 あくまで丁寧に、けれどしっかりと拒絶の意思を示す。


「いいや、……元々貴族の生まれではなかったエインズワース将軍は、星獣使いとなったセレストの後見人としてはふさわしくない。私は陛下に願い出て、セレストを保護したいと考えている」


 保護という言葉はセレストをもやもやとした気持ちにさせる。まるでフィルのそばにいるのが悪であると言わんばかりだ。


「プッ! ハハハッ。……貴族の生まれではないから? 面白いわ!」


 腹を抱えて笑い出したのはドウェインだった。後ろで控えるヴェネッサが口の端を引きつらせていた。ドウェインが伯父の主張を馬鹿にしているのは明らかで、なんとなく穏便に済まない雰囲気が漂っていた。ヴェネッサはどこまでもマイペースなドウェインがやりすぎないか心配しているのだろう。


「なにがそんなにおかしいのですか? シュリンガム公爵子息」


「あら、ごめんなさい。星獣使いが一つの家に偏るのは貴族間の調和を乱すという主張をしてくると思っていたのに。拍子抜けだわ」


「なんだと……!?」


「新米の星獣使いであり、身体的にはまだ子供のセレちゃんには守護者としてのフィルが必要よ。夫婦かどうかなんて関係なくフィルのそばが一番安全で、ふさわしいわよ。ねぇ、セレちゃんの優しい旦那様?」


 一度目の世界では結婚などしていないのに、フィルがセレストの指導役だった。

 攻撃が得意な星獣の扱い方を教えられるのはフィルとジョザイア。そのうちジョザイアは王太子だからセレストの指導などという面倒な役割を担う者としてふさわしくない。

 消去法でフィルとなったのだ。


 今回はとくにスピカが力のほとんどを失っているから、余計に星獣使い単独での行動などできない。

 セレストとしては星獣に関することで権力争いをする時間があるのなら、そのぶんスピカの力を取り戻す方策を練るほうが重要だと思っている。


 ドウェインから話を振られた旦那様・・・も深く頷く。


「そちらの意図で持ち上がった縁談だというのに、結婚式への出席を拒否、持参金ももちろんない。この八ヶ月、手紙の一つも送ってこなかった。結婚前のセレストは、侯爵の実娘とは違い、質素なワンピースばかり着ていたな……。彼女を虐げ、才能を潰そうとさえしていたあなたが保護する? 話にならない」


 彼らしい、率直すぎる拒絶だった。

 セレストはさすがに驚いて、フィルを凝視した。

 この発言は危険だと無言で訴えてみる。貴族を相手に証拠を示せない断罪をするのは、自分たちの首を絞める愚行ではないだろうか。

 けれどフィルは、まなじりを少し下げてセレストに大丈夫だと伝えるだけだった。


「才能を潰そうとした、だと……? いったいなにを根拠に!? 侯爵であるこの私を、貴様ごときが侮辱するのか!」


「事実ですから、侮辱にはあたりませんよ。侯爵」


 言葉は丁寧だが、フィルは不快感を隠すつもりはないようだ。


「もはや、セレストを貴様のところになど置いておけない!」


 伯父は立ち上がり、セレストのほうへ手を伸ばしてきた。けれどその手がセレストに届くことはなかった。フィルが伯父の腕を掴み、もう一度座るように目で促す。

 伯父は苦虫を噛み潰したような顔をして、しぶしぶ戻っていく。


「ねぇ、ゴールディング侯爵。胸に手をあててよーく考えてほしいのだけれど、なんで私がついているのに証拠もなしに発言したと思い込んでいるの?」


「それは……どういう……?」


「こちらが手の内を明かす必要はないのだけれど。あなた、セレちゃんが実の娘より才能があるからって、わざと教育を怠ったわよね? 社交界で姪は出来損ないだと吹聴していたみたいだし。嘘を証言できる者って誰もいないの……? そんなはずはないわ」


 ドウェインが悪い笑みを浮かべた。


(証言できる者って誰かしら? 使用人? 家庭教師……?)


 セレストが侯爵邸で暮らしたのは八歳から十歳までの約二年間だ。そのあいだで、使用人や家庭教師は入れ替わっている。とくにミュリエルはわがままな部分があるから家庭教師が厳しいという理由だけで解雇してしまったことがある。

 もしドウェインが侯爵家に勤めていた者を調査して、伯父の手の届かない場所で保護していたらどうだろう。侯爵家がセレストをどんなふうに扱っていたか証言するのではないだろうか。

 それにセレストには、星獣使いになれるほどの星神力と、フォルシー山での活躍という実績がある。今までの伯父の話が嘘だったと印象づけるのは簡単だ。


(これがフィル様の対策だったんだ)


 ミュリエルに会った日からずっと考えていてくれたのだ。

 実娘と養女の扱いに差をつけることは犯罪ではない。ただ、セレストが星獣使いとなってしまったあとは心証が悪い。

 姪に嫉妬し虐げたことが露見したら、社交界ではいい笑いものになる。

 そしてセレストが侯爵家に戻らない正当な理由にもなる。


「ぐっ、貴様ら!」


 伯父が握りしめた拳を震わせる。けれど、反論はなかった。


「よかったわね、侯爵。御前会議の前にずうずうしくもセレちゃんに会いに来たのは、正解だったわよ」


 これは警告――というより完全な脅しだった。

 もし、御前会議の場でセレストとフィルの離縁を提案していたら、同じことを多くの貴族がいる状況で告げていたとドウェインは言っているのだ。


 みるみるうちに、伯父の顔色が悪くなっていく。


「伯父様。引き取ってくださったことには感謝いたしますが、私はあの家で娘としての扱いを受けた記憶はございません。ですから、もう私のことは放っておいてください」


「セレストもこう言っていますし……。ゴールディング侯爵、お引き取りいただきたい。セレストの家族は私と星獣たちだけで十分だ」


 フィルがきっぱりと告げる。

 しばらくの沈黙のあと伯父は立ち上がり、ドウェインにすら挨拶をせずに控えの間を去って行った。

 足音が聞こえなくなると、皆が同じタイミングで笑い出した。

 結局、権力を振りかざしてくる相手には、それ以上の権力で対抗するしかなかったが、はじめて伯父に自分の意見をきっぱりと告げられた。セレストはスカッとした心地だった。


「皆さん、本当にいつもありがとうございます。私一人ではどうにもならなかったはずです」


 セレストは部屋にいる三人にぺこりと頭を下げた。


「そうよ、大変だったんだから! フィルったら『三日で調べろ』、『証人を確保しろ』って横暴なのよ……」


 怒っているというより、フィルがそれくらい真剣にドウェインに頼み込んだということを主張したいようだった。


「お手数をおかけいたしました」


「……セレストさん。ドウェイン様に感謝など必要ありません。『ってことで、よろしく』って丸投げしただけで、実際に動いたのは私なんですから」


「そうだったんですか? ごめんなさい。……でも、ありがとうございます」


 ドウェインもヴェネッサも、精神的にはセレストとほぼ同じ年齢だ。けれど、見た目も大人だと、それに伴い権利が発生し行動もしやすくなる。頼りきりで申し訳ないと思いつつ、セレストは友人たちの存在を頼もしく感じた。


「まだ命を助けていただいた恩を返せていませんが、今日はとりあえず伯爵邸で豪華な食事をいただけるとうかがっています!」


 それが、調査の礼になるとヴェネッサは言ってくれた。

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