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セレストが最も得意な術は氷を使った攻撃だ。まずは防御壁のない高い場所に水を生み出す。その水を闇狼の真上に移動させて、一気に落とす。そして地面に落ちる瞬間に水の中にある熱を奪う――二匹の闇狼が一瞬にして氷像のように固まった。
「……セレストさん!?」
「いいから、ヴェネッサさんはそのまま防御壁の維持をお願いします」
「は、はいっ!」
ヴェネッサが亀裂を塞ぎ、防御壁を強化する。
いつの間にかモーリスが防御壁を大きく迂回して、壁の向こうの魔獣と対峙していた。三匹の魔獣が彼に襲いかかろうとしている。セレストは小さな水の壁をいくつも築いて敵の進路を妨害した。
「助かります!」
魔獣はまっすぐには進めず、結果として三匹の連携が取れなくなった。モーリスにより一匹が倒された。
(モーリスさん、すごい……。あと二匹、任せても大丈夫そう……でも……)
セレストの知識は十八歳の頃のままで、術の使い方も染みついている。けれど体のほうが心についていかない。以前と同じような感覚で星神力を使おうとしても、半分程度の力しか出なかった。まだ未熟で、星獣の力もないせいだ。
「やらなきゃ……」
たった一度、大がかりな術を使っただけで息が上がっていた。
あと何回、術が使えるだろうか。おそらく隣にいるヴェネッサも長くは持たない。
セレストは急ぎ、手を大きく掲げて再び術を使う。
「……くっ!」
先ほどと同じ術を使おうとした瞬間、三匹の闇狼は分散してしまう。彼らは人との対話はできないが、知能がある。氷漬けの仲間を見て、固まっていたらそこを狙われると気づいたのだ。
セレストは仕方なく、一匹を確実に倒すしかなかった。
「あと……二匹……はぁっ、はぁっ」
そのあいだにモーリスが三匹の魔獣を倒してくれた。はじめて共闘したのに、上手く戦えていた。きっとモーリスのほうが、セレストに合わせるだけの余裕を持っているからだ。
(お願い、あと少しだから……頑張れ、私……)
自分の中の星神力が減っていることをセレストは自覚していた。限界が近づくと、肉体にも影響を及ぼす。両手両脚に重しをつけられて、全力で走れと言われているみたいにつらかった。
体の内にある星神力と相談しながら、セレストは落ち着いてさらに一匹の闇狼を無力化する。そのあいだ、もう一匹の魔獣がヴェネッサの防御壁に突進する。
モーリスが最後の一匹に近づくが、壁が壊れるのが先だった。
「あっ!」
壁が砕け散り、セレストとヴェネッサの目の前に闇狼が迫った。
(もうだめ……っ!)
獰猛な獣が大きな口を開け、尖った牙が見えた。
セレストは未来を変えようとしたのに、力が及ばなかった。――あきらめかけた。
「セレストッ!」
名を呼ばれたのと同時に爆風が吹き荒れた。広い背中のせいでなにも見えない。気づいたときには闇狼は、炎をまとうライオンによって焼かれていた。
「……フィル様、レグルス……スーまで……」
魔獣を一瞬で倒したのはレグルス、そしてセレストの目の前にはスーを肩に乗せたフィルがいた。
セレストたちを庇う位置に立っていたフィルがゆっくりと振り向く。眉間にしわを寄せ、憤っているように見える。
セレストには勝手な行動をしたという自覚があった。
(フィル様……怒っているの……?)
フィルに怒られるのは嫌だった。セレストは泣きたい気持ちになりながら、逃げ場を探した。ちょうどモーリスが後方から近づいていたから、咄嗟に彼の背後に回って身を隠す。
「なっ! セレスト……なんで隠れるんだ!?」
やはり、フィルは怒っている。
心は十八歳だと言いながら、フィルから冷たい視線を向けられたら恐ろしくて身がすくんだ。おそらく嫌われるのが耐えられないのだ。
「……ごめんなさい、フィル様」
予測ができないはずの急な魔獣の襲来を予測してしまった。決して万能とは言えないが、死に戻った影響で得た知識は、セレストの知っている範囲でのみ、未来予知に近い働きをする。
そんな力を持っていたら、権力者から利用されるかもしれない。少なくとも再興したばかりの伯爵家が個人的に持っていていい力ではないはずだ。
秘密が露見するような行動を、セレストは積極的にしてしまった。
「セレストは、誰かに恥じる行動をしたのか?」
「……いいえ」
「だったら謝るな。おいで」
セレストはモーリスの陰からフィルのほうを覗き見る。膝をつき、手を広げ、飛び込んでこいと促している。困った顔をして、じっとセレストのほうを見ていた。
「フィル様!」
セレストは駆けだしてフィルに抱きついた。なんとなくスーやレグルスと同じ扱いになっているのが納得できなかったが、フィルが許してくれるのなら些細なことだった。
「あの……これはいったい、どういう状況なのでしょうか? ……い、いえ。まずはお礼を。危ないところを助けてくださってありがとうございました。それであの……どうしてセレストさんはこちらへ?」
ヴェネッサが問いかけた。
今、この場には言い訳が必要な相手が二人いる。一人はモーリスで、もう一人はヴェネッサだ。
セレストは言葉に詰まった。どんな説明で、事前に魔獣の出現を予想していたことを納得してもらえるだろうか。
「ネッサ!」
そのとき、遠くで誰かの声が響く。
遅れて姿を見せたのはドウェインだった。息を切らし、術を使いながら斜面を駆けて、皆のところまでやってくる。彼の頭上にはミモザもいる。
ドウェインは、ヴェネッサの姿を見つけると予告なく抱きしめた。
「ネッサ、よかった……一人で残ったって……魔獣を倒す力なんてないのに……」
「あぁぁわっ、わわっ、離して!」
「嫌よ。ミモザが朝からおかしかったの。私の言うことを聞かずにネッサの近くにとどまろうとしたり……。それで無理矢理実体化を解いてしまったの。……ミモザは、こうなると知っていたのね?」
癒やしの星獣は、クルクルと回りながらセレストの目の前までやってきた。セレストはフィルから離れ、手を伸ばしミモザに触れた。
ミモザはよほど嬉しかったのだろう。セレストの手に何度も体を擦りつけてくる。
「よかったね、ミモザ」
ミモザはやはり一度目の世界の記憶を持っている。ドウェインが大切にしているヴェネッサを守りたくて、セレストを頼ろうとしたのだ。
「氷の魔法……、セレちゃんが使ったの? ヴェネッサを助けてくれたの?」
「は、はい。咄嗟に……その……」
「どうしてミモザが伝えようとしていることがわかったの?」
一度目の世界で、ドウェインの傍らにヴェネッサがいなかったから。セレストとしては、そう正直に告げる気には到底なれなかった。
「なんとなく……です。胸騒ぎがして……」
「ミモザが魔獣の出現を察知していたとして、なぜ危機に陥るのがヴェネッサだとわかったのかしら……? そして私ではなくセレちゃんに伝えたがっていたのはどうして? まるで未来が見えているみたい」
この時期にフォルシー山で魔獣が発生する気配を感じる力がミモザに備わっていたとしたら、危ないのはドウェインも同じだ。非戦闘員ばかりが残っているベースキャンプが襲撃されるということまでわかっていないと、これまでのミモザの態度はおかしい。
「ドウェイン」
セレストが上手く説明できずに黙り込んでいると、フィルが口を開いた。
「……セレストはモーリスを供にして、この山中でしか取れないめずらしい木の実を探しに来ていた」
ものすごく苦しい言い訳だ。嘘が苦手なのか、口の端をヒクヒクとさせかなりぎこちない。
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