第18話…「あっちゃん様、お手合わせ願います」


――――「ラピスの精霊湖(昼過ぎ・晴れ)」――――


「戦いに明け暮れて一体どれだけの時間が流れた事でしょう…。よもやこのような機会に恵まれようとは…。過去の自分は、想像は膨らませても、夢にも思いませんでした」


 ドスンッと、クンツァは剣槍の形をした木剣槍…、その石突きを地面へと突き立てる。


「そんな大げさな…。気軽に行こうよ…」


 彼の正面に立つのは、ジョブをドラゴンナイトにしているアレッドだ。


 場所は、いつか建築されるアレッドの目標、パーティーハウスの建築予定地。

 そこで両者は向かい合い、アパタやコボルト、その他諸々が、格闘大会でも見に来るかのように集まっていた。

 みんなの姿をアレッドは一瞥して、その表情には鬱陶しそうな顔に変わる。

 装備のせいで口元しか見えないが、うへぇ~…とあからさまに嫌そうな口の形になっていた。

 クンツァにはそれが見えているものの、今更、やっぱりや~めた…と、この戦いを棒に振るつもりは毛頭ない。


 クンツァとアレッド、何故だか手合わせをする事になった。

 事の始まりは、アレッドがAスキルを学ぶ話になった所からである。

 Aスキルを効率的に覚える上で欠かせないのが魔力、身体能力の強化、力に変えての技の具現化、魔法なら当然の事、剣術なども、魔力の有無によってその精巧さ、その威力、どれも大きく変化してくる。

 その上で、アレッドが魔力とはどう言うものなのか、はっきりと理解していない事実が、ネックになってくる…と言う事で、ソレなら…と、戦いの中でソレを体感しようという事になった。


 クンツァが、ぼそりと、口実ができた…本音を漏らしつつ、口元に笑みを浮かべさせたのは、誰も知らない。


 しかし、あながちその組手は必要ない事…とも言えないのだ。

 身体能力の強化は、文字通り、普通にしていては出せない力を、出せるようにする。

 林檎だって握り潰せない非力さでも、強化を施せば子供だって潰す事ができるようになるだろう。

 ジョブの技、戦闘スキルは、戦闘において、相手に最大限のダメージを与えるために使うモノ、であれば、そのスキルには普通の人間の力ではなく、強化が施された最適解が求められているはずだ。

 そのスキルが、己の研鑽によって積み上げ形作られたモノではなく、神によって、この技はこうである…とバランスの取れた最適解で運用されるアレッドの技ならば、その魔力の使用方法も、当然完璧なまでに作り込まれている。


 つまりは、戦いの中で、スキルの発動で流れ出る己の魔力を、己の力で感じ取ってもらう…、それがクンツァの言った手合わせの理由…なのだが、あくまで理由の1つで、彼自身が戦いたい理由の隠れ蓑だ。

 だが、嘘を言っていないのだから、問題は無い。


 クンツァは、木剣槍がその手に馴染ませるように、ブンブンと振り回して構える。


「これは…」


 たかが木剣槍、剣槍の形こそしているものの、所詮は木だ。

 しかし、ソレを持った彼は、子供のように目を輝かせる。

 アレッドはクンツァの実年齢を知らないが、それなりに年齢を重ねているとは聞いていた。

 竜族は種族の中でも長命な分類、その上で、折り返しはとうに過ぎているという話だから、年齢は相当なモノだろう。

 その長命…という部分は、もう前世の知識の長命…とは雲泥の差で長い時間を生きているはずだ。


 そんな彼が、目を輝かせているのは、どこか微笑ましさが見え隠れする瞬間はあれど、今からやろうとしている事を考えると、アレッドは胃が痛かった。


 アレッドが持っている木槍、クンツァが持っている木剣槍、両者ともに、精霊の枝からアレッドが作り上げた業物だ。

 クンツァの本来の剣槍は、ドラゴンモドキとの戦闘で砕け、使い物にならなくなっている。

 この精霊湖にいれば戦う事もなく、安全が保障されているのだが、それでも彼は戦士だ…、戦う事が必要無くなったから…と、ダラダラと生活はしたくないらしく、日々の訓練の為に、どうにかできないか…と相談を受けた。

 鍛錬用に作るモノだから、アレッド的には、訓練と言えば木刀…、そんな変な結びつけが起き、イイ木が欲しいとラピスに聞くと、二つ返事で精霊の枝が手元に…。

 自分が頼めばラピスなら…と打算があったが、結果として得たモノに、アレッドは申し訳なく思った。

 何せ、精霊の枝は、木材の中でもその希少性は最高峰なモノ…なのだから…。


 そんな[精霊の枝×2]から作り出された[GC精霊の木剣槍×1]と[GC精霊の木槍×1]、魔力伝導率が高く、魔力を通した時の強度は、並みの剣では傷を付ける事も出来ない代物となった。

 魔法系の付与スキルとの親和性も、とてつもなく高い。

 近接用の武器として作られてはいるが、その実、魔法使い系の杖としても十分に使える代物だ。

 そう…その辺の有象無象の武器たちとは、比べ物にならない業物…なのだが、アレッドはそんな事露知らず、自分の作ったモノに喜んでくれている事に、ご満悦なのだ。


「いやいや失礼。いざ始めようと振ってみましたが、やはり良いモノですな。さすがあっちゃん様、木工職人のジョブの腕も伊達ではありませんな。砕けた得物よりも良い代物を頂けるとは。木でできているとは思えません」

「木工職人なんてその辺にゴロゴロいるでしょ」


 ファンラヴァでは、戦闘ジョブは下位ジョブが存在したが、製作ジョブはその限りじゃない。

 その方面のジョブになるという事は、そのまま職人になる事と同義だった。


「いえ、そうでもありませんよ。マスタージョブと比べたら、雲泥の差程に数は多いですが。それこそ、鍛冶屋なら、親方が鍛冶職人で、そこに弟子入りをして、力を付ける事で鍛冶職人のジョブを得る事ができる…といった具合です。そう言う者達は、鍛冶職人の弟子なら、鍛冶士、木工職人の弟子なら、木工士…と、○○士と名乗っています」

「なるほど」


 ファンラヴァの設定を持ってきているが、その設定外の事も存在する。

 ヘレズは、ファンラヴァを参考にした…と言ったし、この世界はまさにその通りなのだろうが、アレッドとしては、別物であったとしても、ゲーム内で見えてこなかった部分が見えているようで…補填されているようで、知らぬファンラヴァを見ている気持ちになり、こういう話を聞くと、心が躍った


 実際、こうして手合わせをする事になった事も、クンツァたちと話をする事も、アレッドにとっては楽しい時間だ。

 自分が生きるこの世界の事を知る事の出来る時間だから。

 もう好きだったファンラヴァをプレイする事は出来ない…、二度と…そんな時は訪れないし、ストーリーの続きも、フラグも全部回収されていない…、でも、ファンラヴァを参考にし、類似点があるこの世界は、考えようによっては、その続編だ。

 作品がフィナーレを迎える前に引退して、設定を引き継いだ続編が販売された事をきっかけに、ゲームをプレイしてみた…という感覚に近い。

 類似点はあるのに、見るモノ全てが新しく、そして色鮮やかに見える世界。

 見る事の無かった前作の設定を、この新しい場で発見していく爽快感、実際はそんなゲームは存在しないし、どこまで行ってもファンラヴァではないけれど、アレッドにとって、この世界はファンラヴァの後継世界であり、この魂もまた、世界の住人として、定着し始めていた。


 争いをアレッドは好まないが、それでもその経験を経て、自分が…娘が強くなる事があるのなら、これほど喜ばしい事はないのだ。

 最初こそ嫌々で、この場を静める事ができるなら…と思いはした…、でもその状況を楽しめ、アレッドは、生活する事やモノを作る事にばかり目を向けていた事に気付く、そして、自身がゲームで何より楽しんでいたモノを思い出した。


「やるからには、ちゃんとやるからね?」

「望むところでございます」


 クンツァの得物を持つ手が、より一層力がこもった。

 強くなって、ソレを実感できる…というのは、何より楽しいのだ。


 初手、槍を逆手に持ったアレッドは、【ピアッシングクロー】を放つ。

 宙を…空気を穿つ槍が、瞬く間にクンツァへと迫った。


「…ヌンッ!?」


 クンツァはソレを、剣槍を盾に防ぐ。

 受けてもなお穿とうと、槍の勢いは消え切らず、ガガガッ!と彼の体を押した。


「…ハアッ!」


 その槍の勢いを後ろへと流すように軌道を逸らす。

 体がのけ反り、一歩後ろへと足がズレた。

 よろめく体に力を入れて、また一歩体が倒れそうになるのを踏みとどまって、地面をドンッと力一杯踏み込み前に出る。

 初手から武器を捨てるなど…、得物を手放す…、戦いにおいて、そこにはデメリットしかない…、意表を突き、相手を仕留められるならばいいものの、ソレができなかった場合、その先に待つのは死だけだ。


 確かにその投擲の威力は、クンツァの知るソレと比べ、一線を画すものだった。

 その威力も、そしてその正確さも、まっすぐ飛んできた槍は、彼の胸の中心を目掛けていた。

 ドラゴンナイトを志す槍兵達の放つ【ピアッシングクロー】ではこうはいかない。

 今の一撃よりも威力は低く、体のどこかに当たればいいという程の精度の悪さ…、何より、アレッドの放った槍に纏われた魔力の衣は、まさに本体の槍を覆うもう1本の槍と化していた。


 1回の攻撃に見えて、その投擲は、魔力の刃による一撃から、さらに槍本体の一撃の二段構えだ。

 魔力の刃を防げても、本体の二撃目で体勢が崩される…、一撃目で崩されていたらもう論外だった。

 そうなっては、彼の…クンツァの憧れたこの時は崩れ去っていた事だろう。


「ハアッ!!!」


 距離を詰めたクンツァは剣槍を横に薙ぐ。

 アレッドはソレを後ろへと飛び退く形で避けた。

 しかし、まだ彼の攻撃は終わっていない。

 さらに一歩前へと踏み出し、その足を軸に一回転…、剣を振った勢いを乗せ、さらにもう一回転からの一薙ぎが飛んでくる。

 後ろに飛び退き、体は宙を跳ぶアレッドは、地面につかぬ足では避けられない…と、体を後ろへと倒す。

 クンツァの剣槍が、アレッドの空中で仰向けのようになった体ギリギリをかすめた。


 クンツァはその二撃目が終わる時には、既に三撃目の踏み込みを終えている。

 さらにもう一回転。

 ソレはドラゴンナイトとは別の、ジョブ「ナイト」系列2種の戦闘スキル【トゥライスエクリプス】、三連続で放たれる回転斬りだ。


 並みの兵士なら、これらは避けるのではなく防ぐ、余程身軽さに自信を持ち、素早さ自慢のモノでもなければ、その連続攻撃を避けきれない。

 二撃目の時点で、クンツァの目には体勢を崩しているように見えた…、得物を失い、防御もままならないアレッドは、次の三撃目で終わる…、そう思いもした。

 だが、クンツァが三撃目を薙ごうとしたその直後、その目に映ったのは、手に槍を持ったアレッドの姿だ。


 体は宙にあっても、クンツァの姿をしっかりと捉えたドラゴンナイトが、目の前にはいた。

 手に持った槍を地面に突き立てて、自身の体の位置を正す姿。

 クンツァが振った剣槍が叩いたのは、アレッドではなく彼女の槍、彼女は槍を持って逆立ちするように体を上に持ち上げる…。

 それは、まるで槍が体の一部であるかのように、ごく自然な動きだった。

 そんな体勢から、地面に刺さった槍を軸に回転し、その勢いの乗った状態で、その腹目掛けて突進する。

 さながらドリルキックだ。


「ガハッ!?」


 クンツァの体がくの字に曲がり、後ろへと飛んでいく。

 アレッドは彼の腹にめり込ませ、クンツァを足場に後ろへと跳ぶ。


「ぐッ…」


 クンツァが地面に体を打ち付けつつも、体勢をすぐに立て直した時、アレッドは空高くにいた。

 【エアリアルグラウンド】、光る足場を作り出し、クンツァ目掛けて突っ込んで行くその瞬間だ。


 槍を構え、クンツァ目掛けて突っ込むその刹那のアレッドの姿は、光る足場が後光となって、竜を…ドラゴンを祖に持つ竜族クンツァにとって、とても神々しい姿に映った。


 クンツァの歳は500を優に超える。

 「神同士の戦争」後の新生歴にて生まれ、戦争によって最もマスタージョブを持つモノがいた時代…、その勇姿を見る機会が多く、幼いなりに目へ焼き付けた彼にとって、その存在は、自身が目指すべき頂でありつつも、同時に越えられない壁とも思えていた。

 日々修練に明け暮れ、腕が引き千切れんばかりに槍を振り、脚がもげんばかりに何度も地を蹴った…がしかし、マスタージョブには至れなかった。

 その空を舞う姿、相手を穿つ槍の鋭さ…、そのドラゴンの名を関する力に憧れた…、だがなれない…得られない…。

 ドラゴンナイトに憧れ、自身を鍛えに鍛えぬいて、その修練が100年を超えた時、その資格が自分に無いのだと絶望した…、だがもがき続けた。

 そのジョブを得られなくても、その強さの頂に手が届くのなら…、ジョブにこだわらず、ひたすらに研鑽を重ねる日々を過ごす。


 何年、何十年の月日が流れ、手に持つ得物は槍から剣槍へ変わり、ドラゴンナイトを目指して鍛えていたスキル以外にも、貪欲に貪るように、多種多様なジョブのスキルを模倣したAスキルを習得していった。

 国の兵となり、隊長となり、時にこの国には彼奴がいる…と他国にとって畏怖の対象にもなって、得た二つ名は「白紙」、どんな戦場にあっても、どんな色にも染まり戦い抜く、どんな色にも対応し、一度姿を表せば、盤上を白紙に戻す…、だからこその白紙。

 その事もあって、力がある事、マスタージョブを得る事は出来なかったが、その頂に届く力を手に入れたと思った、思っていた。


 しかしそれこそが甘かった。

 国に死刑宣告を受け、隷属化と共に、文字通り掻き立てられながら、ひたすら迫りくる魔物を狩る時間。

 どれだけ狩っても狩っても狩っても狩っても、終わる事のない戦い。

 自身が今進んでいる道が死地へと続く道だと知りながら、ソレを拒めぬ、民草の為に拒む事も許されぬ、ひたすら戦って、ドラゴンモドキが現れた時、いよいよ終わるのだと思った。


 ただの一撃ではその硬い甲殻を砕けない。

 その時、彼の脳裏に過ったのは、ドラゴンを狩るドラゴンナイトの戦う姿だった。

 こんなモドキ…偽物とは比べ物にならない強さを誇るドラゴンを屠る姿は、まさに空に君臨する強者だった。

 それに比べ自分はどうだ…と、自分は強くなったと息巻いていたクンツァは、自分自身が哀れで仕方なかった…、同時に、その無駄な足掻きがついに終わる…と、肩の荷が落ちた感覚すらあった。


 昼夜問わぬ戦いに、肉体は限界を迎えていた…なんてモノは、言い訳に過ぎない。

 自身が、ただの一撃で叩きのめされたこの事実こそが、全てだ。

 武器は砕け、起き上がる気力すらなくなった…、自分は弱かった。

 残っていたのは、隷属化の命令による民を守り進め、それを実行しようという衝動だけだ。

 動けぬ体で、死に物狂いになって、その戦いを見る事しかできない自分は、とてつもなく哀れで、惨めだっただろう。


 しかし、その瞬間のクンツァの胸の中には、ついさっきまで抱いていた終わりへの安堵感は無かった。

 脳裏で叫ばれる命令で見せられた民達の姿をみて、そこにあった光景が、無残に血肉も撒き散らす民草の姿ではなく、ドラゴンモドキと戦う者の姿であった事で、もっと強く熱い、でも小さな、ほんの小さな火種が灯っていた。


 ドラゴンモドキを圧倒する槍使いの姿、いや、その動きを見て、すぐに理解する。

 その槍使いが、ドラゴンナイトであると…、幼目に焼き付けたドラゴンナイトの勇姿と重なった。


 そして、自身の「眼」によって、ソレが普通の人間でない事も、同時に気付いた。


 クンツァの目は特殊なモノである。

 【計測の眼】、常人には見えないモノが見えるようになるAスキルの1つで、修練をする事でオンとオフができるようになるモノ、その眼は、魔力を見計って、その質と量を知る事の出来る力を持つ。

 単純な力ではあるが、その眼で、その相手の質や力を推し量る事の出来る、シンプルだが、それ故に強力を持つモノ…。


 クンツァの眼は、しっかりと、そのドラゴンナイトの魔力を見た。

 常人とは比べられない程の魔力量、そして魔力は、まるで産まれたての赤子のように、純粋で、穢れの無い澄んだ赤色をしていた。

 魔力自体が、生きているかのように渦巻いて、どこまでも従順だった。

 周囲の魔力が、自分から率先して仲間になろうとしているようにすら見えた。

 そんな事ができるのは…、神の子…、魔力の制御を、神から直々に力を与えられた者以外にあり得ない。


 精霊…。


 その神々しい姿に魅せられ、自身の頭の中で喚き散らしてくる怒声をねじ伏せて、そのせいで全身を襲う苦痛を耐え抜き、己が意思で動く。

 仲間が手を上げるのを止め、このお方の為に…、このお方のように…。


 アレッドの攻撃は、ドスンッと砂塵が柱のように舞い上げ、地面を穿ち、ヒビを走らせた。

 クンツァは、彼女の蹴りで腹部に痛みが走る中、ココでは終われないと鞭を打ち、横に転がる様にソレを避けていた。


 投擲された槍を受けた時、その瞬間には、クンツァは、自分の身の程を理解していた。

 自身がその領域に、指のひと欠片すらひっかけられていない事を理解していた。

 この数百年で、自分は強くなった…などというおごりは投げ捨て、その力の一端でも見る事ができたなら…と、剣槍を握る。

 勝てるかどうかではない、どこまで自分がやれるのかを知るための戦いだ。


「ダアアァァーーッ!!」


 相手に向かって、左右から斜めに槍を振り下ろすドラゴンナイトの戦闘スキル【ビートテイル】。

 ガンッガンッ!…と、クンツァの剣槍は弾かれる。


「グッ!?」


 アレッドもまた、まるで見せつけるかのように、クンツァとは反対方向に飛び退きながら、【ビートテイル】を放っていた。

 しかし、その姿は、クンツァが放った振り下ろしの連続斬りとは違う、槍を長く持ち、まるで鞭でも振るわれているかのように、しなって見える槍が、下から上へと、振り下ろされる剣槍を弾き返す。

 その攻撃で体勢が崩れたクンツァの横腹に、彼が二撃しかしなかった【ビートテイル】の三撃目が炸裂する。


 【ビートテイル】、ファンラヴァでは範囲攻撃用の戦闘スキルだった。

 持ち手を石突き付近で握る事で、槍を長く持ち、攻撃範囲をカバーする代わりに、攻撃スピードと攻撃力そのモノの低下するモノだ。

 とはいえ、隙を付いたその一撃は、能力差のあるクンツァには致命的だった。

 横に叩き飛ばされ、転がりながら体を地面に打ち付ける。

 体勢が完全に崩れ、さあ攻撃してくれ…と言わんばかりにがら空きなクンツァに向けて、最後の攻撃を放つ。


 【エンガーズクローエッジ】、槍に魔力を纏わせ、一刃で3つの刃を放たせる付与系の戦闘スキルだ。

 当然、ソレを直撃させるつもりはない…が、戦いの終わりを演出するためにも、コレを受けていたらお前は死んでいた…という意味で、【ビートテイル】を放つ持ち方のまま、痛みに体を歪めながらも、立ち上がろうとするクンツァへと振り下ろす。

 槍の切っ先は、彼の横スレスレを通り過ぎ、地面へと刃痕を3本刻みつける。


「・・・まい…りました…」


 たらり…と、クンツァの額から、一滴の汗が…流れ落ちた。


 ふぅ…と息を付いたアレッドは、自身の横にできた刃痕を眺めるクンツァに向けて、手を差し伸べる。


「案外楽しいもんだね。こういうのも」

「え…あ…はい、そうでありますな。・・・ツッ!?」


 アレッドに手を引かれながら、立ち上がろうとしたクンツァの顔が歪む。

 それも当然だ。

 体が飛ばされる程に、槍で強く叩かれたのだから。


「あ、ごめん。回復しよう」

「いえ、大丈夫です。骨がダメになっている訳ではないようなので、今は…、この痛みを今後に活かしていきたいと…」


 立ち上がったクンツァは、アレッドに向かって深々と頭を下げた。

 クンツァは幾度か深呼吸を挟み、呼吸を整えてから話を始める。


「所で、戦いの中で、体を流れる魔力を感じる事ができましたかな?」

「ん~、そうだなぁ~」


 アレッドは、戦いの中の自分の体を思い出す。

 戦い始めてみると、なんだかんだ調べる云々に回す意識は欠如して、戦いに集中してしまった。

 しかし、思い当たる所もある。

 体を動かせば、熱が籠って暑くなる…、それに似ているようで似ていない…、不思議な感覚を、アレッドは戦いの中で感じていた。


 それはまるで、ぬるま湯が肌の腕を流れるような…、ドライヤーから出る熱風が肌を撫でるような…、そんな感覚が、戦い始めて体の中を巡っていた。

 特に、ジャンプする時、攻撃する時、スキルを発動する時に、ソレを感じる事が多くなったように思う。

 特に最後に使った【エンガーズクローエッジ】、アレはそもそも魔力を使って発動するスキルで、ソレを使った時が、一番感じた…、特に槍を握っていた腕部分で…、暖かいというよりも、もはや熱さを感じる程に…。

 それをクンツァに話すと、まさにソレが魔力であり、魔力が流れている証拠だと、彼は答えた。


「では、改めて」


 そう言って、クンツァはアレッドに向かって手を差し出す。


「なに?」

「手を握ってください。我の方から、あっちゃん様の体内へ魔力を流し込みます故、その感覚と、先ほど戦いの中で感じたモノが一緒かどうか、確認してみてください。同じならば、ソレは確かに魔力だった…と言えるでしょう」

「・・・」


 なるほど、そういう確認の仕方もあるのか…と、アレッドは感心したが…、同時に、当然の終着として、それでわかるなら戦う必要などなかったのでは?…という結論に至る。


「いえ、戦いは大事ですよ。自分から魔力を動かす事と、誰かに魔力を動かしてもらう事は、似ているようで全く異なるモノでございます。であるなら、まずは自身で魔力を動かす事をしてもらい、ソレが正しいかどうか確認するために、ソレを相手にしてもらう…この流れが、大事なのです」


 クンツァはもっともらしい事を言った。

 そのの言い分は、確かにアレッドも首を縦に触れるモノだったが、どうにも疑いが払拭できない。

 当然と言えば当然なのかもしれない。

 戦うこと以外にも、自分で魔力を動かす方法はあるのだから、精霊であり、全ジョブを得ているアレッドなら…尚更…。


 そんな2人の姿を、アパタやコボルトたちの集まりとは、別の位置で見ている影があった。


『ぐぬぬぬぬ…。ちょっと目を離していた隙に…。あっちゃんが木槍とかを作りたいって言っていたのは、こういう事だったのね…。くぅ~…、あっちゃんに魔力の事を教えてあげるのは、お姉ちゃんの役目だったのに…、よくも…』


 その影はこの精霊湖の主。


 そんな主は、アレッドの方に視線が釘付けで、自身が見られている事に、気づきもしなかった。


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