第14話…「やらないよりやって後悔と言うけれど、どっち選んだって後悔するんだから、とりあえずヤレッ」


――――「迷いの森の洞窟前(昼過ぎ・晴れ)」――――


 元々スライムがラピスを仲間になりたそうに見ていたため、彼女の支配下にすんなりと入り、契約獣となって、アレットたちは洞窟を出た。

 ヘレズは、上司からの喝に怯み、電話を切っている。



「どうやってスライムを運ぶ?」



 スライムは一般家庭のお風呂1杯分の大きさだ…、到底ハティの背中にアレッドと相乗りできるような大きさではない。



『問題ない』



 ラピスがそう言うと、アレッドの胸元付近に魔導書のような本が1冊、ポッと瞬く間に表れる。

 アレッドはその本に見覚えがあった。



「これ、【魔物図鑑】か?」



 それは使役したモノを保存しておくための本…、ビーストテイマーの固有アビリティ【魔物図鑑】だ。

 ラピス本人がいなくても、白蛇と感覚を共有している事で、本人がいる…と判断されているのか…、本人のいない場所に現れた図鑑に、ファンラヴァとの感覚の違いから、アレッドは戸惑った。

 魔導書は、保存しておく…というが、契約獣も本の中にしまう…封印する…入れておく…、言い方は人それぞれで、ようは出し入れする事ができる。

 困惑から苦笑を浮かべた…そんな時だ。


 ドカアアァァーーンッ!!


 けたたましい爆発音が、空気を震わせ、ソレに驚いた鳥たちが空へと羽ばたいて行く。



「なにごとッ!?」


『さっき話した場所で魔法が使われたみたい』


「魔法…だと?」



 さんざんAスキルだので、超常現象を目にしてきたアレッドだったが、魔法という響きは何処か、中二心をくすぐられる。



『なんでそんなに驚いた顔をしているの?

 あっちゃんも魔法の1つや2つ使えるでしょ?

 全部のジョブを使えるんだから』


「それはそうだけど…。

 なんかこう…魔法が原因です…て問題の要因として、その単語が出てくる事に胸躍るって言うか、気分が高揚するんだよ」


『ん~…、この世界以外の記憶があるからこその感覚?

 私にはちょっとわかんないけど』



 それでもいい…、アレッドはこの胸躍る感情…その余韻に浸れればそれで…。

 しかし、問題も1つ出て来た。



「世の中には、勝手に魔法を発動する自然現象とかが存在するの?」



 魔法…どう考えでも人為的な響きのある言葉に、高揚していた感情も徐々に鳴りを潜めて、不安が募っていく。



『まぁそう言う道具はあるらしいけど、そんな人工物がこんな樹海の中にある訳ないじゃない?』


「ですよね、うん、知ってた。

 不法投棄だってこんなに森の奥まで来ないもんね。

 …てことは…」


『人がいる。

 そいつらが来た方角からして多分北だから…、人は人でも魔族かな。

 向こうは魔族領になってるから』


「…魔族?」



 創作物の中で、大体敵側に位置する種族、作品によっては味方側な事もあるけれど、第一印象としては怖いモノを彷彿とさせる。



『そんな怖がらなくてもイイって。

 生まれの成り立ちとか、見た目が違うだけで、結局は人と変わんないから』


「・・・そ…う。

 人…ひとか…」



 アレッド自身も精霊である事を除けば、前世基準で行けば、人非ざる角や尻尾、その他諸々がある。

 それに、ココはファンラヴァが元になった世界、あの世界での魔族は、見た目こそモンスター…魔物に近い者が多かったが、それでも言葉を交わし、主人公達と交流を深め、仲間として戦ってくれる部族も存在した。



「そう…、敵とは限らない」



 結局、ラピスの言う通り、見た目の違いはあれど人と変わらない。

 深呼吸も挟んで、だいぶ心が落ち着いてくると同時に、別の不安が顔を覗かせる。

 魔法を使った事実…、異常な魔力量の方へ魔物が向かって行ったという事実、人が…魔族が襲われている可能性…。



『精霊とも魔力の質が違うし、本当に魔族だと思う。

 度胸試しとか、修行の類でたまに入ってくる輩がいるけど、北から来るにしてはさすがに距離が離れてる』


「つまり?

 ごめん、ウチ、まだ世界が狭くて、よくわからない」


『訳アリな可能性があるって事、ソレに…』


「それに?」



 一瞬、ラピスは口ごもる。



『人の数は1人や2人じゃない。

 戦ってるのは2人、それ以外に何人もいるのに戦ってない。

 その人達はむしろ逃げてるだけ、悲鳴も聞こえる』


「・・・」



 訳アリ…、ラピスの話をそのまま聞き入れるなら、逃げてる人達を、2人が守ってる図にしか思えない。



『正直な事を言わせてもらうね。

 私はあっちゃんに行ってほしくはないわ。

 行けば必ず命に係わるモノを目にする事になるし、あっちゃん自身からも、お母様からも、そう言うのは嫌って聞いてるから。

 自然の営み、弱肉強食は世の常で、弱い者が強い者に食べられる。

 世界の何処でも起きている事が、ここで起こっているだけ』


「うん、そうかも」



 自分はどうしたいのだろうか、アレッドはわからなかった。

 何が起きているのか見に行きたいと思う感情はある。

 でも、ソレが正義感から来るモノかはわからない…、それこそ、事故現場をスマホで撮影するような、最低な野次馬根性から来ているかもしれない…、アレッドは、前世でそういう場面に遭遇した事はないが。



「何の恩も無い赤の他人だ」



 ヘレズのおかげで、アレッドの能力はそんじょそこらの相手には負ける事はない…、でも絶対ではない…、それはラピスが証明した。

 なのに自分の命を危険にさらすのか…と自問自答する。



「でも…」



 もちろん、誰かが不幸だから自分が幸せにしてあげなきゃ…なんて正義感で動くつもりは毛頭ない。

 赤の他人にそんな事してやる義理が無い事もわかっている。



「気持ち悪い…」



 アレッドはポリポリと自身の頭を掻く。



「相手が悪人なら良し、それで終いだけど、ソレが善人だったりしたらもう…後味が悪くて悪くて…、しばらく引きずって、そして時折思い出してはテンションを下げる事になる」


『他人に気を使い過ぎじゃない?』


「関わらなかったら、ソレはソレで何かがあった…、その詳細が気になる…、モヤモヤする」



 我ながら面倒な性格だ…とアレッドは溜め息を吐く。



「相手の為に動くつもりはないけど、今回は自分の為に動こうか」


『でも、生き死には嫌なんじゃないの?』


「嫌だよ?

 自分の死ももちろん嫌だし、動物でもなんでも、命を奪う事は気分を暗くさせる。

 でも、この世界で生きていくなら、絶対に避けられないし、常に隣り合わせ、それはもう他人事じゃない」


『それは…そうだけど』


「だから、場数を踏んで少しでも慣れようと思う」



 この世界で生きていくなら、動物なら食料として命を奪うのは当たり前だ。

 前世でもその前提はあったが、加工されたモノが当たり前であり、自分で加工云々をする事はなかったから、前提などあってないようなモノ、その辺の事に対しての免疫なんぞ、アレッドは持ち合わせていない。



『全部を避けては通れないだろうし、お姉ちゃんは賛成だけど…いいの?

 もしその魔族が悪人だったら、始末するけど?』


「んぐ…」



 魔族…、人と変わらないと言われているなら、見た目が魔物でも、ソレは人としてカウントされる…か。

 別に始末する場面に立ち会う必要もないだろうが…、しかし、ココはやるしかあるまい…、アレッドはラピスの質問に頷いた。



『そッ、まぁお姉ちゃんも、あっちゃんが自分の成長のために頑張るのなら、応援するわ。

 じゃあ、ちゃっちゃと行こ?』



 いつまでも放置されていたスライムと、ビーストテイマーの魔物図鑑、スライムが光に包まれ、光と共に、図鑑へと吸い込まれていくと、先ほどまでスライムがいた場所には、そこにいた痕跡とでも言えばいいか、地面が濡れた状態で残るだけだった。



『じゃあ、行こうか』



 ラピスは、魔物図鑑をしまい、少しだけきつめにアレッドの腕に巻き付く。

 アレッドは、ハティにまたがると、未だに遠くから響く爆発音に向かって、進んでいった。



――――「迷いの森(昼過ぎ・晴れ)」――――


 ドカンッドカンッと幾度となく響く爆発音に向かって足を進めれば、爆発とは別に焦げ臭い臭いが鼻へとかすめる。

 音に加えてこの臭いもあって、アレッドは目的地に迷う事はないだろう。

 敵意を持つモノも、ラピスがいれば自分が気にする必要は無く、戦闘に集中できる。



「姉さん、蛇をウチじゃなくてハティの方に移動させといて」


『は~い』



 山の中を移動し、激しく動く中で、蛇は器用にアレッドの腕から離れると、黒銀狼の首へと巻き付いた。

 山を1つ越え、今は深い樹海の平地を進む。


 山を挟んだ先にいたアレッド達の元まで、その衝撃を届かせる魔法を使うぐらいだ…、戦闘の規模はかなり大きく、なかなかに手練れの魔法使いがいる…とラピスは言う。

 それを聞いて、アレッドは恐怖で体を震わせた。

 離れた位置からでもわかる衝撃、ソレはアレッドにとって未知の衝撃と言える。

 映画やゲームの世界…、フィクションの世界でなら見たとはいえ、ご都合の中、ソレを受けた味方が生きている…なんて事もザラで、いまいち、その衝撃が、自身へと及ぼす被害に見当もつかない。

 それでも、鼻に香る焦げた臭いは、生き物としての本能か、それだけでも恐怖を覚えるには十分なモノだ。



――――「迷いの森・焦げた戦地(昼過ぎ・晴れ)」――――


 太い木々達の間を抜け、見えた先には、至る所で燃え盛る炎の中、巨大な魔物に襲われる集団があった。

 状況を確認しようと、ボウハンターの索敵範囲ギリギリで止まり、その様子を確認する。

 アレッドが止まった場所は、まだ大きな木々が残っているものの、集団の周りは、強い力で薙ぎ倒された木や、黒焦げで炭になった木、今もなお延焼し続けている木々で、戦闘の広さを物語るように、周りは地面も至る所が、衝撃により掘り返されたり、黒焦げになったりしていて、もはや木材の残骸が残る更地に近い。


 大人の女性に見える人が1人、明らかに人には見えずとも武装して巨大な魔物に立ち向かう人が1人…時折上げる雄叫びから…きっと男、その2名が、他の人間…ざっと見ても10人ほどを背に、守る様に魔物と戦っている。

 守られている人達は、正直言って、遠巻きからは人として見るには無理があるシルエットをしているのだが、皆が頭を抱えて姿勢を低くしている辺り、戦えない非戦闘員である事は確かだ。


 襲っている巨大な魔物は、全体にでっぷりとした体をして腰布しか巻かない半裸状態、節々に苔が生え、場合によってはキノコまで生えている他、肉というよりも樹木のようになっている箇所もあり、ソレは主に肩や腕に集中している。

 巨大な人と言えばまだ聞こえは良いが、ラピスの話では、アレは魔物…トロールの系列に類するモノらしい。

 身長は目算で3メートル前後、横幅もビックリな程に広く、その腕は丸太のように太く、手にしている得物も、そのまんま丸太や棍棒だ。

 それが4体、集団に襲い掛かっていた。


 その図体で持って、攻撃力は相応の破壊力、それでも、今もなお生き残っているのは、あの戦っている2名が優秀故か。

 燃えて煙を上げている中には、木だけでなく、それ以外の何か…生き物の死骸も含まれている。

 小さいモノもあれば、既に倒されているトロール系の魔物も…、燃やされただけでなく、普通に何かしらの方法で絶命させられた個体もいるようだ。



『それにしても珍しいな~。

 「ウッドトロール」があんなに群れを成して獲物を襲うなんて』


「ウチには、何が珍しいかわからないけど、トロールは群れないって事ね」


『そうそう。

 あいつら図体は大きいけど、頭は小さくて、知能は大して高くない。

 下手をすればその辺の子供以下、頭に脂肪が詰まってるのよ』


「酷い言われようだ」


『とにかく、そんなだから群れを作って狩りをするって頭は無いし、むしろ逆で他のトロールは、自分のご飯を奪う敵って考えの方が強いの。

 一か所に集まろうものなら、獲物そっちのけでお互いに殺し合うのが常って感じ?

 だから個体数が増えないんだけど…、まぁそうでないと力だけはあるから、他の生き物が食べ尽くされちゃうんだけど』


「じゃあ、丁度良くバランスが取れてるって訳だ」


『そうね。

 でも、その力は本物だから、そんな連中が集まってたせいで、私の契約獣もここに近づきたがらなかったのよね』



 それだけ危険な連中が、ならどうして、徒党を組んで人?を襲うのか。

 疑問にこそ思ったが、アレッドは何となく原因がわかっていた。



「アレか…」



 彼女の視線は、頭を抱えて姿勢を低くしている非戦闘員へと向けられた。

 戦う事も出来ずに体を震わせている者達、だがその人?達を見ていると、無性に空腹感を刺激される。

 それに加え、まるで焚火の上部分が熱で歪むのと同じように、そんな人?達の周囲が、ユラユラと歪んで見えた。

 明らかな異常、自分の目がおかしくなったのか?…と何度か瞬きしたり、揉んだり擦ったししてみたが、何度やっても見える。



『大丈夫大丈夫、あっちゃんは何処もおかしくないよ』


「じゃあ、姉さんにもアレが見えてるの?」


『うん。

 どうやってるかはわからないけど、あの人達が周囲の魔力を強い力で吸収して、歪んで見える感じ?

 道理で異常な魔力量を感じる訳ね。

 ここら辺一帯の魔力濃度が異常に低い。

 それだけ魔力を吸収してるんだ』


「よくわからないけど、あの人達が意図的にやってるのか?」


『ソレはわからない。

 でも、少なくとも、トロールに襲われている原因がソレなのは確かかな。

 トロールが、ライバルの事なんて気にしてられないぐらいの魔力を抱えてる』



 言う事を聞かない馬の顔の前に、ニンジンを吊るして思い通りに操る…という感じのモノだろうか。



「なんにしても、命知らずだね」


『そうね~。

 森を舐めすぎ』



 何かの実験か、それとも修行の一環か…、アレッドは、この状況に理解が及びきらずに、頭を捻る。


 トロールが、丸太程の棍棒を振り下ろすが、男?はその手に持った剣槍で、ドスンッと足が地面にのめり込みながら、ソレを受け止める。



『はあああぁぁぁーーーッ!!』



 男?もそれなりに大きく、身長も2メートルはあるだろう。

 そんな男?は、トロールの棍棒を力一杯押し返す、体中から熱気が溢れかえるかのように、男?の体から、赤い靄にも似た魔力が溢れ出した。



『だぁーらあああぁぁぁーーーッ!!!』



 弾かれる棍棒、体勢を崩すウッドトロール、その懐に向かって、男の剣槍が振るわれ、横薙ぎは、風を斬り、皮を斬り、肉を斬る。

 ドバッと溢れ出す臓物を、剣槍で絡め捕り、横から迫る別のウッドトロールの顔に向けて払い飛ばす。

 目に入り、口に入り、同族とは言え、ライバルであるトロールの血肉を、まるで汚物を吐き捨てるように、慌てて手で取ろうとするトロールだったが、そうこうしている内に、その胸を剣槍の切っ先が貫いた。


 男?の咆哮は、まるで自分を奮い立たせるかのような、とても力強いモノだ。

 それは、まだ俺は戦えるぞ…と周囲の者達に伝えるものだったに違いない。


 非戦闘員は、それで安心できるかもしれない…、このいつ喰われるかもしれない状況で、自分達は助かるんだ…と思えるかもしれない。

 別の戦える者は、アイツがあれだけ元気でやっているのなら、こっちも頑張らなきゃ…と思ったかも…。

 女?は霞む視界の中、おぼつかない足でも、何とか立ち続け、目の前のトロールに向けて呪文を唱え始める。



『大いなる赤、力の象徴たる剣よ…』



 振り下ろされる棍棒は、透明な光る壁に阻まれ、女?を害する事ができない。



『我、その力にて望むのは、立ち塞がる愚か者を焼き尽くす事のみ…』



 透明な光る壁…結界が、棍棒を叩きこまれる度に、悲鳴にも聞こえるガンッガンッという音と共に、亀裂が広がっていった。



『我が魔力を持って、全てを焼き尽くす炎獄の柱を築き上げよッ!』



 パリィッと結界が割れ、まるでガラスが割れたかのように、結界の破片が舞う。



『【フレイムピラー】ッ!』



 続けて襲い来る敵、その足元が眩い光に包まれると、瞬く間にドカンッという爆発音と共に、爆炎を舞い上げ、溢れ出した炎が2体のトロールを呑み込む。


 トロールが持っていた木でできた棍棒など、一瞬にして燃え尽き、悲鳴と共に、ドスンッとその内の1体が倒れた。

 天高くそびえ立つ炎の柱、ゴーゴー…ボーボー…としばらくは燃え、魔法に注がれた魔力が使い切られて消えようとしている。



『はぁ…はぁ…はぁ…』



 女?は息も絶え絶えだ。

 肩を揺らし、今にも倒れそうなのを、根性でそうなるまいとしている。


 赤く白く…、熱を感じさせる炎の柱の色に、黒い影が現れる。

 ボウッと、その炎から、全身が焼け、もはや炭になりかけている箇所すらあるトロールが、女?に向かって掴みかかった。



『…ッ!?』



 もう終わった…と、自身が思っている以上に気の抜けていた女?は、身構え、結界を張ろうとするも、間に合いそうにもない。

 そこに割って入ったのは男?だった。



『うおおぉぉーーーッ!!』



 女?を掴もうと伸ばされた腕が、血肉の影響で切れ味の落ちた剣槍で叩き斬られる。

 刃は、もはや斬るというよりも、叩き千切るという方が近いかもしれない程だ。

 ブチッと肉の断たれる音が、切れ味の落ちた事を証明し、男?は自身の不甲斐なさに苦虫を噛み潰す。


 最後の一撃は、斬る…というよりも叩き倒すに近い有様だった。

 極限の疲労に、足腰は弱り、腕に力が入らず、剣槍を振るう度に、今度こそ腕が千切れるのではないか…と錯覚すら覚える…、全身が軋み、痛みが走る…。


 男?は倒れそうになる体を、咄嗟に地面へ剣槍を突き立てて、体の支えにする。

 視界がぼやけ、意識は無へと解けそうになるのを、頭を振って何とか維持するが、彼も限界が来ている事を察していた。



『・・・』



 疲労を隠し、取り繕う事も出来なくなった。

 戦闘が終わり、自身の守るべき者達が、恐る恐る顔を上げる。

 怪我はない…、その事に安堵するが、その首元に付けられた首輪の放つ黒い光が強さを増している事に、その無情な状況に胸を締め付けられた。


 守るために襲い来る魔物達を倒すが、ソレがこの者達の危機を呼び寄せる。

 魔物が襲って来ずとも、その危機は確実にやってくる。

 遅かれ早かれ、これではこの者達は「死んでしまう」…、いや、死ねと言われてここにいるのが、申し訳なくて、恐怖に飲み込まれながら、そんな環境で延命してやる事しかできない…、無意味な助けしかできない現実に、悔しくて仕方なかった。


 押し寄せてくる魔物は退けた。

 男?も女?も、そのほんの僅かな休息に、少しでも体力を、魔力を回復させよう…とするが、その顔はひたすらに暗い…。

 自分の意思でこの場にいるというのに、自身の無力さに打ちのめされる


 助けたい者達は、何より危険を呼び寄せる撒き餌でしかない現実。

 その行動に後悔は無くとも、この行為に意味があるのか、自問自答をせずにはいられない。


 ドスンッドスンッと、聞こえる足音とも思えない足音に、男?も女?も、全身をこわばらせる。

 遠くの方でバキバキッと木々が折れる音も聞こえて来た。

 何かが来る…そう誰もが理解する。



『結界と魔法の詠唱を…』


『わかってる』



 男?は、剣槍を構える。

 女?は、とっくの昔に底を付いた魔力を、自身の命からも絞り出し備える。


 ドシャンッと正面の木々達が宙を舞い、立ち上った砂塵をかき分けて、巨大な魔物が現れる。

 大きさこそトロールと同じぐらいだがしかし、それも高さだけで、全長を考えれば、何倍もある

 男?は神の下す試練に最上級の恨みを抱き、女?は振り絞っていた勇気をへし折られる衝撃に悲鳴にならない悲鳴を上げた。



『だらあああぁぁぁーーーッ!!!!』



 男?が、雄叫びと共にその魔物へと突っ込んで行く。

 魔物は、トカゲと蛙の中間のような姿の、図太い体を持つ、「巨大なトカゲ」、岩石と見紛う甲殻を全身に張り巡らせ…「ドラゴンモドキ」と呼ばれる怪物。

 さながら超大型トラックが突っ込んでくるかのように、巨体が男?達に向かって走ってくる。


 向かってくる男?目掛け、振り下ろされる前足は、ドスンッと地面へ亀裂でも入れるかのようにめり込み、高々と砂塵を舞い上げる。

 ソレを避けた男?は、そのめり込んだ足目掛け、剣槍を振るう。

 しかし、その結果出るのは赤い血しぶきではなく、カーンッと空しくも鳴り響く、甲殻を叩いた自身の剣槍の音だけだった。

 むしろ、限界に近かった腕は、振るった剣槍が刃を通せずに止まった衝撃で、岩で叩かれたような痛みを走らせる。



『ぬッ!?』


『クンツァッ!?』



 攻撃を止められた反動、腕の痛みも相まって、動きが止まる男?へ、魔物の前足が振り薙がれる。

 素早く剣槍でガードするも、体も武器も、両者ともに満身創痍な状態では、防ぎきれるモノは無く、剣槍の刃は砕かれ、体はその辺の石ころを蹴り飛ばすかのように、前足によって叩き飛ばされた。


 魔物は、邪魔者は居なくなった…と、再び目の前のご馳走に向かって動き始める。

 女?は再び炎の柱を作り出す。

 魔物の巨体を炎が呑み込むけれど、トロールを屠った時のような火力は出ていない。

 限界だった、それでも、その辺にいる魔物なら、容易に絶命に至る火力はあったはず…、しかし、相手は足を止める事も無く歩き続ける。



『まだ…』



 これ以上は自身の命に係わる…、それがわかっていても女?は、歯を食いしばって、魔物を睨みつける

 どうせ死ぬ…、そんな言葉を、もう覆しようがない程に頭が理解し、峠を越えたのか、一週回って体のこわばりが消えた。

 そうなろうと…、力が尽きている事に変わりは無いけれど、最後の最後まで、自分の決断に背を向けないために、文字通り命を賭けて、呪文を唱え始める。


 獲物を潰さんと振り上げられる前足、女?は、ソレを恨めしそうに見続けた。

 どんなに早く呪文を唱え、魔法の形を作ったとしても、間に合わない…、それを理解してしまったから…。



『…ッ!?』



 どれだけ取り繕っても、その瞬間までは無理だった。

 恐ろしくて恐ろしくて…、魔物が…死が…迫る恐怖に負けて、その目を閉じる。

 しかし、ソレは訪れなかった。

 バキンッ!という音と主に、相手がよろめく音が聞こえた。

 目を開ければ、そこには体を後ろへとのけ反らせるドラゴンモドキの姿がある。

 その顔や胸付近に、まるでガラスを投げ割ったかのような、光る破片が舞う。

 それでも、ドラゴンモドキはまた動き出そうとした時、強い衝撃音と共に、その巨体の顔に、槍を突き立てる存在が一瞬で現れて、女?は、その存在に目を奪われた。


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