第23話 入れすぎ

 こんなものかなとメモを見返して、気付いたことがある。


「これ災害時非常持ち出し袋じゃないか?」


 懐中電灯に雨具、絆創膏消毒液と軟膏に水と携帯栄養食それにチョコレートと飴。水筒と金属製カップとラップ。軍手にヘルメット、笛にマスクに着替えが数セット。バスタオルフェイスタオルハンドタオル数枚。紙石鹸とマウスウォッシュ歯ブラシと歯磨き粉さらにフロス。

 ついでに敷布団と掛け布団タオルケットと毛布そして枕。お気に入りのクッション5個。その他諸々。

 入るからって入れ過ぎではないか? なんと重さも変わらなかったので調子に乗ったのは理解している。


 話を聞いて受けた外の印象と実際に俺が自分で見てみた外の環境は違いがあるはず。なので準備をしすぎということはないだろう。ということにした。

 はじめの方はしっかりと何を入れたかメモに書いていた。しかし途中で嫌になったので書いていないものも入っている。つまり既に忘れているものが入っている。

 食べ物は何が何でも書いたので腐らせることはない。それだけは嫌だ。


「この寝袋使うことがあるのか?」


 中に布団が一式入っているというのにリュックの上に寝袋が乗っているのがなんだか可笑しい。寝袋に包まってさらに布団の中に入ることが可能だ。ふふふ。

 そんな風に使う時が来ればいいようなそんな時は来ないでほしいような。そもそもこのリュックを持ち出す日は来るのか。

 使わなかったらおうちキャンプみたいにすると楽しいかもしれない。


「あ。キャンプにはテントがいるな」


 そして出てきたテントにハンモックに飯ごう、マッチ。メモに描いてリュックに追加した。

 まだまだ持ち物が増える予感がした。



 ここ数日荷造りに集中していたため走ってもいなければストレッチもしていない。さすがにそろそろ動くべきか?

 しかし毎日同じことを繰り返してもそれをしないと1日が始まらない! という現象はついぞ体験できなかった。

 サボると体が喜ぶ頭も喜ぶ。なんと怠惰なことだろう。


 走らなくったって歩くだけでも違うだろうと着替えて外に出た。その前にのんびりとベイクドチーズケーキとミルクティーを楽しんでしまったが。

 部屋から出るとそこには呆れた顔のケーシャがいた。中にいるとまるで気が付かないものだ。


「今は朝だと思うか? 夜だと思うか?」

「いや、今起きたわけじゃな……」


 俺にそう聞く手の中には子供がいた。腕に抱えられぐったりとしている。一歩下がる。聞かれたことよりそれが気になった。


「まさか、ひとさらい????」

「んなわけ無いだろ……人形だよ。」

「は? リアルだな」


 ほらと顔を見せてもらっても人形には見えなかった。某博物館に展示してある、あのリアルな蝋人形を思い出した。血管まで感じる肌の作りだ。


「これが言ってた身代わりなんだけど試してみていいか?」

「え、これをどうするんだ? そもそも儀式のやり方もわかってないだろう」

「誰かと代わるんじゃなくてエータの代わりがいればいいのかなと思ったんだよ。儀式をすると代わりの人間を呼ぶんだろう?」

「そうなのか? 俺全く理解できてないからな?」


 意味がわからない。なにか違いがあるか? どちらも俺の代わりであることに違いはないのではないか?

 そもそも儀式は追い詰められないと方法がわからないはずだ。ケーシャはどうするつもりなのだろう。


「わざわざ持ってきたんだから試してみるのは構わないけど」

「そうか! よかった!」


 自分の事のように嬉しそうだ。試せるというだけなのに。

 ケーシャはカバンから細い筒状の透明なガラスに見える物をいくつか出している。同じ素材の大きめのコップに似た形のもの、これはビーカーに似ている。

 それと模様の書かれた小さい紙が数枚。細長い紐の束。金属の長い針数本。それとA4くらいの文字の書かれた紙の束。もちろん俺には読めない。


「これ何が書いてあるんだ?」

「これか?」


 A4の紙をケーシャは持ち上げた。


「そうそれ」

「これは仲間が書いてくれた器具の扱い方で、こっちはこの人形の使い方が書いてあるものだ。見てみるか?」

「いや、渡されても読めないから」


 差し出されたが断る。ここに来てから時間は経っているが読めないことに変わりはない。

 そういえばケーシャとは言葉が通じる。あの少女の言葉は理解できなかったのに。


「さ、エータ。腕を出してくれ」


 浮かんだ疑問はすぐに消えた。いい笑顔でケーシャが針を持っているからだ。空いている左手を俺に向けている。


「……ケーシャ? 何をする気だ?」

「ん? この人形をエータの代わりとして起動させるのにお前の血が必要なんだ」

「へえ…………血が必要なのか? どのくらいだ?」

「この人形が満たされるくらい」


 にっこりと言われてくらりとくるより頭に血が上った。


「ばーーーーか!!」


 言うが早いか俺は逃げた。


「エータ!?」


 部屋に入ってしまえばケーシャは追ってこられない。全速力だった。が、普段から鍛えている人に敵うはずなどないのである。

 ぐいっと腕を掴まれて引き寄せられれば踏ん張ることすらできない。俺はすぽんとケーシャの胸の中に背中から入ることになる。


「なんで逃げるんだ?!」

「痛いのは嫌なんだよ!!」

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