第18話 よろしくね

 ホールを通って出てきたが、そこにエータはいなかった。


「エータ?」


 呼びかけてみたものの隠れられるところはない。

 外かと思って見に行ったが人の気配はない。扉を開けて部屋を確認しつつ戻ると壁からにゅっと出てくるところだった。


「エータ」

「!!」


 呼びかけるとビクッと全身を揺らした。


「そんなに驚くな」

「ごめ、びっくりした」


 と、エータが両手で何かを握りしめていた。布きれか? なんで苦虫噛み潰したみたいな顔をしているんだ。


「あのさーケーシャ? さっきの透明な石っていっぱい欲しいか? それともいっぱいあると困るものか?」

「……あればあるだけ金になるから困ることはない。そういえば言ってなかったか。あれは空間石って呼ばれている魔石の1つだ。このカバンみたいに沢山入る加工をするときに使うもので希少価値がある」

「じゃああっても困らなそうだな!」


 ぱっと明るい表情に変わったエータが大きく息を吐いた。なんのはなしだろう。りかいしたくないような……。


「これ有効活用してくれ。俺は使わないから」


 差し出してきたのはさっき布きれかと思ったものだ。受け取ってみれば巾着だった。開いてみればもちろん空だ。

 その場にマントを敷いて巾着を逆さにする。手を入れて、中身全て。と考えた。

 どうっっ!!!! ジャララララ……ラララ……

 様々な大きさの空間石で山ができた。まだ出てこようとするので急いで袋の底を見る。きちんと止まってくれてホッとした。


「エータこれはどうしたんだ?」


 こんな山を見ると喜びよりも恐怖が勝る。こんなに持っていると知れたら命を狙われそうだ。


「えーっと、なんて言ったらいいかな。お部屋さんははがよろしく言ってました? かな?」


 母と聞こえるが違う意味が含まれていることくらいわかる。こんなところに親は出てこないだろうからな。


「なんかさ」


 すっとエータが俺の手から巾着を取る。入れ口を空間石の山に向けてしまいだす。

 たまに石同士が当たって、チリョチリ、と音を出す。


「……甘やかされてて」

「ほう」

「うちの子と仲良くしてくれてありがとう〜って感じだと思うんだ。多分。だからこれ」


 怖すぎる巾着を握らされる。中身も怖いが袋も怖い。小さいのによく入る。


「頼むから、貰ってくれ」


 目に力の入った笑いに押されてしまい頷いてしまう。


「よかったー。返品不可だからな?」

「なんで」

「いや、返されたら多分別の何かが出てると思うから?」

「なるほど? 全くよくわからないな……」


 手の中の巾着を眺めて、ふと気になった。


「体調はどうだ? 異変が起きてないか?」

「何も? 出られないだけで別に変わりはないけど」

「代償なしか……怖いな」


 エータに何も起こってないのならこれらを出しているのはこの空間なのか?


「はは、閉じ込められボーナスじゃないか?」

「気楽だな……」


 ここから出たそうな感じもない、ここの生活に慣れてしまっているエータにどうするか聞くべきだろう。


「町にな、もしかしたら、もしかしたらだぞ? 確率は低いんだが。エータの身代わりに使えるかもしれないものがあったんだ」

「え、諦めてなかったのか」

「そりゃあなあ」


 思い悩み甲斐のないやつだな。諦めるのが早すぎる。と。

(しまった)

 少し顔に出てしまったらしい。エータがバツが悪そうに目をそらした。


「あーえっと。その代わりになれそうなもの、この石で買ってくるから試してみてもいいか?」

「いいけど……話を聞いて想像を膨らませた外の世界で生きていける気がしない。外に出た途端かぶーって食われる」

「そこまでこの森は危険じゃないから大丈夫」

「強くなれる気もしないし」

「任せろ、回避と防御の方向で鍛えてやるからな」

「ううーん」


 エータが腕を組んで天を仰いでしまった。


「ま、買ってきてしてみないことには使えるかどうか分からない。俺が帰ってくるまで旅支度でもして待っててくれ。受け身の練習はまたその時にな」

「もう行くのか?」

「夜明けには出るつもりだ」

「ちなみにいま外は?」

「そろそろ夕方だな」

「夕方だったかー」


 また予測とずれていたのだろう。ちぇ、と指を鳴らしている。


「楽しみにしてろよ」

「ははは。ほどほどになー」


 俺がホールに入るまでエータは胸のあたりで弱々しく手を振っていた。



 仲間のもとに帰れば旅支度が完了していた。火のそばでグロリアが作業をしている。その背に寄り添うようにロアが気持ちよさそうに眠っている。


「おかえり。いいって?」

「……いいどころか土産があるぞ」


 グロリアのわきにそっと巾着を置く。


「なあにこれ」

「俺は怖くて持ちたくないものだ」

「なに言ってるの? 怖いって、毒薬かなにか?」

「その方がいいかもな。中身はこれらの詰め合わせ」


 さっきグロリアに見せた空間石を彼女の手にのせる。


「そ、そんなことってあるの!? すごい夢かしら?」

「……これも空間袋だからな」


 ごくりとグロリアが唾を飲んだ音がした。


「なんでも買い放題じゃない……」

「問題は一気には売れないことだな。聞かれても困る」

「そんなのどうにかなるわよー!」


 ぱちりと弾ける火をぼーっと眺めた。思わぬことが起こりすぎている。


「……ますます惜しいわね……この空間」


 火に集中していたらグロリアが何事かを呟いた。


「なにか言ったか?」

「どこに巾着隠したらいいかしらねって」


 にっこりと微笑まれ、うやむやにされた感じではあるが疲れたので気にしないことにした。


「グロリアに任せる」


 日が昇れば出発だ。

 残っているといいのだが。

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