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少しの間玄関でキスしてて。そして。
べりって、ゆず先生の身体を引き離した。
離して。
「よし、寝るぞ」
こんなとこでいつまでもこんなことしてたら、下がる熱も下がんない。ってかアイスとける。やべやべ。
「うええ⁉︎」
ベッド行こ行こって荷物を持って靴を脱いで部屋にあがってく俺に、もう分かりやすく後ろで不満の声。
うええって何だうええって。
笑う俺に、ちょっとなっちゃん嘘でしょって。背中。服をつかまれる。
「嘘じゃねぇっ。熱出しは寝ろ」
「やだよ」
「やじゃないっての」
「やだよ。だって何で?今ちょーいいムードだったじゃん。ちょーらぶらぶだったじゃん。普通ならこのままベッドインでしょ⁉︎」
服をつかんだまま、ねぇなっちゃんって駄々っ子みたいにぶんぶん横に手を振るから、こら服伸びるわって、振り向く。
すんげぇ分かりやすく口が尖ってる。むーってしてる。
ウケる。ウケた。笑った。
「ベッドインでしょじゃないっつーの。熱出しはおとなしく寝ろ。一緒に寝てやるから」
「その一緒に寝るじゃないってばっ」
「だから熱出てるだろ?もっと上がったら困るだろ?大人なんだからおとなしく言うこと聞けっ」
「やだよ‼︎だってチャンスの神さまは前髪しかないんだよ⁉︎」
「………またアンタは不思議なことを」
「カモがネギ背負って目の前に居るのに何もしないで通り過ぎちゃったら、後ろはつるつるだから、もうつかまえられないんだよ‼︎」
………。
………。
………しーん。
ゆず先生がものすごいムキになってて、言ってることがナゾすぎて、けど、何か言わんとしてることが分かって。
はあって俺は息を吐いて、本気で泣きそうになってるゆず先生をそっと抱き寄せた。
持った荷物を、また足元に置いた。
「………どした?」
って、聞くのもアレか。俺はカモネギだからな。ゆず先生的には、早くやっちまいたいんだろう。
今日が、この熱が、チャンスだもんな。俺らの。どんなにゆず先生が部屋に誘っても、絶対断ってって約束だもんな。
マズイ、から。どこかで誰かに、ゆず先生んちがバレて、俺が来てんのがバレて、そしたら、マズイ。
だから、夜の公園で、コソコソ俺たちは会ってるんだ。春の卒園まではって。
「………だって」
「だって?」
「………だって、じゃん」
ころころくるくる変わる声。変わる表情。
保育園でのゆず先生と、このゆず先生は本当に同一人物か?って、不思議だよ。俺には。
でも、そんなゆず先生が、俺にはめちゃくちゃかわいくて、俺はまたゆず先生の頭を両手で持って、熱だろって、そのおでこにキスした。
「俺は、アンタのことが好きなんだよ」
「………うん」
「だから、大事にしたいんだ」
「………大事、に?」
大事に、だよ。
「熱があってしんどいの分かってて、アンタとアレコレやるなんて、俺はイヤだ。アンタが大事だから、熱が下がってから大事に大事にアレコレやりたい」
「………だって、そしたら春くんが卒園するまでできないじゃん」
「だな」
「そんなのやだよ」
やだ。
熱だけじゃなく、目を潤ませて必死に訴えてくるゆず先生が。俺はやっぱり好きで大事で、ゆず先生がやりたがればやりたがるほど、俺は変に、冷静になった。
俺に経験があればまた、違ったのかも、だけど。
不安、なんだ。多分。コノヒト。
コノヒトの最初が、最初だったから。
だから身体を重ねて、安心したいんだ。身体を重ねることが、コイビトである証、的な。それで繫ぎ止める、的な。
「なあ」
「………」
「信じてよ。俺のこと」
「………え?」
男が男を好きになって、その想いが成就する。
コノヒトはそれが普通に可能であることを知らなかった。
そんなことあるはずないって、多分ずっと思ってきた。今も。
今も、どこかできっと。
「アンタを好きって思ってる俺を信じてよ。やらなくても好きだよ。関係なく好きだよ」
「………なっちゃん」
「すぐにすぐは無理でも、俺努力する。アンタが信じてくれるまで努力する。どっかでこわがってるアンタが、こわがる必要ないって分かるまで」
ゆらゆら、ゆらゆら。
目が、揺れてる。
もう涙が、落ちそうなぐらい。
「好きだよ。………柚紀」
「………うん」
閉じた瞼に押されて、涙が。
涙が一粒。
ぱたって、落ちた。
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