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開いた玄関。
入ってすぐ俺は、持ってた荷物と買い物袋を落とすみたいに置いて、ゆず先生を抱き締めた。
靴も脱がないまま。
ゆず先生は玄関のタタキに片足、上り口のところに片足で立って玄関を開けてくれてた。
それを、俺が入ってすぐ。
「………なっちゃん?」
「お疲れ。すっげぇ頑張ってた。超頑張ったな。ずっと見てた。めちゃくちゃカッコよかった。惚れた。惚れ直した。まじ好きって何回も思った」
いきなり、だったから。
うわって感じでゆず先生は身体を強張らせてた。
けど俺の言葉に、ゆず先生はもうタタキ部分に完全におりて、俺の背中に腕をぎゅって回してくれた。
熱い。
朝と比べて熱くなってる。
頑張ったそれは証拠で。それは。
無理した証拠。
ゆず先生はふふって笑った。
「春くんもちゃんと見た?」
「見たよ。春も頑張ってた。最後泣けたし」
「春くん、練習もすごい頑張ってたよ」
「………うん」
優しくて穏やかな声に、うんって。
うん。分かる。春も頑張ってた。一生懸命だった。
思わず涙が出たぐらいだよ。でもさ。今はさ。
「今は、俺。春の兄ちゃんとしてここに居るんじゃなくて、アンタを心配するアンタのコイビトとして居る。来た。だから、春の話は終わり、な」
「………なっちゃん」
それにちょっとびっくりしたみたいに、ゆず先生は俺の肩に預けてた頭を上げて、俺を見た。
熱の目。
水分多くて、ゆらゆらしてる。目。
左手で抱き締めたまま、右手をほっぺたにあてた。熱いほっぺた。
「見てた。アンタを」
「………うん」
「頑張ったな」
「………うん」
こてんってまた、頭が肩に乗った。
だからその頭を、ほっぺたから滑らせた手で、そっと、撫でた。
撫でて。撫でて。………撫でて。
「け・ど・な」
「え"」
多分、そのままあまーいのを期待してただろうゆず先生が、「え」に濁音ちっくな声を出しながら、またぴょこって頭を上げた。え、何?って。びびってる。
だから俺は、その頭をがしって両手でおさえた。動けないように。
ゆらゆらの目が、真ん前。
「もうちょっとどうにかできなかったのかよ。ったく、最初っからあんな全力で色々やりやがって、俺がどんだけハラハラしたと思ってんだ」
説教だよ。説教してやる。そう決めてたから。運動会の最中に。
どんだけ心配したと思ってんだ。ふざけんなって。
「え?あの」
「いくらアンタの初めての運動会だからってな、熱があるのにあんだけ動いたら、もっと上がるってことぐらい分かるだろ」
「あ、うん、えと」
「しかもバク転って何だ。バク転って。無駄にファン増やしやがって」
「え?」
「挙句にこう先生とハグしただと?そんなの聞いたらな何だとってなるに決まってんだろ」
そのまま、ゆず先生の頭をつかまえたまま引き寄せて、キスしてやる。一回。
ゆず先生はびっくりしてる。息を飲む感じ。
それに、笑って。俺は。
「………もっと好きになった。まじ好きって思った。アンタのこと。んで、俺も」
俺も、アンタみたいになりたいって。そう、思ったよ。
熱とかもう関係なくなるぐらい、目の前のことを全力でやれるように。
「………やだ、なっちゃん」
「何がだよ」
ゆず先生の手が、手も、俺の背中から離れて、俺のほっぺたを両側から挟んだ。
くっつくゆず先生のおでこと俺のおでこ。
やだって何だって思いつつ、ほんの少し顎を動かしてまた、キス。
して。離れて。して。離れて。
「もうっ。なっちゃんは、僕をどうしたいの?」
「どうって?」
「嬉しくて溶ける。嬉しすぎて、死んじゃうよ」
ゔゔゔゔって、泣きべそ顔で唸ったから。
それは困るからダメって。また、俺はその唇に自分の唇を。
………重ねた。
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