130話 休まることなく
ウィルフリードの地を再び踏むことができたというのは、私の中では確かな達成感があった。
戦争に形としては一応勝利したということで、街中の人々が総出で祝いの言葉を投げかけたのだろう。
“だろう”というのも、先頭を悠々と行く父らはさながら凱旋のように華々しく迎え入れられただろうが、そんなところから余裕で数時間は経つ我々が到着するまで祝い続けている人は少なかった。
これには父の計らいで後方はファリア兵が多めになっている事情もあるだろうが。
仮にもこの領地の跡取りである私がなぜ地元に帰ってくるのにこんなお忍び状態なのかという疑問は残ったが、別に誰かに祝われるために戦争に行ったわけではないと自分を宥めつつ屋敷まで送って貰った。
兵は全て一度ウィルフリードの兵舎に泊まり物資の整理を行うようにと、前方から指示が伝わってきたようで、短い間ではあったが謎の絆が生まれた御者の兵士たちとはここで別れることとなった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お帰りなさいませレオ様。良くぞご無事でお戻りになられました……」
「ただいまマリエッタ。また会えて嬉しいよ」
屋敷の前に停まった不審な(?)荷馬車から私が降りてくるのを見てか、女中衆はすぐに玄関で私を待ち構えていた。
「……中で奥様方がお待ちです。こちらへ──」
マリエッタは何やら話したいことがありそうな雰囲気だったが、彼女は自らの仕事を忠実にこなすことを優先した。
「──あぁ、お帰りなさいレオ!怪我はない!?……いえ、生きて帰ってこれたならそれ以上のことはないわ!」
マリエッタに連れられ応接室に案内された私の姿を見るなり、母は飛びついて私を強く抱き締めた。
懐かしい匂いに包まれながら手を回した母の体は、少し華奢に感じた。
「ご心配お掛けして申し訳ありませんでした。……ですが母上、少々苦しいです……」
なぜ応接室なのかと思ったが、屋敷には想像以上に多くの人物が集まっていたようだ。
父と母、孔明と歳三はもちろん、アルガーにタリオ、そしてアルドの姿もあった。
この世界でも十四歳になろうという男がこの人数の前で母と抱き合うというのは、いくら感動の再会といえども恥ずかしさが勝った。
「ご、ごめんなさい……。そうね、それどころじゃなかったわ」
母はすっと私から離れると、そそくさと正面奥のソファに腰掛ける父の横に戻っていった。
「なんだか久しぶりな気がするなレオ」
「はい。父上も皆も元気そうで何よりです」
「まあ座ってくれ」
てっきり戦争の勝利を祝って楽しげな集まりでもやるのかと期待していた私は、父のどこか神妙な面持ちと淡々とした態度に強い違和感を覚えた。
「なにか、あったのでしょうか……?」
「──アルド、今一度レオに説明してくれ」
「……では。私たち諜報部は戦争の終結を見届けた後、次は中央へ政治動向を伺うべく部隊を向かわせました」
私が歳三と孔明の座るソファに腰を落ち着けると、アルドは口早に説明しだした。
「その道中、皇帝陛下自らが率いる帝国の国有軍と皇族、さらにその周辺の有力貴族らが集まった総勢二十万は下らない軍勢とすれ違いました」
「……え?」
「あれは間違いなく帝国の総力と言える軍です」
中央が軍を出したがらないのはファルンホストへの牽制もあっただろうが、なぜ今更になって軍を動かしたのだろうか。
「すまない、話の真意が読めない。浅学非才の身である私にも分かりやすく説明してくれないか?」
「それでは私から……。恐らく皇帝は、──と言うより中央貴族やあのヴァルターといった者の入れ知恵でしょうが、全ての手柄を横取りしようとしたのでしょう。我々のような地方貴族らに率先して前線に赴かせ、かつ中央からは国有軍の痛手とならない新兵ばかり徴兵した烏合の衆をウィリーなどという能力不相応の者に率いさせたのです」
「つまり、亜人・獣人らとの和平交渉前に私たちが貴族らと話していた内容が、更に悪い形で現実となった、と?」
「その通りでしょう。事態は私たちの数倍悪い方向へ、想像よりもかなり速くに進んでしまっています」
孔明は羽扇で口元を隠すこともなく、極めて不快そうな表情でそう言った。
中央の腐敗と横暴による国家の混乱、滅亡は孔明が生きた三国時代の始まりをなぞっているようである。
もはや音を立てて崩れ始めたこの国に救いはあるのだろうか。平和な未来など訪れるのだろうか。
「まあ今夜くらいは食事会でもしよう。だがその後は我々も先手を打ち情勢を制さなければならん」
「既に条約書は皇帝の手に渡っているでしょう。元老院などの上層部が皇帝に進言し私たちの条約が改編、或いは破棄されることも考えられます。その前に私たちで既成事実を作ってしまうべきでしょう」
「既成事実とは?」
「あの場で約束した実力派貴族や地方貴族らと内密に手を結び、今すぐに亜人・獣人らを引き入れます」
「なるほど……」
流石に中央の連中も全ての地方貴族に加え亜人・獣人らを敵に回すほど馬鹿ではないだろう。いやそうでなければ困る。
ならば中央連中が亜人・獣人らの力を手に入れる前に、ある程度親睦を深めた我々が先に抑えておこうという算段だ。
ついこの前まで他種族と殺し合いをしていたというのに、彼らをいち早く引き入れ今度は同じ人間同士、それも同じ国の人間同士で争わないといけないのか。
「我々貴族は皇帝陛下より貴族の特権を与えられている。よって命を捨てようともその忠誠を果たさなければならない。……しかし今の我らには守るべきものができた。家族や友人、そして領民らを守る為には……。レオ、覚悟はできているな?」
父の言葉で、一斉に視線が私に注がれた。皆が神妙な面持ちで私を見つめる。
私は小さく息を吸い、一瞬の迷いもなく言い切った。
「──平和な世界を築くためならどんな戦いも躊躇うことはありません」
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