127話 叱咤

「すまない孔明、私は少々疲れたので本陣に戻る。夜にまた話そう」


「はい、それではまた夜に……。それではここでの交渉はどうしますか?」


「私の許可は要らない。孔明が必要だと思ったら書面に残して代わりにサインしておいてくれ。決定権は預ける」


「了解致しました」


「後のことは頼んだ」


 会議場に立ち寄り孔明にそう言い残し、私は本陣に向かった。

 その様子を見ていた兵士が私の護衛につこうと慌てて準備し始めたが、一人で静かに考えたかった私は断り、馬に乗ってゆっくりと歩き始めた。





「お、随分とお早いおかえりだな」


「ああ。孔明に任せて私の仕事は終わりだ。――それで、軍の撤収準備はどうなっている?」


「いつでも出発できるぜ。他の貴族の軍も次々と撤収している」


 戦場に長居するだけ兵糧の無駄だ。終戦の条約も結ばれ軍の存在意義がなくなった今、できるだけ早く帰った方がいい。


「それじゃあ父上と相談して我々も撤収しよう」


「おう」


「悪いが私は少し休ませてもらう。……夜孔明が戻ってきたら三人だけで話がしたい」


「分かったぜ」


 私は歳三に別れを告げると、本陣に設けられた私の仮設ベットに寝転んだ。


 これを多様するほどの長期戦にならなくて良かった。そうなればより大勢の人々が死んだだろう。


 大丈夫。私のしていることは間違っていない。


 救えない人がいても、私の死を望む人間がいても、皆の期待を背負っている私は決して負けてはならない。

 この平和な世界を作るため、私は戦い続けなければならない。


 大丈夫。

 私はまだ戦える。





 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「──おーい、……そろそろ起きろレオ!孔明が戻ってきたぜ」


「…………ああ。……すまない、こんなに深く眠るつもりはなかったんだがな……」


 私は重たい体を無理やり起こす。


「護衛の兵にも離れるよう頼んだ。人払いは済んでるぜ」


「それで、内密のお話とはなんでしょうか」


「ああ、そのことなんだが──」





 私は転生者の真実。このただの魔石と思っていた「暴食龍の邪眼」と呼ばれる宝珠のこと。


「――ほーん。ま、俺がいるから大丈夫だろ」


「そうですね。確かに考慮すべき事項は増えましたが大きな問題ではありません。心配には及びませんよ」


 微笑を浮かべながら私の不安をそう言い退ける二人は、まさに英雄の風格であった。


「戦争なんてやってるのに、今さら命の心配なんてするだけ無駄だぜ。ここでおっかなびっくり立ち往生するより、お前はさっさと平和な世界に向けて走り続けた方が安全だ」


「歳三の言う通りです。それにレオの周囲の人間は思ったよりずっとレオのことを信頼していますよ。だからレオも皆を信頼してあげてください。……義こそ人々を絆で結びつけるのです」


「そ、そうだろうか……」


 私の力ない返事に、歳三は笑いながら私の肩をバンバンと叩く。


「人虎族の族長を一騎討ちで倒したお前を殺そうだなんて簡単に思う奴はそうそう居ねェぜ!」


「それに人を見る目、という意味では私以上に心強い存在がいるかと」


「母上か……。そうだな。私はもう少し周りを頼って生きていこう」


 戦争で人が死んでいく姿を見ると、どうしても心が沈んでしまう。

 きっとこの心配も私がいつも繰り返す杞憂に過ぎないのだろう。





「――あぁ、心強い存在で思い出した。これを見てくれ」


 私は袖を捲りブレスレットを二人に見せた。


「お、それはさっきから気になっていたんだ。次の『英雄召喚』に必要な魔力が貯まったんだな」


「どうやらそうらしい。ハオランが言うには呪われた力らしいが、私にはどうしても必要だ」


「成程。遂に私もレオのスキルとやらを目の当たりにすることができるのですね」


 孔明は嬉しそうに笑う。


「実は次の英雄はもう決めている」


「前はあんなに悩んでいたのに、もう決まったのか?」


「ああ。以前から考えていたのもあるが、今回の竜人、そして孔明の戦法を見て最終決定に至った」


「そうですか。お役に立てたのなら光栄です」


 わざとらしく深々と頭を下げる孔明の肩を叩き、顔を向けさせる。


「それで、亜人・獣人たちとの交渉はどうなった?」


「首尾よく終わりました。概ね計画通りですが、少々人気を集めすぎたかもしれません」


 孔明は袖の奥から紙を取り出し、私たちの前に広げてみせる。


「……なるほどな。竜人と蜥蜴人(リザードマン)はセットで付いてきてしまうのか」


 しかし彼らが好む沼地はファリア周辺にはない。

 彼らの生態は知らないが、川辺でも水があれば大丈夫とかなのだろうか。


「こちらはリーンとウィルフリード共同の元、人狼族と、その眷族という言い方をしていましたが、犬頭(コボルト)族もあの森に住むそうです」


「それは森が賑やかになるな。……しかしそうなってくると森もただの森ではなく名前をつけた方が良くなってくるな」


「冒険者たちの間ではなんか名前があったはずだぜ。……今は思い出せねェが」


「まあ、それは追々人狼らと冒険者両方の意見を聞いて決めよう。──それで、この猫人族ってのは初めて聞いたがなんなんだ」


 亜人はエルフやドワーフなど種類が限られているから何となく分かるものの、獣人は狼と犬だとか、竜と蜥蜴だとかマイナーチェンジレベルのバリエーションが豊富で覚えきれてない。

 少なくとも戦場には出てきていないはずだ。


「そちらは人虎族がウィルフリードに所属するそうで、代わりに猫人族がファリアに来ることになりました。人虎に何か言われてこちらに来たようですが、特段戦闘力が高い種族でもなく毒にも薬にもならない様子でしたので、とりあえず名前だけ書いて頂きました」


代わり・・・と言われてもさっぱり経緯が理解できないが、まあいいだろう。……しかしこれだけ我々の勢力下にばかり集中してしまっては周囲からの反発も大きそうだな」


 それに財政面でも一地方領主が抱えていい人数を超えている。その辺は孔明が担当していてこのような結果を持ってきたので大丈夫なのだろうが、仮にこの規模を支えられるとなれば経済圏としても相当なものになるだろう。


「諸侯との調整は私の得意分野です。お任せしてくだされば全て上手く事を運んでみせましょう」


 自信たっぷりといった表情で孔明は不敵な笑みを羽扇の下に浮かべる。


「分かった。それでは孔明は軍師としての任を解き、再び本領である政治に専念して貰おう。一応周辺の貴族たちが変な気を起こさないとも限らないので、歳三は軍事部門担当としてまたファリアの警備を頼んだ」


「了解致しました」

「おう。任せろ」


「それでは明日か明後日にでも帰還するよう調整しておいてくれ。朝も急がなくていい。今日はゆっくり休もう」


 そうして私たちは戦地での最後の静かな夜を迎えた。

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