126話 伝説は現実に

「――え、えっと、……質問の意図が分からないな…………?そ、その“転生者”ってのは一体なんだ……?」


「お前は嘘が下手だな。……いや、正直なのはいいことだ。別にこのことで脅したり殺したりするって訳じゃない。レオ、そなた自身の口から聞きたいのだ」


 このまま逃げられそうにもない。私は観念し、誰にも聞かれないように小声で真実を告げる。


「…………そうだ」


 首筋を流れる汗が背中を伝い、悪寒が走った。


「そうか。周囲にそのことは隠しているのだな?それなら我が口から漏らすこともしない。確認ができて良かった」


 真意の見えないハオランの独り言に、私は探りを入れる。


「何故転生者の存在を知っている?」


 妖狐族に竜人族と、転生者の存在を知る人物が連日私の前に現れ生きた心地がしない。


「ドラゴンは数千年を生きる生物。それに仕える我々竜人もその知識を一部だけだが与えられている」


「この魔石……、いや『暴食龍の魔眼』と呼ばれる宝珠の話からどうして転生者の話になるんだ?」


「あぁいや、その前に一応もうひとつ確認させてくれ。そなたは魔力を集めるためにこの戦争を起こした訳ではないだろう?……言い換えれば、手っ取り早く魔力を集める手段として戦争という虐殺行為を招く工作を行ったことはあるか?」


「そんなことするはずもない!」


 それは私が望む世界の対極にある、最も忌み嫌う行為だ。


「そうだろうな。ならよい。……端的に言えば、転生者は強力なスキルを持つが魔力を持たない。故にこの宝珠を欲しがる」


「つまり、本来転生者は本来スキルが使える状態にないのか……?」


「ああ。だから転生者自体は居てもすぐに死んでいくのだ。それかひっそりと一般人としてこの世界での生を終えるかだな」


 正直、この世界で命は安い。特に魔力や特別なスキルを持たない人間は相対的に価値が下がる。

 アルガーのように心身を鍛え上げ身体能力の向上系スキルを後天的に身に付けた人物も例外的に存在する。そうすれば理論上は誰でも活躍、ないしは自分の身を守るだけの力を手に入れられる。


 だが大抵は魔物やモンスターに怯えながら小さな村で暮らすか、どこかの国の都市の庇護を受け、対価として戦争時に徴兵の義務を負うか。そのどちらかになるのだ。


「まぁ転生者など本来世界の秩序を乱す面倒な存在だ。放っておけ」


「しかし……」


「そなたの同族を思う気持ちは分かる。しかし様々な考えを持つ人間が居る以上、強大な力を使ってこの世界を危機に陥れる可能性もあるのだ」


 味方に引き入れられれば良い。だが、仮に牙を向いてきたら誰が止められるのか。

 いや既に剣を研ぎ澄ませ、“その時”を待っている人物がいるのかもしれない。


「そなたはその力を争いのない平和な世界を為すために使おうとしている。ならば我らとしても殺して奪おうとは思わんよ」


 ここで私はある不安が過ぎった。


「この宝珠の真の力を知る者はどれ程いる?」


 真の力を知る者。つまり私を殺してでも『暴食龍の邪眼』を奪おうと考える人物もいるはずだ。


「さあどうだろうか……。だが少し宝石や魔石といった類に詳しい人間なら知っていそうだとは思うが。……そういえば、『邪眼』と言うだけあって宝珠は眼と同じくこの世界に二つ存在するのだが、もう一つは何処にあるのだろうな」


 ハオランは露骨に話を逸らす。


 私の脳裏には幾つもの疑惑が浮かび上がってきた。

 母はどこでそんな物を手に入れたのか?真の力を知っていたのか?

 ヘクセルも私のブレスレットを見て驚いたような反応をしていた。ヘクセルも知る者なのか?


 そして私は知る者の存在に怯えながらこのブレスレットと共に生きていかなければならない。

 竜人たちだって今こそハオランは殺さないと言っているが、私がこの世界に不要である、敵対的であると判断されればいつ殺しにかかってくるかも分からない。


 私は常に護衛として歳三を近くにおいておこうと決心した。


「なに、そんなに思い詰めることでもない。そなたはこれまで通り、望む世界を目指して生きていけばよいのだ」


「……期待に応えられるよう頑張るよ」


「ああそれと、我々竜人もそなたに協力しよう。我が同族らが平穏に暮らすためには、そなたの望む平和な世界が一番だと思うからな」


 竜人に囲まれて暮らせば、いつでも私は殺されかねない。だが断って敵対的だと見なされればすぐにでも首が飛ぶかもしれない。


「そうか、それは心強いな……。――と、まだ仕事が残っているのでこの辺で私は本陣に戻らせてもらうよ。……また今度話そう、ハオラン」


 私は度重なる心労によってふらつきそうな足取りで、そっとその場を後にした。

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