123話 対立

 帝国民はもちろん、亜人・獣人らの生活を守る方法。

 私には孔明から与えられた秘策があった。


「皆さんを帝国にお招きしたいと思っているのです。そこでは衣食住はもちろん仕事を提供し、他にご要望があればできる限り対応したいと考えています」


 決して混ざり合わなかった水と油。しかし他にも様々な材料を加えて適切な温度で煮込めば美味しいスープにもなり得る。


「この地図をご覧ください──」


 私は懐から丸めていた大きめの地図を取り出した。


「ここにはいくつもの印が付いています。これは私が考える今後の社会像に賛同して頂けた領主の方々の領地です」


 皆が机に広げられた地図を覗き込む。


「ここで一つ私の領土使って例に出します。……これが私の領地であるファリアです。そこから南に行くとウィルフリード、東に行くとリーンがあります」


 私はその三つの印をなぞって見せる。


「帝国には未だ多くの未開拓地域があります。ファリア、ウィルフリード、リーンのちょうど中間に位置するこの森などがその最たる例です。……これを丸ごと皆様にお任せしようと考えているのです」


 私の突拍子もない提案に、亜人・獣人側からは声が漏れる。


「と言っても、例えばこの森もエルフの森としてエルフの国を帝国内に作るという訳ではありません。種族を問わず、それぞれがファリア、ウィルフリード、リーンに所属し、住める土地へと開拓していくのです」


「自分たちで新たな土地を開拓するってのは分かった。だが今人間が住んでねぇってことは、住めないような土地だって事だろ?そんな土地押し付けられても困るんだがなぁ?」


 ドワーフの族長は語尾に憤りを感じさせながらそうぶっきらぼうに言い放った。


「ドワーフの方々には是非ファリアに来て近くの鉱山にお力添えを。……という宣伝は置いといて、……良いご指摘です」


 私は再び地図を指さす。


「実はこの森には魔獣が多く住んでいます。……それだけです」


「え?」


「普段から魔獣を狩って生活している皆さんにはピンと来ないかもしれませんが、人間にとって魔獣が多く出る地域に村を作ることはあまりに経済的ではありません。防衛費ばかり嵩(かさ)んで他の発展に回す資金が足りなくなるのです」


「つまり我々は好きなだけ狩り放題の土地を与えられる……、いや開拓していけるということか?」


 人狼族の族長が初めて明るい表情を見せながら私に問いかける。


「そうです。……そもそも帝国は土地が余っています。お恥ずかしながら帝国は戦争を繰り返しその領土を広げ続けて来ましたが、その版図の広さと人口が釣り合っていません。なので安全な土地も大量に余っているので、わざわざそのような土地に手を出すこともないのです」


 労働力不足というのは、好意的に受け取れば発展速度が早く、人口増加が追いついていないということだ。

 それを補う要素として強靭な肉体を持つ彼らを平和的に活用することこそ最善だろう。


「もちろん安全な土地で開拓村を作るのも良いです。それか人間が作った開拓村の護衛として働くというのも、お強い方なら引く手あまたしょう」


「話が良すぎる。そろそろ我々にとって都合の悪い部分も隠さずに話してもらおうか」


 エルフの族長、いや彼らは長老という身分の者を置いていたか、が私の言葉を遮った。





 耳触りのいい言葉で言いくるめるというのはフェアじゃない。

 きちんと全てを理解した上で受け入れて貰えるように交渉せねばならない。


「先ほどまで言っていた事の逆、つまり我々帝国民も皆さんの国に住むことをお許し願いたい。……正直に言うと帝国は極東の国々だけでも通行権が欲しいのです。沿岸地域は海運や漁業といった帝国にとって新たな産業の基盤となります」


「わっちらだけであの複雑な潮流を乗り越える船を作ることは無理でありんすから、帝国がその手伝いをしてくれるというなら問題はないでありんす」


「まぁ漁業などは我らの国では手をつけていない苦手分野ではあるな……」


「その部分を人間がやるなら俺たちの里も栄えるか……?」


 この点についてはシラユキを初めとするいくつもの族長らが比較的好意的に受け止めてくれた。


 たが次が一番重大で、できれば触れたくない内容だ……。


「……基本はこのように自由に開拓できるのは印のついた領地の周辺だけです。他の貴族がどうするのか、また皇帝陛下がどう取り扱うか定かではない以上、この私の考えに賛同してくれた貴族の自治権の及ぶ範囲の土地以外には手を出すことはできせん。……また、各領地内で開拓なり仕事なりをする際は領主である貴族の指示が絶対です。その全てをこの条約で決めることはできません」


 孔明が私に王になれと言った真の意味がやっと理解できる。

 無力故に救えない、取りこぼしてしまう者が出てきてしまうのだ。


「それと現在帝国が占領している国々の土地は、そのまま帝国に帰属することを認めて頂きます。その後再び元の土地に住めるかは、先ほど言ったようにその土地を領有する貴族の裁量になってしまいます……」


 これは戦争で先陣に立った貴族らからの強い要求だ。

 文字通り身を削り血を流して手に入れた土地だ。そう簡単に手放せないだろう。


 しかしこれには元そこの国を収めていたであろう族長らからはため息が漏れ、怒号も飛び出した。


「それは仕方がないことだろう。奪い奪われは乱世の常だ」


「それはお前ら竜人が土地を奪われていないから言えることだろう!」


「その通りだが何か問題が?守りきれなかった者の責任を我々に負わせないで欲しいものだな。ここで条約を結べば我ら竜人は元より、他のより多くの種族は救われるのだ」


「それでは俺らは路頭に迷ってもいいと言うのか!?」


 ハオランの歯に衣着せぬ物言いに、攻撃対象は私からハオランに移った。

 向こう側にハオランという強力な味方がいるうちに反対派も何とか説得したい。


「できる限り私たちもサポートします。それこそ安全な土地で大規模に農業を行えばより豊かな生活もできるでしょう。森の魔獣狩りも人間の、特に森近くの街道を通る商人からは謝礼金を受け取りながらできる仕事にもなります」


「わっちは賛成するでありんす。この東の地は劣悪な土壌。大陸中央の豊かな土地を使わせて頂けるならこの上ない利益になりんす」


「妖狐族は初めから帝国の味方ではないか!貴様らの言葉など信用に値しない!」


 ここに会議は紛糾した。

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