120話 舌戦

 亜人・獣人との正式なったが交渉は三日後。つまり準備にかけられるのは二日しかない。あまりに短い準備期間だ。

 それでもやるしかない。


 そもそも論として、帝国内での貴族間の関係は複雑で、権力闘争も熾烈を極めている。実際に私が二年前ファリア反乱を体験したように、各地で反乱や小規模な紛争は数え切れないほど起こっていた。

 各々の利益と思惑が絡み合った会議は一進一退。明快な解決策を見いだせないまま白熱した論争が繰り広げられた。


 特に東に位置する領土を持つ領主たちは、初期から戦いを続けていたこともあり自分たちの武功に応じた土地や金品などを要求している。それは帝国から与えられるものはもちろんのこと、亜人・獣人らから戦争の結果として奪うという意味だ。

 しかし一方的な搾取は長期間成り立たない。すぐに彼らの反発を招き、再び戦争が始まるだろう。


 そんな理由から私は亜人・獣人側にも配慮した和解案を提案するが、当然の如く猛反発を食らう。初日から会議は混沌を極めた。

 だが私自身の領地にとっても交易などの問題もあるので諸領主との対立もできるだけ避けたい。


 帝国と亜人・獣人の国々。地方領主と中央政府。そして地方領主と地方領主。

 この二律背反する二者全てに納得がいくような内容など不可能だ。





「なぁ孔明……、何か妙案はあるか……?」


 私は領主たちの入れ替わりで時間が空いた隙に、空いた天幕を見つけそこで二人で相談することにした。


「実を言うと、少し大望を抱いております。これは好機なのですよ。多くの人々の欲望が醜く渦巻く壺の中に一滴の毒を混ぜたとしても、それに気がつく者は少ない。この状況を逆手に取り、我が君を王にするための秘策を練っている所です」


 孔明は羽扇の下で不敵な笑みを浮かべながらそう言う。


「えっと……、色々聞きたいことがあるんだが……。まずその最近急に出てくる『我が君』ってのはどうしたんだ……?」


「これですか。えぇ。私がこの世界に来て初めて、レオが戦で勝利を収める姿を目の当たりにしました。そこでレオの中に確かに眠る王の器を確かに感じたのです。貴方なら、きっと天下泰平の世を統べる王となれるだろう、と」


「そ、そうか……!それなら良かった……?──その期待を裏切らないよう、これからも頑張ろうと思うよ……」


 孔明がそんなことを真顔で言うもんだから、私は王には到底似つかわしくない、おどおどとした返事をしてしまった。


「そ、それで、その秘策とやらを教えてくれないか?」


「いいですかレオ。この場合、誰が敵か、誰に損得が生まれるのかといった利害得失ばかり考えても仕方ありません。まずは私たちが持つ手札を考えましょう」


「手札……?」


「そうです。例えばファリア領はレオにとって一番自由に使える手札でしょう」


「確かに、私の領土だからな」


「そして少し視野を動かせば、ウィルフリードもあり、ウィルフリード程の都市は切り札ともなり得る一枚ですね」


 孔明は袖の中からおもむろに小さな地図を取り出した。

 それはファリアを中心に周辺の村やウィルフリードなどの近隣領土が記されたものだった。


「他にも私たちに協力してくれるような人物はいないでしょうか?」


 孔明がわざわざ地図を取り出した意味を考え、よく見てから答える。


「リーンの街か」


「そうです。そしてこの三者を線で結べば……」


 地図上には少々歪な三角形が描き出された。


「これが今の私たちの勢力圏となるでしょう。リーンの街自体は手札に加えることはできないですが、この三角形の勢力圏の中なら私たちの手札にしても良いとは思いませんか?」


「確かに、各領主は自らが領有する領土周辺地域開拓に関する権利を有する。……だがこの中に有益そうなものと言えば……、ファリアが有する鉱山ぐらいしか思い浮かばないな」


「リーンを含めた理由をもう一度考えてください」


「……!そうか、その発想があったか!確かに亜人や獣人ならむしろ……」


 私が正解を導き出したことに、孔明は満足そうに頷いた。





「第一に考えることとして、今ある手札についてでした。それでは次は新たな手札を手に入れましょう」


「新たな手札?」


「はい。このように多くの貴族が集まっているというのも珍しいもの。好機と捉えるべきでしょう」


「……友好関係を築くなら今しかないな」


「流石は我が君、その通りにございます!」


 今度はヒントなしで私から先に答えを出したことで、孔明は大袈裟に頭を下げた。


「……と言っても、その先は何も浮かんでいないぞ」


「そうですね……。レオの評判が高まっているのは今が最高潮でしょう。お父上であるウルツ殿が武功を立てその名を広めたように、レオも帝国内での確固たる地位を確立していくべきでしょう」


「では、父上に相談して、この戦いに参加している父上のかつての戦友たちを紹介してもらい、父上だけでなくウィルフリード家としての付き合いを考えるべきだな」


「その通りにございます。武勇に秀でた者同士で手を組むことはレオの“今後”にとって、大きな布石となるだろうと考えています……」


 平和を目指す私が武闘派の派閥を作るというのはなんとも滑稽な話ではある。

 しかし、亜人・獣人の国々といった、国家規模の問題に直面している以上、ファリアといった小さな領地ではなく、帝国内での勢力圏を築き対処すべきであるというのは至極当然の考えであった。


 それに父が英雄と呼ばれる程偉大な人物であること。父のツテでザスクリア=リーンと知り合い、リーンの街との友好を結べた実績があるということ。

 これらを鑑みて、私はすぐに父の協力を仰いだ。




 それからというもの、私は選挙活動さながら、父や孔明らと一緒にできるだけ多くの貴族へ挨拶回りを行った。


 今回の戦争でのファリア、ウィルフリード両軍の圧倒的な活躍。特にファリアの斬新な戦術とそれを用いて終戦に導いた私。その私が描く今後の帝国の構図。


 これらを弁舌に優れた孔明の熱弁と、信頼に厚い父の後押しに、大抵の実力派貴族たちは好意的な反応を示してくれた。

 一方で、父の爵位が与えられた経緯などに未だ反感を持つ保守派貴族らの反応は鈍いものだった。


 それでも二日間、私たちはめげずに彼らを口説き回った。





 そして三日目の朝になり、何とか各貴族が求める条件をまとめた最終案に、今回の戦争に参加した全三十二の貴族のうち二十八の貴族から了承のサインを貰えた。


「──ふぅ……。それにしてもよく集まったな……」


「しかしこれはあくまでも最低条件。これを元にどれだけ有利に……、いえ、穏便な条約を結べるかですよ」


「ああ。そして最後は皇帝陛下に承認いただけるような条約にせねばならない」


「厳しい戦いには違いありません。ですが、粉骨砕身、全力で挑む他ありません」


「ああ。──さぁ、行こうか……!」

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