115話 懸軍万里

 爆光に続いて私の目を照らしたのは日の光だった。

 そう、遂に敵が本陣を構える開けた場所へ出ることができたのであった。


 しかしその光は希望などではなかった。


 気持ち悪いまでの晴天が照らし出したのは、私たちから少し距離を取って周囲から様子を伺う獣人たちであった。

 彼らは爪から血を滴らせ、剥き出しの牙からは涎が流れ出ている。


 グルルと喉を鳴らし威嚇するその姿に、私は背筋が凍る思いだった。


「その紋章……。帝国軍がどうやってここまデ!?」

「エルフ共はモウ負けたのカ!?だからアンナ奴らと組むのは反対だったのダ!」

「待て!ダガこいつらはたった三人。しかも手負いときた!この人数で負けるハズがない!」


 人虎、人狼、竜人その他の亜人・獣人たちは今にも私たちを喰い殺さんと舌なめずりをしていた。


「──私はプロメリア帝国が貴族、レオ=ウィルフリードだ!そちらの代表の方とお話したい!」


 私は馬から転げ落ちるように飛び降り、そう叫んだ。


「我々に戦いの意思はない!人虎族と竜人族の族長はどちらに居られるだろうか!?どうか一度姿を見せ、私の話を聞いて欲しい!」


「…………よく来たな、弱き人間よ。……ん?その……は…………」


 私の予想に反して、目的の人物はすぐに現れた。だが最後に何か言っていたようだが聞き取れなかった。


「我が名はハオラン=リューシェン。竜人族が族長である」


 ハオランと名乗る竜人は、他の竜人と比べ遥かに大きな翼と筋骨隆々とした身体。そしてそれを包み込む黒く艷めく立派な鱗は、人の形をしたドラゴンそのものであった。

 それだけ見れば少し大きく美しい竜人なのだが、彼は特徴的な民族紋様の施された鎧を身に付けていた。自身の鱗が鎧の役割を果たす彼らにとって、あの鎧は身分を示す象徴的なものなのだろう。


「お初お目にかかります。私はレオ=ウィルフリード。この戦争を集結させるべくこちらに参りました」


「鎧を血で染め話し合いなどと語るとは、一体どういう領分かな?」


「そ、それは……」


「……いや、よい。これは少々意地悪を言ってみただけだ。獣化した獣人と話などできたものではないからな。そなたらの非を咎めるつもりはない」


 ハオランは空の上から獣人たちを見下しながらそう言うと、獣人たちのギラついた目でハオランを睨みつける。


「戦いに死は付き物だ。我が同族はそなたらの友人を殺し、そなたらは我が同族を殺した。戦場での死は誉れ。そうであろう?」


 白く輝く牙を見せ笑いながらハオランは地上に降り立った。

 そして、次の瞬間ハオランの鱗は溶けるように身体の中に吸い込まれ、人間と変わらない見た目に変化した。


 精悍で美しい、若い人間の男性の顔をしたハオランは、その凛々しい目を私に向ける。


「…………?人化した竜人は初めて見たか?この世で最も力を持つ竜とこの世で最も高い知性を持つ人間の間に生まれた我々竜人にとって、このようなことはまったく容易いことよ」


「そ、そうでしたか……。それは素晴らしいですね……」


 高飛車な彼の態度も、全て裏付けられるだけの強さを持っている強者の余裕の表れであろう。


「さてと、それでは本題に入ろうではないか。……第一、帝国側がこちらに攻め込んで来たから始まったこの戦争。そちら側がやめると言うのであれば至って単純な話だ。我々竜人の住む竜の谷に被害は全くない。同じ亜人種のよしみで手を貸してはいるが、戦いが終わるというのであれば我々は賛成だ」


「本当ですか!?」


「それにそなたは他の人間と違い高潔な魂の持ち主だ。──あの者に見覚えがあるだろう?」


 ハオランが指さ先には、体に包帯を巻き、ぎこちない飛び方をする竜人がいた。

 そう、私が逃がすように指示した捕虜だった竜人だ。


「そうですか……。無事に戻れたんですね。良かった……」


「ああ。そなたの事は信用できると我は思っている。それは我が同族も同じだ。……だが、戦いを終わりにするというのは、口だけではないだろうな?」


「は、はい!もちろんです!今帝国軍の指揮をしているのは私の部下です。私の合図で戦いを瞬時に停止する手筈は整っています。それとこれが戦争の後私たちの関係の構想で、獣人代表として妖狐族の方から手紙を──」


 話の通じる人物が相手で良かったと安堵した私は嬉々として手紙を取り出そうとした。

 その時だった。





「俺は認めんぞ!!!」


 獣人たちの群れからドスンドスンと音を立てるような足取りで出てきたのは、一際大きな隆々とした筋肉を包む毛を逆立たせた人虎であった。


「え……?」


「これは亜人だけでなく獣人の戦いでもあるのだ!竜人!亜人である貴様が独断で決めることは許さん!」


 唾を撒き散らしながら叫ぶ人虎の様子に、ハオランは溜め息を吐くだけだった。


「そ、それなら妖狐族の方と約束を取り付けて──」


「あの軟弱平和主義者の言葉などなんの意味もないわ!野生を忘れ知性などという足枷を自ら嵌めた愚か者どもが!力こそ原始の理!」


 ここに来て全く話の通じない登場人物が……。


「おい貴様!話し合いなど必要ない!強い者だけが生き残る。これこそ原始の理!」


 人虎は鋭い爪で私を指差しながらズシズシと私に歩み寄る。

 すかさず父と歳三は私の両脇を固めるが、当の人虎は気にも介さない。


「さりとて戦いでも負けておるではないか。そなたら人虎族は統率が取れんからと本陣の護衛を言いつけられて前線の様子を知らんようだが、帝国の騎兵による突撃と左右からの伏兵で囲われた獣人どもは各個撃破され次々に敗走しておるのだぞ」


 ハオランは呆れ顔でそう呟く。


 不利な正面からのぶつかり合いではなく、機動力による攪乱に重きを置いた戦法。機甲師団ではないにしろ、孔明は電撃戦の真似でもしているのだろうか。


 確かに孔明と歳三によって新制されたファリア軍や練度の高いウィルフリード軍なら前線における部隊長規模の指揮による迅速且つ柔軟な対応で敵軍を翻弄することも可能なのかもしれないが……。


「おいレオ、考えごとは後にするんだな……。正直言ってあいつは相当にマズイ……。俺とウルツ二人がかりでもな……」


「分かっている。どの道戦いになればこの人数差で勝てるはずもない」


 交渉こそ、死中に活を見出す唯一にして絶対の手段なのだ。

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