110話 血桜

 数分歩いた先に、膝ほどの高さの草が広がる草原があった。辺りには、私とフブキを始め、騒ぎを聞きつけたカワカゼを初めとする妖狐族の人々が集まってきていた。


 多くの観衆に見守られる中、傾いた夕陽と刀を持った二人の男の姿は、さながら時代劇で見た果たし合いの様である。


「さあ、本物の剣技を見せてくれ!」


 ヒュウガは刀を抜き鞘を遠くへ投げ捨てた。

 見るからに腕力が足りなさそうなヒュウガは下段に刀を構えた。


 もっとも、型としては私が見ても明らかに酷いものであったが。


「いいか、レオ?」


「仕方ない。殺さない程度に頼む」


「相分かった」


 歳三も刀を抜き中段に構える。


「レオ、合図を頼む」


 まさか自分が一騎討ちを取り仕切る側になるとは思っていなかった。こんなことなら父と歳三との一騎討ちの時、もっとしっかりアルガーの台詞(セリフ)を聞いておけば良かった。

 正式なものは知らないので適当に口上を考える。


「ああ。……これよりレオ=ウィルフリードの名のもとに、土方歳三とヒュウガ=ミツルギによる一騎討ちを行う。──始め!」


 私がそう叫ぶと、すぐさまヒュウガが仕掛けた。


 下段から放たれる斬撃は、さながら逆袈裟斬りのようであった。しかし、手を持ち変えるという技術のないヒュウガの攻撃は歳三にとって受ける必要もなく簡単に見切られてしまった。


 それでもヒュウガは何度も走り込みながら歳三に刀を振り下ろす。が、当然素人が振り回す刀に当たるほど歳三は弱くない。


「はぁ……はぁ……。──なぜ攻撃してこない!」


 ヒュウガはブンブンと刀を左右に振り回しながら叫ぶ。


「太刀筋が無茶苦茶過ぎて近寄れねェよ!見ているこっちまで危なっかしいぜ!──真剣を持つには早すぎたようだな!」


 今度は腹に抱えて突きというか、槍のように突撃してきたヒュウガの刀を歳三は軽く払い除けた。

 初めて刀と刀がぶつかりあったその瞬間、カキン!という音と共に、ヒュウガの刀は宙を舞った。


「──ッンな!」


「ちょいと痛いかもしれねェが踏ん張ってくれよ……?」


 そう言うと歳三はニヤリと笑い、腰を深く落として一度納刀した。


「──『血桜(ちざくら)』ァ!」


 そう叫び歳三が抜刀。その刹那ビュウと風が吹いたと思うと、ヒュウガの胸には大きくX字に傷ができていた。

 そしてその傷から吹き出た血が上へ舞い、それが降ってくる様はさながら赤い枝垂桜(しだれざくら)か散りゆく桜の花びらのようであった。


「長!」


 倒れたヒュウガにカワカゼたちが駆け寄る。

 フブキはあまりの衝撃的な光景にヒュウガを直視することができず、その場で俯いているだけだった。


「歳三、今のは……?」


 ハンカチで刀についた血を拭う歳三に話しかける。


「風の魔法を使った新しい技だ」


「それであれだけ血が飛んでたのか」


 下からすくい上げるように、風の魔法による勢いに乗せた斬撃を二太刀。本気で深くまで斬りこんだこの技を受ければ、立っていられる者はいないだろう。


「あァ。実際は思ったより傷は深くないはずだぜ。……今のがレオの参考になれば良いがな」


 そう言うと歳三は私の肩を叩いた。

 私は無言でそれに応じ、腰に差した刀を握りしめる。私もこの刀を人に振るう時が来るだろう。





「だ、大丈夫ですか……?」


 周りの妖狐族たちからの痛い視線を浴びながら、私もヒュウガ に歩み寄る。

 ヒュウガは大の字に寝転びながら、カワカゼによる止血や落ち着きを取り戻したフブキの回復魔法を受けていた。


「……う、……あぁ。むしろ清々しい気持ちだ。本物の剣術とはこんなにも美しいとはな……」


 出血により顔から血の気が去ったヒュウガであったが、言葉はしっかりとしていて、意識も大丈夫そうだった。


「大変なところ申し訳ありませんが、約束は果たして頂けますか?」


「ん……?あ、あぁ……。それはもちろんだ。妻に会うといい」


「奥様ですか?」


 つまりフブキの母親である。


「案内します。こちらへ……」


 まるで段取りを予め決めておいたかのように、何のやり取りもなしにフブキは立ち上がり、ヒュウガの館の方へ歩き出した。

 いつの間にかヒュウガの治療も終わっていたようだ。


「そ、それでは私は失礼します……」


「俺もこれにて御免。……レオに斬りかかったことはこれでチャラにしといてやるぜ」


 歳三はそんな捨て台詞を吐きながら、ヘクセルが開発した魔道具ライターで煙草に火を付けた。

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