99話 前線へ
次の日の朝早く、皇都の皆様方に見送られながら私たち再び西へと歩みを進めた。
安全な所で吉報とやらを待つ彼らの声援は、これっぽっちも私の心に響かなかったが、兵士たちは気持ちを新たに出発できたようで何よりだ。
私が守りたいものは彼らの利権でもなんでもない。が、戦う理由はそれぞれであり、わざわざ否定するつもりもない。
尻を痛めながら死地へと赴くこの時間は、いつまで経っても気持ち悪いものだった。
争いに自ら足を踏み入れるなど、私が望むのものの正反対なのだから。
とはいえ、新生ファリア軍の活躍には私も期待している。
かのニッコロ・マキャベリ曰く、“それ”を行う時は一度に、確実に完遂しなければならない。
来たるべきD-dayに備え、私も十分な戦力を整える必要はある。
そのためにヘクセルに試作兵器を作らせ、孔明発案の巨大兵器を投入した。
どうせ戦わねばならんのなら、エルフの民には申し訳ないが実戦での経験を積ませて頂くとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
滞りなく行軍を続けること十一日。遂にその時はやってきた。
「アルガー殿からウルツ様に伝令!『先遣部隊司令部に到着。指揮官各位は即時集合せよ』との事であります!」
「随分と性急ですね」
孔明の目付きが明らかに変わった。
「まさかかの帝国陸軍が押されているのか……?──いや、ここで論じることに意味はないな。とにかく急ごう。本隊はこのままの速度で司令部後方に進軍せよ!私たちは先に向かう!……レオ、行こう」
父は少し不安そうな顔を見せた。
戦友たちの危機かもしれないのだからそれもそうだろう。
「分かりました。……歳三、孔明、タリオ。行くぞ!」
「おっしゃァ!」
「了解致しました!」
「はっ!」
司令部とやらに馬を走らせると、段々と戦場からの怒号が聞こえてくるほどになった。
数十万もの命がぶつかり合うその音に、私の心臓が高鳴る。
「──こ、ここが司令部だと?野戦病院の間違いではないのか……」
土煙で薄汚れた陣幕の中は、血の滲む包帯を巻いた兵士たちの呻き声で満ちていた。
「ウルツ様、お待ちしていました」
「アルガー、久しぶりに会った気がするな」
先遣部隊として露払いを行っていたアルガーとは約一ヶ月ぶりに顔を会わせることになった。
「──ウルツ……?これはウルツ=ウィルフリード殿ではありませんか!これで我らの勝利は決まったというものだ!」
「……はぁ、待ってくれ。これのどこに勝利などあるんだ。……早く状況を説明してくれ」
髪は乱れ、服はぼろぼろ。そして疲れきった表情の男が無理に作った笑顔でそう言うのを、父は一刀両断した。
「……失礼しました。私は陛下の勅命により、此度の戦いで指揮官を努めさせていただいております、帝国陸軍大将シュミット家が四代目、ウィリー=シュミットと申します。どうぞよろしく……」
彼もまた包帯を巻いた、うっすらと血の滲む手を差し出した。
「よろしく。私はウルツ=ウィルフリード。こっちは倅(せがれ)の──」
「レオ=ウィルフリードです。後ろにいるのは私の側近です。お気になさらず」
「あなたが噂の『英雄王』ですな……。これは頼もしい限りだ」
私は差し出された彼の手を握った。その手はあまりに弱々しく、子どもの私よりも力がないのではないかとおもうほどだった。
「それで、この惨状はどのようにして?」
孔明はなんの躊躇もせず、確信に迫った。
「これは手痛い質問ですな……。それでは、簡潔にお話します」
ウィリーは破れた服を見ながら、思い出すように話し始めた。
「初めは良かったのです。いくつかの小国……、いえ、彼らは国という形を持たないのでしたね。……いくつかの亜人や獣人たちの村を占領しました」
ウィリーは伏見がちな目をこちらに向ける。
「勢いに乗ればすぐに全ての土地を平定できる。そう思っていたのが間違いでした。……エルフの弓術と地の利、そして連携。我々は完全にこの地に足止めされました」
まぁ、単純に大きさも全然違うだろうが。
エルフは亜人の中でも二番目に数が多い種族だ。ちなみに一番は、人間社会での社会的な立ち位置を確保しているドワーフである。
「そして状況はさらに悪化しました……」
「ここまでの反撃を食らうとは、一体どのような愚策を弄したというのでしょうか?」
孔明は冷たくそう言い放った。
「これは手厳しいですな……」
味方の兵力が想像よりも減っている。それは事前に散々策を練ってきた孔明としても到底受け入れ難い事実だ。
「──まさか獣人たちが連合軍を成して反撃に出るとは思ってもいなかったのです。……彼らはまさに化け物。地上最強の帝国軍といえど、森や空から攻撃されては手も足も出ません……」
木の上はエルフの独壇場。視界の悪い森の中では、人狼のような鼻の効く獣人たちが圧倒的な優位を保てる。更には空からは翼を持つ竜人らの援護と来れば、地上でろくに統制も取れず
左顧右眄(さこうべん)している人間など赤子も同然だ。
「ふむ、それはまずいですね。戦は強きを避け弱きを討つのが鉄則。されど彼らが手を取り合い、互いを補い合えばこれを打ち破る事は困難を極めます」
孔明は策を練り直すため、羽扇を取り出しぶつぶつと何か呟く口元を覆った。
「彼我の戦力を教えてくれ」
「我々帝国軍は残存兵力で十五万。負傷二十万。戦死少なくとも五万です。──対する敵兵力は……、正確な数は分かりかねます。なんせ奴らは木々に隠れて攻撃してくるのですから……」
どれ程物資や装備の整った大軍であってもゲリラ戦には苦しめられる。
それは第二次世界大戦やベトナム戦争でのアメリカを見れば分かる。
「全く分からないほど我ら帝国軍人は無能ではないだろう」
父は怒気の籠った声でウィリーに詰め寄った。
「じ、情報も錯綜し、もはや信頼性は皆無ですが……、前線からは五十万と……」
「……正直言って、黙ってこのまま帰った方が良いんじゃねえかってぐれェだな」
「あぁ……、私たち三万が今更どうこうできる問題でもないな……」
私もこれには絶望せざるを得なかった。
戦争は数でどうにかできる問題でもない。しかし、数がなければそもそもどうにも出来ない。
人員、資源、装備のどれもが足りなかったかつての大帝国は、精神論で戦争を乗り切ることはできなかった。
「……それでも。それでもだ。……それでも俺たちは戦わなければならない。命果てるその時まで帝国に忠誠を尽くすのだ……」
これ程までに本心を包み隠した父の苦痛の表情を、私は初めて見た。
アルガーも、口を開かずとも父のその言葉を渋い表情で聞いている。
これから、苦しい戦いが始まるのだ。
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