90話 領地開発
私の演説の次の日、嬉しいサプライズがあった。
「おはようレオくん!」
そう、シズネが来たのだ!
いや、正確に言えば、私の手紙を読んだ母が数人のメイドと、シズネを含むウィルフリードの文官を送ってくれた。
私の身の回りと、当面の街の運営に事欠かぬようにとの返信もあった。
加えて、少なくない資金も送られてきた。
母に言わせれば『先行投資』だそうだが、これも私を思ってのことだろう。いずれは返していかなければ。
私たちは次々に屋敷へ運び込まれるそんな物資を横目に、玄関で会話していた。
「シズネさんとまたご一緒できて嬉しいです」
「あれ?レオくんご指名だと奥様から聞いたんだけどなぁ?」
「ちょっ!は、母上……」
シズネは悪戯っぽく笑う。
「……レオ、少しいいですか?」
空気を読んで助け舟を出すかのように、孔明が私の肩を叩いた。
「───これを見てください」
そう孔明が手渡してきた紙には、母の字でこう記されていた。
『ファリア移住希望者 三百二十名 』
その下にはずらりと彼らの職業がまとめられていた。
「見たところ、優秀な労働力となる人員を見繕ってくれたようだな」
「はい。これだけいれば喫緊の課題である連弩の製作を初め、多方面での活躍が見込めるでしょう」
申し訳ないが、戦いで若者という労働力を失ったファリアに老人は荷物にしかならない。贅沢を言えば特別な技術やスキルを持っている人間の方が良い。
その点も母が『慧眼』のスキルを使うなどして選別されているのだろう。
「冒険者や傭兵連中の中にも、活動拠点を変更という形でこっちに来る奴らもいるみてェだぜ」
「ふふ、嬉しい限りだな」
兵だけ希望者を募って連れてきたが、民間人でも私についてきてくれる人がいるとは。
彼らもまた、兵士と同じく私に命を預けて戦った仲間なのだ。
「レオくんもすっかり領主の姿が様になってるね!」
「まだまだこれからですよ……!」
そう言いながらも、私はシズネに向かって軽くガッツポーズを決めた。
「それで、私は何をすれば良いのかな?」
「はい。これはシズネさんにしかできない事なのですが……」
「……?」
政治体制の変革。その為には絶対不可欠になる要素が一つある。
「私塾の運営をお願いしたいのです」
「し、じゅく……?」
厳しい税を乗り越えるためには、このファリア全体の生産力を向上させなければならない。
円滑な街の運営。それに加えて領民一人一人が知識と技術を身に付ける必要がある。
技術に関しては、母が送ってくれた職人らから学べることもあるだろう。
妖狐族が持つ、客観的で深い知識。それはシズネの授業を受けてきた私が一番良く知っている。
「そうです。今度は私だけではなく、望む人全てにシズネさんの授業を聞かせてあげたい。そう思いました。……もちろん給料はこちらが出しますよ!」
そこんところよろしく孔明。
「それは良いんだけど……、上手くいくかなぁ?誰も来ないんじゃ……」
現実として、農業都市であるファリアの識字率は低いらしい。掲示板があまり利用されてなかったのにはそのような背景もあるだろう。
「掲示板だの、私塾だのと、レオは江戸を目指しているのか?」
「よく分かったな歳三。……私はこの、どこか懐かしい景色を見てパッと閃いた。私が見ている少し先の未来。それは中世から近世への転換点だ」
識字率ひとつ取っても、江戸に住む人々の識字率は当時の世界各国と比べてトップだったらしい。
それ故にあれだけ華やかな文化が花開いたのだ。
平和で、ゆったりと成長していく。
そんな私の理想像がそこにはあった。
個人的な体験に基づくと、現代の結果至上主義には辟易している。
おかげで足を滑らせ、一度は命を失ったのだから。
「私にはその江戸が分かりませんが、レオの言いたいことは理解しました。人々が皆、雪月風花を楽しめるような街を目指したいものですね」
「そういうことだ孔明」
皇帝からの厳しい試練を乗り越えつつ、帝国で一番の街を造る。
そこまでしなければ、私がこの世界にやってきた意味は無い。そう思った。
「それじゃあ私はレオくんの描く素敵な未来のお手伝いをすれば良いんだね!」
シズネはそう言い、歯を覗かせるぐらいの笑顔を見せた。
「家はこちらで用意します。それまではこの屋敷で準備をしてください。……まずは簡単な文字の読み書きから、生活する上で必要な教養を身に付ける程度の授業内容でお願いします」
「了解!」
私の指示を聞き終えると、沢山の本を抱えながら屋敷の奥へと入っていった。
「そういや、鉱山開発の話はどうなった?」
「技術者がウィルフリードからやって来たから本格的に始められそうだな。ただ、まだなんの調査も出来ていない以上、あまり収入源として期待しすぎるのもいけない」
「私も農業についてを主に考えています。この冬に成果が挙げられないようでしたら、すぐに切り上げ春から新しい作物の開発に取り組みましょう」
「そうだな。……魔石を買ったり、冒険者にモンスター討伐の依頼を出すのも費用がかさむから、少しは魔石も採れるといいんだがな……」
どんな地形にどんな鉱石が埋まっているのか、私は知識がないし、あったとしてもそれがこの世界に通用するとも限らない。
ましてや魔素の塊である魔石なんてものの、生成条件など知る由もない。
更にはいわゆる属性やらの種類もある。どれか有用でどれが不要なのかも分からない。
その辺はヘクセルに任せたいところだ。
多少の不安要素はあれど、確実に動き出した新生ファリアの歯車に、私は確かな手応えを感じていた。
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