26話 戦後処理

 次の日の朝から、戦後処理が慌ただしく始まった。



 正確な被害規模や数字の把握の為、午前中はシズネたちに書類の作成を任せた。


 歳三は軍の損失をまとめ、武器や装備の整備、そして壊された壁の警備などに当たった。壁上の固定兵器や跳ね橋の修理も残っている。


 ゲオルグは冒険者ギルドを再び動かし、魔物の討伐を始めた。戦争に勝ったと言うのに、ボロボロになったウィルフリードが魔物に滅ぼされたとしては話にならない。


 ナリスは敵味方問わず、生き残った傭兵を集めて再組織している。軍の損害を考えるに、傭兵たちの力無しに現在のウィルフリードの警備体制は成り立たない。


 セリルは昨日の宴の後始末から始まった。それからは民たちがまた普通の生活に戻れるように支援している。それがセリルたち商店の収入を戻す手助けにもなるからだ。


 ベンは自治会で集会を開き、自警団を組織しウィルフリード内での警備に協力することを約束してくれた。復興には彼ら民衆の力が必要不可欠だ。



 私はウィルフリードの街とその周辺の視察に赴いている。直接目で見て考えるのも領主としての仕事のひとつだ。


 午後からはシズネたちのまとめた資料を元に、ヘルムート団長らとの会議が開かれる。


「タリオまずは破られた北の壁とその周辺の被害にあった区画を見に行こう」


「了解です」


 今日は私も一人で馬に乗っている。まだ慣れない部分はあるが、いつまでもおんぶにだっこともいかない。


 セリルたちの支援もあってか、街の人通りは以前のように戻っていた。むしろ復興に勤しむ人々の活動が増えた分、荷馬車などの行来が多く見られるようになった。



 被害にあった区画の近くへ来ると、さらに人手は増えたように感じた。家を建て直す大工たちが金槌を打つ音が街に響く。


 焼失した家の住民はとりあえず宿に泊まるように命じた。その宿代はもちろん補償する。


 宿にというのも、実はウィルフリードにはもう空き家がほとんどないのだ。


 最近は母の手腕により経済も発展したこのウィルフリードに多くの人が集まり、人口も爆発的に増加した。


 しかし、壁の中にはもう家を新しく建てるスペースもなく、魔物の危険がある壁外に村を作るしかなくなっていた。


 そこで私には一つ考えがあった。それはウィルフリードを囲う壁の大規模拡大だ。


 硬い外骨格を持つ甲殻類はその体を大きく成長させるのが難しい。そこで彼らは「脱皮」という形で硬い外側の殻を脱ぎ捨て、体の成長に合わせて殻も作り直す。


 その発想から私はウィルフリードのさらなる発展の為に、壁の拡大計画を思いついた。


 方法は二つあり、今ある壁の外側にさらに新たな壁を建設し、ミルフィーユのような層構造を取るのが一つ。もう一つは今ある壁を完全に破壊して外側に新設するのが一つだ。


 前者の場合、壁の取り壊し工事が不必要な為すぐにでも建設が始められる。その一方で、街は壁と門で仕切られるため、交通や流通の面、そして単純に利用可能面積が制限される。


 後者の場合、壁を一時的とはいえ捨ててしまう訳だから、外からの攻撃に非常に脆くなる。だが、魔王領から離れたこのウィルフリードでは二重の壁までの防衛が必要か疑問でもある。


 私が個人的に後者の方が良さそうに思えるのは、もしかしたら平和な世の中とその街で育ってきた弊害なのかもしれない。


 いずれにせよ、これは父や母と相談しなければ決めることが出来ない。もうすぐ終わる任期を待って、軍が帰ってきてから本格的に話を進めてみようと思う。



 突き当たりの崩れた壁は一時的に立ち入り禁止にした。こればっかりは直すにも完全に壊すにも大工事となるため、中途半端なまま放置するしかなかった。


 門は焼けた部分を貼り直すことで、ひとまずは応急処置が完了していた。


 しかし、跳ね橋は吊り上げる機構が焼け落ちてしまい、これもまた大工事の必要がある。



 まとめると、北側は大きく損傷した部分が多く、大規模工事を必要とするため手もつけられない。




「次は外の様子を見て回ろう。ここは通れないから、西門を出てそのまま南からぐるっと一周しよう」


「午後の会議に遅れませんか?」


「いや、大丈夫だ。軽く見るだけだからすぐに済むさ」


 そうは言ってものんびり観光気分で歩く程の余裕はない。私たちは馬を走らせ、壁沿いに西門を目指した。



 西門を出てすぐのところでは民たちが何やら作業をしていた。


 少し立ち寄って見てみると、それは敵兵の遺体の処理と装備の回収であった。


 敵とはいえ、遺体をそのままにしておくことも出来ない。感染症を引き起こしたり魔物を呼び寄せるというのもあるが、何よりも見ていていたたまれない。


 それに、早秋で涼しくなってきたとはいえ、放っておくと腐臭も気になってしまう。


 身ぐるみを剥がすのも、現代人の考えからすると罰当たりに思えるかもしれない。しかし、この時代の金属は想像以上に貴重なものである。


 何より、死んだ者に必要なのは立派な装備でも墓でもなく、誰かからの祈りだけだ。


「行きましょうレオ様」


 理屈は分かっている。それでも、見ていて気持ちのいいものでは無い。


 私たちはその場をそっと離れ、南へ向かった。



 南門付近は特に戦闘もなく、壁や門への被害もほとんどなかった。強いて言うなら矢が刺さっているぐらいだ。


「このまま戻ってもいいと思いますよ」


 タリオが少し心配そうな視線を向ける。


 それもそのはず、東門では戦争初日に歳三たち突撃部隊が戦闘を行った。そのため西門のような状況になっていてもおかしくは無い。


「いや、私には最後まで見届ける義務がある」


 殺しに、そして死にに行かせて、私はそれらから目を逸らすなどどうして出来ようか。


「そう言うと思ってました」


 タリオは堅苦しい考えの私には呆れているのか、それとも安心しているのか、肩をすくめて笑って見せた。



 だが、西門の周辺はそのような状況になかった。


 確かに、あの戦いは最初期のものだから、敵が負傷兵も遺体も回収する余裕があった。物資が手に入らなかったというのは残念なのだろうが、見たくない光景が見なくて済むに越したことはない。


「北は間違いなく一番酷い状況だと考えられます。覚悟を決めてから行きましょう」


「そうだな……」


 北門が通行止めになっている以上、民たちがわざわざ外を回ってまで後処理に来ているとは考えにくい。かなりの確率で最悪の状況がそのままにされているだろう。


 私はふっと息を吐き出す。


「大丈夫だ。私の戦いはむしろこれからだからな」


「私たち、ですよ」


「……そうだな。ウィルフリードの全員が、これから立ち上がる時だ」

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