4-17. ジェイドの覚悟

 続いて神殿に戻ってブラックホールを呼ぶ。


 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。


 ユリアは立方体の前で両手を向かい合わせにし、深呼吸を繰り返すと深層意識に自分を落としていく。

 宇宙が生まれた時にたくさん作られたというマイクロブラックホール。蒸発せずに残っているものをイメージし、それがユリアの手の間にやってくることを認識する。仮想現実の世界に本物のブラックホールを呼ぶわけなので、AR(拡張現実)の逆版のような特殊処理が必要であるが、この辺りは最終形態を認識すれば自動的に補完されていくだろう。何しろユリアは神なのだ。


 薄目を開け、深層意識にどっぷりとつかり、虚ろな目で宇宙とシンクロするユリア。

 やがて激しい閃光がバチバチとユリアの両手の間に瞬き、直後、ブゥンという重低音が響いて漆黒の球が手の間に生まれた。その玉の周りは強烈な重力で空間が歪曲し、レンズのように向こう側がゆがんで見えている。

 ユリアは、落とさないように細心の注意を払いながら、そっと立方体の上に開いた穴にブラックホールを合わせ、ゆっくりと下ろしていく。

 すると、ボシュッ! という低音が響き、激しい光を放った。

「きゃぁ!」

 目がくらんだユリアは思わずのけぞる。

 バリバリバリ! と、激しい衝撃音を放ちながら閃光を放ち続ける立方体。一歩間違えたらこの星全体が吸い込まれかねない究極の存在であるブラックホールが放つ衝撃に、ユリアは思わず冷や汗が浮かぶ。

「ブラックホールの事象の地平面の向こうは、全ての宇宙の根源に繋がってるんですよ」

 ネオ・シアンはうれしそうに説明してくれる。

 なるほどそういう理屈だというのは良く分かったが、全てを押しつぶす究極の存在をどうやって活用するのかユリアにはさっぱり分からなかった。


 やがて徐々に穏やかになっていく立方体。光がおさまると、供物台の上には四次元超立方体がウネウネと動いていた。それは立方体の中から小さな立方体が現れて新たな大きな立方体に変形していくのを繰り返す、奇妙な物体であり、ユリアは怪訝そうにそれを見つめる。


 いきなり、ガッガ――――ッ! と、ノイズが上がった。そして、


「ユ、ユリア、いるか!?」

 と、ジェイドの声が響く。

「ジェ、ジェイド――――!」

 ユリアは思わず絶叫した。

 そして、

「ジェイドぉぉ……」

 と、うめきながら涙をポロポロとこぼす。

「ユリア! 無事か?」

「うっうっうっ……。ぶ、無事なんかじゃないわ! ジェイドのいない人生なんて生きていけない」

 そう言って顔を覆った。

「そ、そうか……」

「ねぇ、助けて……ジェイド」

 ユリアは疲れ果て、うなだれながら絞り出すようにつぶやく。

 ジェイドは少し考えると隣のシアンに頼む。

「何とかして我をユリアの所へ送ってもらえませんか?」

「この通信はブラックホールを経由して送ってる。人を送るのは到底無理だね」

 シアンは肩をすくめる。

「この世界は情報で出来てるんですよね? だったら我を構成してるデータを伝送すれば行けませんか?」

「理屈上はそうだよ。でも、受信側に身体を再構成するシステムの開発が必要だし、データ量が膨大でこんな音声通信経路で送るのは現実的じゃない」

 シアンは首を振る。

「なら、魂だけ送ってください」

 ジェイドはシアンをまっすぐに見つめ、頼み込む。

「えっ!? 身体を捨てるってこと!?」

 シアンは驚く。

「向こう側でユリアが作った身体に我の魂を送れば、実質行けることになりますよね?」

「そうだけど、身体は魂の容れ物。容れ物が変わったら魂も変質しかねないよ? 自我が崩壊しちゃうかも」

 シアンは渋い顔をする。

「大丈夫です。どんな身体に入っても我は我、ユリアを愛する気持ちは変わりません」

 ジェイドは真剣な目で言い切った。

「宇宙を渡る魂の転送なんてやったこと無いよ? 失敗して死んじゃうかもよ?」

「ユリアがいない暮らしなど死んだも同じです。問題ないです」

 爽やかに笑うジェイド。

「ジェ、ジェイドぉ……」

 話を聞いていたユリアは、涙をポロポロとこぼしながらジェイドの覚悟に震える。

「分かった! 面白いじゃないか」

 シアンはニヤッと笑う。そして、ユリアに聞く。

「と、いう事だ。ユリア、魂だけのジェイドは受け入れられるか?」

「え?」

 いきなり振られてユリアは悩む。自分の創った身体にジェイドの魂が入ったら、それは本当に今までと同じジェイドになるのだろうか? 変わらず愛しあう事はできるのだろうか?

 だが、彼は自我崩壊のリスクを承知で宇宙を渡ると言っているのだ。その彼の覚悟があればうまくいくに違いないし、自分もその覚悟に応えたい。

 ユリアは手で涙をぬぐうと大きく息をつき、言った。

「大丈夫です。お願いします!」

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