4-8. 絶望のプランB

「くっ! まだまだ! プランB、用意!」

 将軍はぐっと歯を食いしばり、恐怖心を押さえこんで叫ぶ。

 兵士たちは一斉に塹壕ざんごうに逃げ込み、草原には歩くジェイドだけが残される。気がつくと将軍もユリアを残して穴に飛び込んだ。

 直後、ジェイドの足元から漆黒のオーラが次々と立ち上がり、ジェイドに巻き付いていく。どんどん闇に飲まれていくジェイド……。

「ハッハッハ――――! あの闇の中では誰もが正気を失う。精神を蝕む闇、奴がどれだけタフでもこれに耐えられる人間などおらん!」

 将軍は塹壕から様子を覗きながら勝ち誇った様子で叫ぶ。

 直後、真紅の巨大な魔法陣がジェイドの上空に輝いた。それは莫大な魔力を受け、パリパリと周囲にスパークを放つほど高エネルギーが充填されている。

「とどめじゃ! 焼き尽くせ!」

 将軍がそう叫ぶと魔法陣はジェイドめがけて一気にはじけ、閃光が天地を覆いつくした。

 ズーン!

 激しい衝撃波が大地を、ユリアを襲い、生えていた木々は次々となぎ倒されていく。

 巨大なキノコ雲が立ち上り、熱線を辺りに振りまきながら高く高く舞いあがった……。

 熱線が降り注ぐ中、将軍はニヤニヤしながらそーっと塹壕から顔を出す。これはオザッカ軍最大の攻撃手段であり、それを直撃させた以上勝利にはゆるぎない自信があったのだ。

 しかし……、キノコ雲が晴れていった中、将軍が目にしたのは無傷のジェイドだった。

 まるで何事もなかったかのようにジェイドは焼け野原でたたずんでいる。

「え……?」

 将軍は言葉を失う。精神を乱し、そこに最大の爆撃を加えた。もうこれ以上の攻撃方法はないし、そもそもあの直撃を受けて無傷な理由が分からない。そんな人間はいるはずないのだ。

 兵士たちも塹壕から顔を出し、どよめきが上がる。みんな無傷なジェイドに驚き、底知れぬ恐怖に顔を青ざめさせていた。


「ジェイドそろそろいいわよー」

 ユリアは楽しそうに声をかけた。ユリアも爆発の衝撃を受けたはずだったのに何のダメージもおっていない。将軍はこの二人のあまりの異常さに、湧き上がる恐怖心を抑えきれず、歯をガチガチと鳴らした。


 ジェイドは、ボン! という爆発を起こし、ドラゴンへと変化する。

 将軍も兵士も目を疑った。いきなり現れた、巨大な翼をひるがえす威風堂々とした巨体。それは厳ついウロコに巨大な鋭く光る爪、まるでこの世の者とは思えない伝説級の威容だった。


 あわわわわ……。

 真っ青になる将軍。

 なるほど、彼はドラゴンだったのだ。小賢しい人間の攻撃など効くわけがない。

「も、もうダメだ……」

 将軍はへなへなと、塹壕の中にへたり込んでしまう。


 ギョワァァァ!

 ジェイドは重低音の咆哮を一発、二万人の兵士たちは圧倒的な迫力に威圧され戦意を喪失した。

 雄大な翼を大きく天へ掲げると、ジェイドは太い足で一気に空へと跳び上がり、バサッバサッと翼をはばたかせる。

 兵士たちはパニックに陥った。ドラゴンはかつて街を一息で灰燼かいじんに帰したらしい。そういう伝説は皆、子供の頃から聞かされて知っている。もはや逃げる以外考えられなかった。

 ジェイドは上空から逃げ回る兵士たちを睥睨へいげいすると全身を青白く輝かせ、ギュァァァ! という咆哮と共に兵士たちに衝撃波を放つ。

 衝撃波は兵士たちを直撃し、地響きが響き渡った。兵士たちは無様に吹き飛ばされ、もんどりを打って転がっていく。


 ひぃぃぃ……。

 将軍は自慢の軍隊が壊滅してしまったことに言葉を失い、冷や汗をたらたらと流す。伝統あるオザッカの軍隊を任されて十数年、誇りをもって今までやってきたが無様にも壊滅されてしまったのだ。

 相手がドラゴンであったとしても、それなりの戦い方があったに違いない。それを見抜けず、慢心して壊滅させてしまった失態はとても許されないし、一番自分が許せなかった。

 将軍は意を決すると塹壕を飛び出し、剣を抜いてユリアに駆ける。

 せめて大聖女だけでもうち滅ぼしておかねばオザッカの臣民に、君主に顔向けができない。

 将軍は筋骨隆々としたたくましい腕を振り上げ、

「ソイヤ――――!」

 と、の掛け声とともに、目にも止まらぬ速さでユリアに剣を振り下ろした。


 ザシュッ!

 剣はユリアの肩口から斜めに袈裟切りにバッサリと切り裂いた。

 将軍は肉を切り、骨を断つ手ごたえをしっかりと感じながら最後まで剣を振り抜く。まさに歴戦の勇士による見事な剣さばきだった。


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