2-4. 天然のコンサートホール

「さぁ、行こう……」

 そう言うとジェイドも一緒に潜り、ユリアの手を引いた。

 二人は海の世界の中をスーッと潜っていく……。

 白い砂浜はやがてサンゴ礁となり、青や真紅の鮮やかな小魚の群れがサンゴの周りを覆っている。ひらひらと舞うミノカサゴを追い越し、さらに沖へと進んで行くと、徐々に風景が青くなっていく。

 上を見上げると海面がキラキラと揺れ、陽の光がオーロラのように煌めきながら光のカーテンを作り、そこをウミガメがゆったりと横切って行った。

「うわぁ、素敵……」

 ユリアは生まれて初めて見る海中の景色に思わずウットリとしてしまう。

 すると、巨大なナポレオンフィッシュが近づいてきて、好奇心旺盛にユリアの周りをゆっくりと泳ぐ。

 ユリアが手を振ると不思議そうに目玉をキョロキョロさせながら手を眺め……、そして急に身をひるがえすと逃げていった。

 何だろうと思っていると、巨大な影が近づいてくる。ゆうに三メートルは超えようかというイタチザメだった。体には特徴的なしま模様が見える。サメはスーッと近づいてくると、ギョロリとユリアをにらみ、通過していく……。ユリアは思わず身をこわばらせた。そして、ゆったりとUターンすると、こちらに戻ってくる。

 ジェイドはサメをにらむと、

 グルグルグル……、と重低音を発する。

 するとサメはビクッと驚き、スーッと逃げて行った。

「ふぅ……、ビックリした……」

 ユリアが胸をなでおろすと、ジェイドはサムアップしてニコッと笑う。

 そして、ジェイドはさらに沖へとユリアを引っ張っていく。

 しばらく行くと、紺色の海中の中にぼんやりと黒いものが見えてくる。何だろうと思っているとそれは巨大な穴だった。どこまでも真っ黒な底の見えない深さに思わずブルっと身を震わせるユリア……。

 ジェイドはそんなユリアを見てニコッと笑うと、手を引いてその穴の中へと降りて行く。

 穴は洞窟となっており、向こうの方に開いたいくつかの穴からは陽の光が差し込み、まるでスポットライトが当たっているかのように、揺らめきながら洞窟内を淡く照らしていた。そして、バラクーダのような長細い大きな魚の群れがスーッとそこを横切っていく。それはまるで天然のコンサートホールのようで、ユリアは思わず見とれてしまう。


 海の中は驚きと感動の宝庫だった。その後もあちこち海中を散歩し、ビーチへと戻ってきた頃には陽はすでに傾き、砂浜をオレンジ色に染めている。

 ユリアはタオルで髪の毛を拭きながら、

「海って素敵ね!」

 と、嬉しそうに笑う。

 ジェイドはレモネードを作り直しながらうれしそうに微笑んだ。


 ユリアは徐々に傾いていく太陽を見ながら、

「帰るのがもったいないくらいだわ……」

 と、つぶやく。

「今晩はここに泊まる?」

 ジェイドは楽しそうに聞いた。

「えっ!? ど、どこで寝るの?」

「ハンモックを釣ればいい」

 ジェイドはそう言ってタープを結んでるモクマオウの樹を指さす。

「い、いいわよ」

 ユリアは初めての野宿にちょっと不安を覚えつつも、好奇心に惹かれて答えた。


 ジェイドは良さそうなモクマオウの樹を二本探し、それらの枝の間にロープを二本結び付け、二本のロープの間に毛布を張った。

 試しに寝転がるジェイド。ハンモックはゆらゆらと揺れ、いい具合である。

 ジェイドは目をつぶり、満足したようにうなずいた。

 それを見たユリアは、

「私も~!」

 そう言ってジェイドの脇に強引に滑り込む。

「おっとっと……」

 ギシギシと揺れるハンモックに慌てるジェイド。

「うわぁ、ハンモックって不思議ね」

 ユリアは無邪気に喜ぶ。

 やがて夕焼けが空を覆い、水平線の向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。

 二人は何も言わず、その荘厳な大自然のショーを見つめていた。

 茜色に染まる雲、キラキラと夕陽を反射する海面、ザザーンと音を立てながら夕日に染まる波打ち際……、その全てが神聖な感動をともなって胸に迫る。


「ジェイド……、ありがとう……」

 ユリアはジェイドの手をギュッと握って言った。

「どうしたんだ? 改まって」

「私……、ジェイドに良くしてもらってばかりで申し訳なくって……」

「我はユリアといるだけで楽しいぞ」

 ジェイドはユリアの頭をなでながら言う。

「ふふっ、ありがとう……」

 ユリアはそう言うと伏し目がちに続けた。

「私ね、反省してるの」

「えっ?」

「私、幼なじみに裏切られて追放されたんだけど、それって半分私のせいなのよね」

「そう……なのか?」

「私、彼のことは便利な従者だとしか思ってなくて、一人の人間として接してなかったのよ」

「そんな、自分を責めなくても……」

「彼だけじゃないわ。公爵派が暗躍してたなんて知らなかったし、何の興味もなかったの。私は目の前の自分の仕事だけちゃんとしてればいいわって、狭い世界に閉じこもって自分のことだけ考えてたのよ……」

 そして、ユリアは来る途中に見た王都の傷跡を思い出す。

「大聖女だからとおごっていたんだわ。結果として、多くの人を傷つけ、殺してしまったの……」

 ユリアは目をギュッとつぶり、ポロポロと涙をこぼした。

「ユリアはまだ十六才だろ? 責任を感じることなんてない」

 ジェイドはそう言ってギュッとユリアを抱きしめる。

 うっうっうっ……。

 ユリアはしばらく肩を揺らしていた。


 やがて陽は沈み、茜色から群青色への美しいグラデーションが空を覆う。

 宵の明星が西の空に鮮やかに輝き、いよいよ夜がやってくる。

 ユリアは泣き疲れ、ジェイドの体温を感じながらいつの間にか寝入っていった。

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