第66話 おまけ アンナの出産

 今日は王都での公務ついでに、アンナの所へお邪魔中。もうすぐ子どもが産まれる予定。


「私の側近候補が全員おかしかった」


「あぁ……。至らずに申し訳ございません」

 絶対にアンナのせいじゃないと思う。筆頭侍女に側近を選定する権利はない。


「アンナのせいじゃないよ。ただ、あまりの酷さに愚痴りたかっただけ」


 小さい頃からずっと一緒にいたし、やっぱり何だかんだで一番愚痴りやすいのはアンナ。

 だからつい、アンナの顔を見ると溜まった愚痴を吐き出してしまう癖が。


 そもそもが出産間近の女性にする話じゃなかった。いかんいかん。今アンナのお腹はぱっつんぱっつんかと思いきや、それほどお腹が出ていない。


「お腹、ちっちゃくない? もっとこう、ぽっこりするんだと思ってた」

 手でぽっこりを表現してみる。


「腹筋がしっかりあると、あまりお腹が前に出ないそうです。鍛えていた影響だろうと、半笑いでお医者様に言われましたね」


 昔俺がいざという時にアンナが俺を守る盾になると聞いて、一緒に逃げると主張して以来、アンナは熊さんに師事してマジで鍛えてくれた。

 約束通り、ライハルト様を抱えて逃げおおせます! と言ってくれた時のアンナは眩しい笑顔で筋肉でカチカチだった。慌てて止めたよね。


 今思えば、非常に申し訳ない我が儘だった。この国では柔らかい女性が好まれるというのに、やらかしてしまった。

 今では俺の背も伸びて、アンナが抱えるのは不可能だけれど、俺も鍛練を頑張って自力で逃走するくらいは何とか。足も速いぞ。


 そもそも相手の目的が俺なので、俺がさっさと逃げれば皆が無事でいられることに気が付いた時には放心した思い出。

 今ではベアードに、ここまで守りやすい護衛対象は滅多にいないとお墨付きをもらっている。


「そうなんだ。さすがに出産には駆けつけられないと思うけれど、痛いらしいから頑張ってね。これ、安産祈願のお札。安産とか豊穣の女神何ちゃらのだって」


「何ちゃらで台無しではないですか」

 笑いながらも丁寧にアンナが受け取ってくれた。本当は不安な癖に。それがこれで少しでも和らげばいいな。


 探してみたら、ちゃんとこういうのもあった。チャンスがあれば出産に駆けつけてみたい俺。


「ありがとうございます。ですが、私の出産に第一王子に駆けつけられても困りますので、是非遠慮して下さい」


「ええー」

 俺が行くと熊さんも一杯来るし、一番疲れ切った顔を人に見られたくないとかもあるだろうし、諦めた方が良さそうな感じ。残念。


「ケビンはしばらくは城で待機にしてあるし、陣痛が始まったら追い出すようにルヒトじいに頼んであるから、お姉さんよろしくね」


「はい、必ずお知らせします」


 臨月なので出産経験のあるアンナのお姉さんが来てくれているのだ。最初は度々来る俺に驚いていたが、今は一緒のテーブルでお茶を飲んでくれる。


 その後、アンナは元気な赤ちゃんを産んだ。しわしわでも超かわいい。


 更にその後、産後少し落ち着いて、授乳やらで寝不足のアンナの元へ行き、赤ちゃんを甲斐甲斐しくお世話した。

 オムツを替えたり、俺と熊さんで見ているからとアンナに仮眠を促し、お姉さんが買い物に行ったり家事をしたり。


「ケビン様より役に立つわ……」とお姉さんが思わず漏らした一言にガッツポーズした。


 後でケビンに勘弁して下さいと言われた。だからケビンにどういうフォローが喜ばれるかのレクチャーをした。


「ライハルト様のお陰で、ケビンがいい旦那に変わりつつありますよ」

 アンナが嬉しそう。


「それは良かった。ケビンって、仕事は要領よくこなせるのに、変なところで不器用でしょ? ビビっちゃってあまり手伝わないかなと」

 姉ちゃんとケビンの子どもだから単純に可愛いのもあるけれど、ちょっと敢えてのところも無きにしも非ず。


「その通りですね。それで今は何を?」


「にーちゃ、にーちゃ、にーちゃ」

 言いながら二人の息子を抱っこしながら揺すっている。もうすぐ寝そう。


「アンナは私の姉ちゃん、だからアンナのお姉さんも私の姉ちゃん。つまり」


「つまり……?」

 アンナとお姉さんが不思議そうな顔。


「この子は私の弟ということで、父さんより先に兄さんを覚えさせようかと」


 アンナの久し振りの爆笑と、お姉さんの驚いた顔を見せて頂いた。後でケビンにマジで勘弁して下さいと、土下座する勢いで言われた。

 普通の側近よりも、私財の関係やその他でも振り回している自覚があるから、良い父親、良い夫になってね、ケビン。


 なると思っているからわざわざ言わないけれど。その後、ケビンが必死でとーちゃ、とーちゃと連呼していたとアンナに教えて貰った。

 にーちゃ作戦は結構本気だったのに、ちょっと残念。ケビンには自分の子どもにするようにと再度言われた。


 婚約者でさえ決まりそうにない俺には、なかなか切ないお言葉でした。

 ケビンはそうは思っていないから言ったのだとわかっているけれど、現状がね。

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