第22話 悪巧み?
ケビンはリーリアに発破をかけられたので、元々行くつもりだったルヒトの部屋を直ぐに訪れる事に決めた。
殿下の私財という事で、一瞬ひよってしまったのをリーリアに見抜かれて悔しいからか、早足になる。そんなケビンをルヒトは部屋へ迎え入れた。
「どうした、ひよっこ」
二人だけの時には、ケビンはルヒトにこう呼ばれる。いつか認められて名前で呼ばれたいとケビンは思っている。
「オルグチーズの申請書を見て頂きたいのです。申請は通りませんでした。ルヒト様のご意見を聞かせて頂きたいです」
ルヒトは渡した申請書を、現役だった頃の視線で目を通してくれている。殿下が絡むとこの人も甘い。
「まず、計画が全般的に甘い。羊や山羊を増やしたところで、この手間がかかるチーズを作る為の人員確保は?」
「領主様が何とかすると」
「具体性に欠けるな。そもそもチーズは羊や山羊の餌次第で味が変わるはずだし、家庭用に作っていたなら余計に品質の安定が難しいはずだ。その辺のノウハウは?」
自分の計画の甘さを痛感する。
「そう落ち込むな。今の話は申請が通ってから詰めてもいい話でもある。この申請書が通らなかった最大の理由は、ここだろうな」
ルヒトが指でとんとんと指し示したのは、発案者の名前。殿下の名前だ。
「まさか……」
「この計画は内政部門だけではなく、国でも重要視されている地方の収益改善だ。話題になっているのに却下される方がおかしい。ならば、内容ではなく他の部分で落とされたと考えるのが自然。となると、だ」
「そんな事があり得るのでしょうか」
「根も葉もない噂がこれだけあるんだ。どこで却下されたのかは私が探りをいれよう。似た様な申請書が来ないか内政部門に見張ってもらえ。申請してきた奴からライハルト様の敵が探れる」
「わかりました……」
「ライハルト様には敵が多い。我々だけでも味方でいよう。ただ、噂が巧妙過ぎる。尻尾を掴ませる様な真似はしないだろうがな」
「はい……」
殿下に関する噂は相変わらず酷いものが多い。上げればキリがないほどあり、似た様な内容ではあるが新しい噂が常に出回る。
今回の視察も、勉強をサボる為の我儘だったと言われている。勉強が遅れているのは確かだが、それは以前の教師に問題があったからだ。
接する機会の多い護衛も、時々会う料理人や針子でさえ、殿下にその様な噂が出るのを不思議がっている。それでも悪い噂は出続ける。
殿下と直接接していない人間から噂が広まっているのは確実で、アンナや他の侍女たちとも協力して噂を消そうとしたが消えない。
「そう気を落とすな」
「あっ、そうです。本題はそこではなく」
「あん?」
慣れては来たけれど、相変わらず口の悪いじじいだ。
「殿下が申請が通らないなら、自分の私財で投資をすると言いまして。確実に利益が上がるようにするにはどうすればいいか相談に来たのです」
「何と……! それはまた面白そうな話だな。却下した奴を、我々でぎゃふんと言わせてやろう」
そこからのルヒト様は完全にかつての予算部門長だった。指摘に従って領主と何度もやり取りを繰り返し、投資ありきで具体的な計画がかたまっていく様に、充実感しかなかった。
内政部門に所属していた時は、まだここまで大きな仕事を任せられる立場にはいなかった。
私では思い付かなかった視点も数多くあり、ルヒト様は流石としか言いようがなかった。
私では長くチーズをオルグ領周辺の特産品として守れなかっただろう。
その後、無事にライハルト殿下の私財で投資が行われ、羊や山羊を購入できたとオルグ卿から感謝の手紙とチーズが殿下個人宛てに届いた。
王都からは離れているが、殿下の味方が増えたと思った。後でルヒト様と軽く祝杯をあげねば。
「売ったらお金になるのに、ありがたいねぇ。お礼にチーズの金額分にちょっと色を付けて、保湿クリームや砂糖を送っておいてくれない?」
一体この優しく心遣いが出来る殿下の、何処が傲慢だと言うのだろう。
「あっ、砂糖は辺境伯が融通してくれるんだったっけ。ワインとか紅茶の方が喜ばれるかな?」
「確認して手配しておきます」
リーリアが手配するなら任せて大丈夫だ。お前は投資に集中しろって事だと受け取る。優秀なリーリアなら、確実に相手が喜ぶ品を選んでくれるだろう。
リーリアに完全の乗せられた気もするけれど、それで成功するなら問題ない。自分が買える中では上等なワインを持参して、ルヒト様の部屋を訪れた。
「オルグ卿から、殿下個人へのお礼状とお礼の品が届きました。今のところ順調で、秋になれば増産分の第一陣が領民に出回りそうです」
「そうか、それは良かった」
喜ぶと思っていたが、ルヒト様の表情は渋い。まだ利益も出ていないのに祝杯は早過ぎただろうか。ちょっと気まずい。
「私からは残念な話だ。あの申請書を却下したのは陛下だ。予算部門長も間違いではないかと思って陛下に理由を聞いたそうだ。理由は内容では無く、ライハルト様にはまだ早い、だと」
「……」
「驚かないな?」
「ルヒト様に申請書を見せて殿下の名前が原因だと言われた時、陛下ではないかと少し思っていました。想定の範囲内ですね」
「……ほう? 想定の範囲内か」
「ええ。今までの殿下への対応を考えれば、さもありなんです」
「そうか。ヤケ酒だな」
「いえ、今の予算部門長が公平な方だと知れただけでも僥倖です」
「当たり前だ。私が直接後継者に指名したんだぞ。変な奴を指名するわけがないだろう」
「ははっ、それもそうですね。しかも聞きましたか? 今回のオルグチーズ、クールベ殿下の手柄にされていますよ」
「知っている。しかも王妃陛下が次に流通用に回せそうな分のチーズを買い占めたってな」
「聞きましたよ。何様なんでしょうね」
「それな。クールベ殿下からシメていくか」
「それがいいでしょうね。殿下の事を可愛がっていると思っていたら、とんでもない」
「それな」
その後、オルグ卿からの手紙で更に広範囲の近隣領地にも殿下の私財から投資を行い、北西部が我が国の一大チーズ生産地になったのはまた別の話。
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