【2章 - 1】トリック・アンド・トリート!



 佐藤さとう竹寿たけとしの自宅の一階、両親の営む紅茶店『松竹梅しょうちくばい』は、大きなガラス窓が特徴である。

 土曜午前、そのガラス窓を拭き終えた父が、カウベルの音ともに店内に戻ってきた。

み切った良い天気だ。向かいの公園でもう、子どもたちが走り回ってるよ」

 布巾を引っかけたバケツを右手に持ち、左手で髪やひげの具合を確かめている。このところ白いものが混じりだしたのを、父はむしろ誇らしげに整えている節がある。

「お前もどうだ、竹寿。土曜日から家にこもるなんて退屈だろう」

「宿題が終わるまでは、退屈なんて感じてる場合じゃないな」

 佐藤竹寿は客席の一つにスマホや課題一式を持ち込んで、今は数学に取り組んでいる。サインコサインの傍らに、湯気も立てなくなった紅茶がティーカップに半分残っている。

「それもそうか」父がその横を通り過ぎる。「おかわりいるか?」

「いらない。代金分、小遣い減額だろ?」

「働いてくれたら、増額するぞ」

 柱時計が一つ針を進める、間もなくオープンの午前九時を迎える。

 物置の戸を閉める音に続き、なぜか溜息が聞こえてきた。佐藤が思わず振り返ると、父が新聞を手にキッチンへ入るところだった。

「どうしたんだよ」

「一人息子の親離れを目の当たりにしてるんだ、少しは感傷的にもさせてくれよ」

 不肖の息子として反応に窮し、姿勢を戻した。確かに、剣道を辞めると伝えたときにはずいぶんと嘆いていたようだし、質問攻めにも遭ったものだ。

「そろそろ何か、剣道よりもおもしろいことでも見つけたのか?」

 父が再三再四口にしてきた質問を再び投じてきた。何かを辞めるなら違うことを始めろ、というのが父の持論らしい。父が警官を辞めて、紅茶店を始めたように。

 それに対し、佐藤は姿勢こそそのままに、おもむろに答える。

「……まぁ、あったと言えば、あった」

「ほお?」父が顔を上げる。「珍しいな、これまではぐらかしてたのに。何だ?」

 しかし、佐藤はやはりここで返答に困った。女装と言うのは簡単だし、現に明日のハロウィン用に女性下着をいくらか自室に持ち帰ってきている。それでも、いざ明言を強いられると羞恥や躊躇が出てくる。そもそも、変装部は秘密のクラブだし。

「……いや、やっぱり答えなくて良い」

 唐突に父が質問を打ち切った。佐藤が再び視線を向けると、「お前も大きくなったな」と呟きながら髭面を隠すようにして新聞を開いた。

「なんだよ、いきなり。気持ち悪いな」

「……子は、親や家族に隠しごとをすることで、成長し親離れしていく。親子も結局は他人どうしであって、互いの自由と秘密を尊重しあるフェアな関係じゃなきゃいけないんだ。そこを理解できないと、時にその子から手痛いしっぺ返しを受ける」

 父の声に、午前九時を知らせる電子の鐘の音が重なる。

「だからな竹寿、お前ももう高校生だ。秘密の一つや二つ、作ってたら良い」

 父は新聞から顔を出さない。前の道を一台の車が行きすぎていった。

 それから佐藤は姿勢を戻し、カップに残っていた紅茶を飲み干した。

「……親父、おかわり一杯」

「小遣い減額だぞ」

「いいよ、今度なんか手伝うから」

 背後から無造作に新聞をたたむ音と、勢いよく水を注ぐ滝のような音が聞こえてきた。

 そこに、カウベルの軽やかな音が重なる。

「いらっしゃい」と父の声。「あぁ、清花さやかちゃん」

「えっ?」

 佐藤は憶えのある名前に、思わず視線を上げた。

「こんにちは、先生。……あっ、タケくんがいる! めっちゃ久しぶり!」

 店舗入口に立っていた長身のシルエットが、途端に竹寿の横まで駆け寄ってくる。細面の頭の後ろで、髪量豊かなポニーテールがなびく。その揺動が、佐藤の記憶を呼び起こさせる。

 小学校時代、剣道クラブでよく稽古をつけてくれたのがこの清花だった。当時に比べて、スウェットパーカーにスキニージーンズという出で立ちの差異はあれ、ポニーテールの麗しさは変わりないらしい。

「タケくん、剣道辞めちゃったんだって?」

 佐藤が挨拶に窮しているのも構わず、清花が佐藤の隣に腰を入れてきた。予備校の名がデザインされたトートバッグをテーブルに置いて、さらに詰め寄ってくる。

「え、えぇ、まぁ……はい」ソファーの奥に押し込まれながら、ようやく佐藤は応じる。

「もったいないなぁ、いつも一緒になって頑張ってたのに。私がこれくらいにしたらって言っても、まだやるもっとやるって聞かなくて」

「それ、剣道の稽古のことですよね?」

「まあ結局、私たちは別れる運命だったんだけど」

「そりゃ清花さんのほうが学年二つ上ですし」

「最後のあの時は、思わず泣いちゃったわね」

「確かに泣くくらい笑ってましたね、俺が……」

 清花さんの髪が好きですなどと言い寄ったから、とまでは口にせず、さりげなく目をそらす。その時のことは今思い出しても歯ぎしりしたくなる。腹を抱えて大笑する清花とか、隣にいた東のニマニマ顔とか。

 コトリ、とお冷やが清花の前に供される。

「清花ちゃん、今日はどうする?」と父が尋ねた。

「いつものでお願いします」と清花がピンクのタンブラーを手渡す。「もう毎日たいへんで。剣道引退した途端に受験一色ですからね。紅茶で一服するときくらいしか休めませんよ」

「清花ちゃんなら、素振りとかやっても良いんじゃない? 体動かすほうが記憶力が向上するって聞いたことがある」

「本当ですか? じゃぁ、今度素振りしながら英単語の暗記してみようかな」

 清花が木刀と英単語帳を持って、一・二・三の代わりに英単語を唱えている姿を、佐藤は思わず想像した。清花がはかま姿だったせいで、どうにもシュールだ。

「あ、タケくん、今笑ったでしょ?」清花がすばやい動きで振り返る。「言っとくけど、タケくんだってそのうち人ごとじゃなくなるのよ、二年なんてあっという間」

「そういうもんですかね」

「特に」と清花は佐藤の問題集を指す。「三角関数なんて定番だしね。私なんてチンプンカンプンなままやってきたから、模試でひどい目に遭ったわ。先生にさ、テスト用紙の余白使って『三角関数ってなんですか?』って質問したけど、『直角三角形の辺と角の関係です』って答えがあって、そんなのは分かってるよ! そうじゃなくって! って言いたくなったし」

「それは質問の仕方が悪いんじゃないかと……」

 佐藤のぼやきに、清花が「あら失礼ね」と唇をとがらせる。

「だからさ、タケくんも今からちゃんとやっとかないと。過去からしっぺ返しされるわよ」

「何がだからか分かりませんが、まぁそれは」

「でさ、この話、妹にも伝えてよ」

 佐藤は瞬きを数度した。「……妹?」

「とぼけないでよ」清花が小突きにきた。「萌美もえみよ、萌美。同級生でしょ?」

 とぼけたつもりはなかった。ただ、清花の名字が『糀谷こうじたに』であることを失念していただけだ。

「ってか、なんで俺が? 普通に本人に言えば良いじゃないですか」

「言ったわよもちろん。でも噂で聞いたけど、最近よく学校休むんだって? それに、塾もしょっちゅう休んでるのよ。今からサボり癖とか、冗談じゃないわ」

「はあ……」

「だからねタケくん、萌美のこと監視しといてよ。それでなんかあったら私に報告して」

「いや、だからの意味が分からないですよ。って、勝手に俺のスマホ取らないでください!」

 佐藤が抗議するも、清花は佐藤のスマホを奪って背を向けてしまう。しなやかなポニーテールが佐藤の頬を打った。わずかな汗の匂いが鼻先をかすめる。昔の記憶をくすぐる匂いだ。

 佐藤がほおけた一瞬に、清花はLINEのID交換を済ませてしまった。身と髪を翻し、スマホの本来の持ち主に返却する。

「はい。あと、妹には当然内緒だからね」

「は、はぁ……」

 溜息じみた声が漏れた。『さやか.K』というID名の表示されたスマホの画面から視線を上げると、笑みを浮かべる面長の顔。なるほど、妹と似た悪戯いたずらっぽい笑みだ。



「ふわぁ、さすがハロウィン、人がいっぱい!」

 海場かいば之也ゆきやが感嘆の声を上げる。サイドテールが跳ね踊り、佐藤のアームカバーをさっと撫でた。それが何にもまして気持ちのたかぶりを表している。

 都心部の南方エリア、通称ミナミと呼ばれる歓楽街に、変装部員ら四人はやってきたのだ。

 南北に続く大商店街と東西に延びる堀川との交点に架かる大国橋だいこくばしは、名実ともにミナミの中心。長さはないが幅が広く、円形の広場も設けられている。

 そして、十月最後の日曜、そこはハロウィンにかこつけた者たちの祝祭の舞台と化している。かぶり物やメイクで思い思いの装いをした若者たちの、半ば混沌と呼ぶべき即興劇エチユードは、夕闇が迫るにつれいよいよ高潮に達しつつある。

 無論、変装部員らもそれぞれに装っている。

 佐藤と海場は、音ゲー『スターライト・ステージ』のキャラをイメージした、歌って踊れる地下アイドルデュエットに扮している。もちろん歌う気も無ければ踊れるはずもないのだが。

 海場はオレンジ色の肩出しブラウスとミニスカートを身につけ、白のグローブとニーソックスが手脚を覆う。肩から肘まで露出させた大胆さもさることながら、左後頭部の大きなリボンや首に巻いたリボンタイ、手首のハートのアクセサリーにヒールのあるブーツと、そこかしこに女の子っぽさがあふれている。

 佐藤の場合、フリルスリーブのブラウスとアームカバーとタイツを着用しているため、露出度では控えめ。それでも、ミニスカとタイとブーツは海場のと色違いなだけで、要所をカバーしながらもアイドル少女らしさは失っていない。手首のアクセサリーは大きめの二重リング、ショートヘアのウィッグの上には紺色のキャスケットを載せている。

「それにしてもこれが手作りとは、すごいなユキ」と佐藤は自分の格好を改めて見下ろす。

「市販の服を刺繍したりして改造しただけだよ」と海場が身を左右にひねる。髪も舞う。

「いや、それでもすごいぜ。マジでアイドルになった気分だ」

「えへへ、ありがとう」海場が相好そうごうを崩す。

「ふーん」後ろから不満げな声が聞こえてきた。「こっちには何も言ってくれないんだ、メイクしてあげたのに」

「もちろん感謝してるよ、メアリちゃん。今日も生々しい傷だね」

 海場の礼に、【メアリ】は得意げに鼻を鳴らした。その顔の右半分には、強靱な爪で引っかかれたような傷が浮かび上がり、右目の眼帯の下を縦断している。さらに袖もなく露わになった右腕にも無数の切り傷古傷が走っている。背中へと広がる濡れ羽色のウェーブヘアですら、今にも悪魔の翼に変化しそうな威圧感がある。本人曰く、今日は【闇堕ち魔法少女】らしい。

「闇堕ちって言うか」と佐藤。「乱戦くぐり抜けて、もう後戻りできないって感じだな」

「そうね」と【メアリ】が頬の傷を指す。「この傷が化膿かのうして、ついには力が暴走してしまうのよ。善悪の見境も無くなってしまうくらいに。そして、可憐にして優美だった魔法少女は、いつしか魔女となって恐怖と絶望を世にまき散らす存在と化してしまうの」

「可憐で優美だったのか、元は……」

 佐藤の呟きに、【メアリ】は「なによその言い方」とむくれる。実際、元の姿が想像できるかと言われれば難しいのだ。それほどまでに、顔を走る傷がリアルすぎる。

 海場に同意を求めようと、目線を転じる。が、海場は部長に声をかけているところだった。

「大丈夫ですか、部長さん?」

「……気にするな。人混みに慣れないだけだ」

 部長が眼鏡のない顔を土気色にして答える。体調云々というよりは、そういう色味のファンデーションのせいもあろうし、蜘蛛の巣の紋様が顔の半分を覆っているせいでもあろう。

 その装いを一言で表すなら、【プチデビル】。ショートの黒髪ウィッグ自体はシンプルな代物だが、そこから小ぶりな角を飛び出させているところが、いかにも小憎らしく愛らしい。シャツやスカート、ロングブーツも黒で、背中には小ぶりな悪魔の羽を背負っている。

「それより何をするんだ、こんなところで」

 【プチデビル】が斜めに三人の顔を見上げた。右手でかき抱く左腕には、こちらも蜘蛛の巣を模したタトゥー模様が描きこまれている。

「別に何ってしないの」と【メアリ】が指を振る。「ちょっと変わったお散歩なのよ」

 言い方が正しいか分からないが、佐藤も異議はない。【プチデビル】は自らを奮わせるためなのか、首を左右にふるふると振ってから、「分かった」と言った。

 四人は人の流れに乗って、大国橋の付近を行ったり来たりし始めた。時刻は五時に近づき、ビルのネオンサインが煌々としはじめる。大国橋のシンボル的存在であるお菓子メーカーの看板でも、両手を挙げたランナーの姿が明滅している。

 海場はスマホを頭上に掲げて、動画モードで一回転し雰囲気の全体を撮る。佐藤も周辺の仮装行列に目を向けては、あれはなんの格好だろうと海場に話を振る。【メアリ】はその二人の後ろに前にと回り込んでは写真に収め、部長はずっともの静かに後からついてくる。

「それにしても、いろんなやつらがいるな」

「そうだねぇ」

 佐藤とユキは揃って感心している。天使然とした白の羽根を負っている女性もいれば、口の端から血のりを垂れさせている男もいる。ポケモンのつなぎを着ただけの人もあれば、スパイダーマンの姿もあった。装いの種類もレベルも様々だ。

「ま、うちらに勝てるところは皆無だけどね」

 後ろにいた【メアリ】が胸を張って言う。海場と佐藤は振り向き、揃って首を傾げた。

「だって」と【メアリ】が続ける、「ここにいるほとんどの人は仮装しているのよ。それに対して、あたしたちは変装してるの」

「仮装と、変装?」と佐藤、「それは違うものなのか?」

「そうだな」と部長がわずかに顔を上げた。「仮装と変装、ついでに言うとコスプレと、この三つは別物だ。おいメアリ、仮装は?」

「仮の姿に装うこと」

「コスプレは?」

「コスチューム・プレイ。プレイは演技するって意味ね」

「そうだ。では変装は?」

「装いを変えるのよ」

「……変な装いをすることじゃなかったのか」

 思わず漏れた佐藤の呟きに、《メアリ》がキッとにらみつけてくる。頬の傷がリアルなだけ、その狙い澄ませたような視線は心臓に悪い。

「つまりな……」

 部長が改めて口を開いた、そのときだ。

「「トリック・オア・トリート!」」

 お決まり文句の二重唱、四人は同時に足を止めた。

 女性二人組のそっくりな笑顔と、白と茶色のロングヘアが目前にあった。いかにも作り物めいたウィッグではあるが、それぞれの色味を合わせたフリルたっぷりリボンたっぷりのワンピースとの相性が良い。一つのデザインとして、そしてペアとしても実にバランスが取れている。

「あっ、『スタ・ステ』の【シャ・エト・ショコラ】!」海場がパンッと手を打った。

「あ、分かっちゃった?」【白】が笑みを深くさせた。「こんにちは、猫田ねこたミサキでーすにゃん」

「にゃん」と海場が猫の手ポーズを真似る。

八千代やちよ駒子こまこです」次いで【茶色】がバスケットを差し出す。「チョコレートはいかが?」

 見れば、市販のチョコレート菓子やチョコチップクッキーが入っている。海場が四つ手に取って、変装部メンバーに配った。

「四人はどういうグループなの?」と白の【猫田】が訊ねた。

「高校のサークルみたいなもので」答えたのは【メアリ】だ。「こっち二人は好き勝手やってますけど、そっちのユキとかぐやは『スタ・ステ』にいそうなオリジナルキャラなんですって」

「すごい、オリジナルなんだ」と茶色の【八千代】がバスケットを揺らした。「二人のユニット名は?」

「今夜限りなんで」と海場。「そうですね、【トリック&トリート】でしょうか」

「「お菓子をあげたらいたずらするぞ?」」

 【シャ・エト・ショコラ】の唱和に、海場が「あ、間違えました」と慌てて両手を振る。いちいち仕草が愛らしい。

 ――と、後ろから【プチデビル】が佐藤の肩を叩いた。

「いや、間違っちゃいないな。そうだろ、かぐや?」

「なんで俺にふるんですか?」

 思わず身をひねって言い返してしまった。慌てて口を押さえる。

 ゆっくり顔を戻すと、【猫田】も【八千代】もじっと佐藤のほうを見つめている。佐藤はやや身を引きつつ、「ど、どうも」と会釈。

「うわぁ、うそっ! 男の子なの君っ?」「すごいっ、言われなきゃ分かんなかったよ!」

 途端に大声を上げる二人。周囲が何事かと振り向く。佐藤は逆に肩を縮こまらせる。

「えっ、失礼だけど、もしかして君も?」【猫田】が海場のほうに恐る恐る尋ねる。

「まぁ、はい」と、海場も躊躇いがちに首肯した。

「ええぇっ! 全然分かんない!」【八千代】は身を仰け反らせた。「声もかわいいし、本物の女の子アイドルだよ、ステージ立てるよ」

 海場がうなじをかいた。頬が緩んでいる。いつしか佐藤が妹だと錯覚したときと同じ反応だ。

「お菓子をあげたらいたずらされちゃった」「ほんとにトリック・アンド・トリートだね」

 まだ興奮冷めやらぬ様子で二人は顔を見あわせる。さらに同時に振り向いて、「「一緒に写真撮って良い?」」と声を重ねた。佐藤は思わず吹き出しそうになる。あまりに息ぴったりだ。

 改めてみてみれば、全体の色味が違うだけで、そっくりな体格と顔立ちをしている。

「双子の姉妹ですか?」

 佐藤の問いに、【八千代】が「そう、わたしが妹であっちが姉よ」と答えた。【猫田】は撮影を買って出た【プチデビル】にスマートフォンを渡しているところだった。

 四人並んでの撮影を終え、なぜだか【メアリ】と部長も含めた六人で自撮りもした。嫌がっていた【プチデビル】だが、強引に画角に引き入れられ猫の手ポーズを取らされていた。

 最後にゲームのIDを交換し、【シャ・エト・ショコラ】は人混みの中へ、互いの腕を組んで行ってしまった。変装部四人は橋のたもとに移動して、それぞれに菓子の個包装を開けた。

「おもしろかったねぇ、あの二人」と海場が言って、小粒のチョコレートを口に入れる。

「姉妹一緒にハロウィンとか、よっぽど仲が良いんだろうな」

 佐藤もチョコがコーティングされたクッキーを半分かじった。ほろほろに砕ける生地とチョコの甘みを舌に感じつつ、「姉妹と言ってもよりけりか」と呟く。

「よりけりって?」

 海場が振り向いた。佐藤は口の中のものを飲み込む。

「とある姉妹で、その両方と知り合いってのがいるんだけど。昨日か、突然うちの店にその姉のほうが来て、『最近妹がサボりがちだから監視しろ』って言うんだよ」

 話してしまってから、これは口外禁止だったかと考えがよぎった。だが、『妹には内緒』としか明言されなかったから、ここで言う分には問題あるまい。

「うーん、過保護なお姉さんって感じなのかな」

「まぁそんな感じだな」

 佐藤はクッキーの残りも咀嚼そしゃくして飲み込んだ。ふと見上げた空は大分暗くなってきて、街はますます活気づいてきている。さてこれからどうするか、と佐藤が口を開きかけたとき、

「どうしたメアリ?」

「……コンタクト、ずれちゃった」

 部長と【メアリ】の声に振り向く。【メアリ】が顔を下に向けて、左目を手で覆っていた。【プチデビル】がその顔を覗き込んで、「泣くな、アイメイクが崩れる」と注意する。

「大丈夫、メアリちゃん? どこかで直す?」

 海場の声がけに、【メアリ】は小さな頷きだけを返す。

「でもよ、仮装した人は入店するなって書いてあるんだよな、どこも」

 佐藤は辺りを見回しつつぼやいた。近くのファッションビルはもちろん、これまで見てきた商店街のどこを見ても『仮装した人の入店はお断りします』の張り紙であふれていた。

「だったら、もうお開きにしよう」と部長が顔を上げた。「明日も学校だ。それに早くしないと着替えられるトイレも帰りのメトロも、どっちも混むぞ」

「そうだね」と海場が首肯した。「今日は充分おもしろかったよ」

「左に同じだ」

 佐藤の言に、左隣に立つ海場は首をひねった。

「……『右に同じ』じゃない? 実際の位置は関係ないと思うよ」


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