その人は、神々と対峙し、ジーナが勇敢に主張する。

 ガネーシャ様の黄金の大神殿。 

 大きさの感覚、色彩の感覚、造形の感覚……。

 とにかく、わたしたちの知っているものとは感覚が違いすぎる。

 たぶん、わたしはまだ行ったことがないが、わたしたちの国の都の神殿も、きっとそれはそれは壮大なものなのだろうけど、こんな色遣いでないことだけは確かだ。

 遠近感がおかしくなるような、壮麗、絢爛豪華なのだ。

 壁にはすきまなく彫り込まれた神々の像が躍っている。

 金箔がはられ、鮮やかな青や赤の飾りをつけて。


 「すごーい、なにもかもが、きんきらきんだねえ!」


 ジーナも圧倒され、あちこちをきょろきょろと眺めている。


 わたしたちは、神殿の奥、ガネーシャ様の間とよばれる、大広間に案内された。


 「これが、ガネーシャ様?」


 大広間の中央に、これもまた見上げるほどの巨大な神像が鎮座している。

 複雑な絡み合う模様の掘られた、高い天井にまでとどく大きさで、おそらく高さは二〇メイグはあるだろう。


「でかいな……この大きさは、なみだな……」


 ユウがまた、わけのわからないことをつぶやいている。


「ガネーシャ様って、象の神様なんだね……」


 ジーナが感想をもらした。

 そう、蓮華の花弁の上に、あぐらをかいてすわっているガネーシャ様は、でっぷりしたからだは人のようではあるが、その頭は象である。あの、大きな耳と鼻、牙を持った、象の頭をしているのだ。

 その長い牙は、なぜか片方が折れている。

 何かの由来があるのであろう。

 そして、腕は四本あり、その一本には杖のようなものを持っていた。


 「それで、象が迎えに来たのかあ……」


 そのとき、


 「良く、来た……」


 と、まるで象の咆哮のような、深い声が響いた。


 「待ちかねたぞ」


 と。


 わたしたちの周りが、一瞬にして暗転し、まるで芝居の舞台がきりかわるように、はらりと風景がかわった。

 霧に包まれた空間。

 そこに、黒檀の木で作られた円卓があり、円卓のまわりには、籐の五つの椅子。


 霧の奥から、のし、のしと歩いて現れる、四本の腕をもった、象頭の人。

 一つの手には、長く黒い杖が握られていた。

 ガネーシャ様だ。

 その首には、あの、ダンジョンでユウが取り戻した、ガネーシャ様の護りがかけられている。


 

 「まあ、座りなさい」


 とガネーシャ様が言い、その正面にユウ、左隣にわたし、右隣にジーナが座った。

 すると、わたしの横に、椅子は一つ余る。


 「まずは、礼を言おう、この首飾りを取り戻してくれてありがとう」

 「いえいえ、こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」

 「アンバランサー、おぬしが謝ることではないのだがな……だが、そういうふうに考えるということが、すでに……」


 と、ガネーシャ様はうなずいた。


 「今日、ここに来てもらったのは、礼をいいたかったこともあるが」

 「はい」

 「お主に、会って、確認したいこともあったのだ」

 「えっ?」


 ジーナが身構える。


 「また、ライラが用足しに行ってさらわれるとか?」

 「ジーナ、やめてよ!」


   うふぁふぁふぁふぁふぁ!


 ガネーシャ様は、豪快にわらった。

 その笑い声で、突風がふき、わたしとジーナの髪がおどった。


 「娘よ、安心しなさい。わたしは、ヴリトラのような無粋な真似はしない」


 「だれが、無粋だって?」


 と突然声がし、見ると、いつのまにか、わたしの横の空いていた椅子に、人頭蛇身のヴリトラ様が巻き付くように座っている(これは、座っているというべきか?)のだった。その長いからだは、霧の奥の方までずっと延びて見えなくなっている。


 「「うわっ! 出た!!」」


 わたしとジーナが思わず叫ぶ。


 「その言い方は、神に対して、すこしばかり失礼ではないかな?」


 ヴリトラ様が言う。

 まあ、そうかもしれませんが、これまでのいきさつがあるわけですし、わたしのからだが、知らず知らずに、ヴリトラ様を避けて、ユウの側にかなり傾いてしまうのは仕方がないと思います。


 「あいかわらず、じゃけんにするなあ君は」

 「ヴリトラ、それは自分の行いの結果であろうよ。因果応報というものだ」


 とガネーシャ様が笑って言う。

 ひょっとして、この二人、意見の相違があるなんていいながら、かなり仲がいいのでは?


 「そう、みえるか?」


 とヴリトラ様がわたしに言う。

 あいかわらず、筒抜けである。


 「うん、君の考えることはぜんぶわかってしまう」


 そういって、にやりと笑うヴリトラ様。

 やはり、かなり性格が悪いと思う。


 「楽しいねえ、君は。その忌憚のない意見がうれしいね。やっぱり、わたしに弟子入りしないかい?」

 「しません!」

 「ヴリトラ、娘とじゃれあっていたら、話が進まないだろう。ここは、わたしの神殿だぞ。少しは遠慮というものを見せろ」

 「わたしたちは真剣な話し合いをしているんだよ、ガネーシャ。でもまあ、主人の顔をたててやるか。さあ、どうぞ」


 さあどうぞ、と言われて、ガネーシャ様は


 「ようやく、本題に入れそうだ。それで、アンバランサー・ユウよ」

 「はい」

 「再三、ヴリトラからも問われていたが、お主、わかっているか?」


 そう、ガネーシャ様は、ユウに問うた。


 「アンバランサーとしてのお主が、この世界にとどまり続けると、そこでなにが起こるかということが」

 「それって、もと居たところに帰れってことですか?!」


 ジーナが割り込んだ。


 「この世界から出てけってこと?」

 「それも、ひとつの選択ではあるが……」

 「ユウさんは、ゼッタイに出ていかないよ! ずっと、わたしたちといっしょにいるんだ!!」


 ジーナが一生懸命に言う。

 ジーナ、あんたのそういうところ、わたしは大好きだよ。


 「うん、わたしも好きだな」


 とヴリトラ様。なんと、わたしとヴリトラ様で意見の一致を見た。


 「追い出そうという話ではないのだ。娘よ」


 ガネーシャ様は、静かに言う。


 「だがな……娘よ、ここはアンバランサーの本来の世界ではないぞ。かれの、もと来た場所には、家族がいるかもしれない、大切なものがあるかもしれないのだぞ。かれが、故郷に帰りたいと言ったら、娘よ、お前はそれでも止めるか?」

 「……それは……それは……そうだけど……ユウさんがそうしたいなら……そうなんだけど……」


 ジーナはしょぼんとして、口ごもった。


 「だが、わたしとヴリトラが言っているのは、それ以前の問題だ。

  アンバランサーよ、この地に残る選択をしたとき、お主の身に何が起こるか、それをわかっているか?」


 ユウは、いつもの静かな表情で、沈黙している。

 そう、ヴリトラ神さまも言っていた。とどまり続けることで、ユウの身になにかが起こるのだと。

 なにか、とんでもないことが?

 ユウが深く傷ついたり、命にかかわるような?


 「命にかかわるといえば、かかわるのかもしれないが……」


 ヴリトラ神さまがつぶやく。


 「そんなの、だめ!」


 わたしは思わず叫んだ。


 「なにが起こるんですか、ガネーシャ様、ヴリトラ様! 教えてください!!」


 ガネーシャ様は、その優しい目で私をみて


 「それは、我々には言えないのだよ」

 「なんでですか?!」

 「それは、アンバランサーが決めることなのだ。アンバランサーが、すべての選択をしたあとなら、言えるが、我々がそれを今、君たちに明らかにすることは禁じられている」

 「……神様にも、禁じられていることがあるんだ……」

 「君も神になってみるとわかるぞ。不自由ばかりだ」


 とヴリトラ様が言った。


 「我々は、アンバランサー、君が好きだ。できれば、この地にとどまってほしい。だが、代償がある以上、これは君の選択なのだ」


 「ユウ、あなたはわかっているの? どうなっちゃうのか?」


 わたしは、ユウの腕をつかんで、尋ねた。


 「教えて!」


 ユウも、わたしをじっと見て


 「今はまだ言えないけど……たぶん、君たちが悲しむようなことにはならないから」


 そう静かに言った。


 そのとき、


   バン! バン! バン!


 と、何かが何度も激しくぶつかるような音が、霧の空間に響き渡った。


 「結界に入ろうとしているものがいる」


 ガネーシャ様が言う。


 「敵ですか?!」

 「違う、害意はない、今から結界を解くぞ」


 ガネーシャ様の声とともに、また、周りは暗転し、次の瞬間わたしたちは、最初の巨大な神像の前にいた。

 目に入ったのは、とほうにくれたように、広間の天井付近をぐるぐると回っている、六枚羽の鳥。

 羽は折れて、破れ、ぼろぼろになっていた。

 それが、わたしたちを見つけるやいなや、一直線にユウのもとに。

 ああ、あれは、ルシア先生の、事告げ鳥だ!


 「サン、助ケテ! 助ケテ! えるふノサトガ!」


 事告げ鳥は、ルシア先生の声で一声そう叫び、そして、力尽きたように、一瞬にして灰色に石化し、墜落した。

 大理石の床に衝突したルシア先生の事告げ鳥は、激しい音をたてて、粉々になってしまった。


 「向こうで、なにかが起きたようだ……」


 ユウが険しい顔をしていった


 「一刻もはやく、ルシアさんのもとに、行かなければ……」

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