<幕間> 花は咲くか、咲かないか(大道芸人ナハティガルの話)

 わたしの名はナハティガル。

 しがない、大道芸人である。

 シンドゥーの国、都の大通りで、道ゆく人々に芸をみせて、生活している。

 いや、これを芸といっていいものか、どうか。

 今日も、わたしは、大通りの一角に、むしろを広げて座り、客を待つ。


 「花は咲くか、咲かないか? 試したい人はいないかな?」


 それが、わたしの芸の、決まり文句である。


 「おいおい、ナハティガル、『咲くか、咲かないか』じゃなくて、『咲かないか、咲かないか』だろ。いいかげん、その口上かえたらどうだい?」


 となりで古着を売っている仲間が、そんな軽口をたたく。

 わたしは苦笑する。

 まあ、そうなのだ。

 実は、わたしの芸は、花が咲かない芸なのだ。


 「おい、ナハティガル、一つ頼むよ」


 と、声がかかる。

 常連さんである。


 「アディティ、一本くれ」


 常連だけあって、段取りはもうわかっているので、わたしが何か言わなくても、これもわたしの横で店を出している女の子、アディティに、金を払って、花を受け取った。

 アディティは、まだ幼いが、家計の足しにするために、こうしてわたしの横で花を売っている。

 花といっても、正確にはまだ、花ではない。

 野原から採ってきた、ただの草の茎である。緑の葉はついているが、どこにも花はさいていない。いってみれば、だれも見向きもしない無価値なものだから、幼いアディティでもこうやって、ある程度集めてくることができるのだ。


 「さあ、どうだ、ナハティガル、今日は?」


 常連さんから受け取ったその茎を、わたしは目の前に置いてある壺にさした。


 「花は咲くか、咲かないか? あなたの未来のために、わたしは今から全力を尽くす!」


 そう口上をのべて、わたしはその茎に、力を働かせる。

 魔法ではない。

 わたしに魔力は、かけらもない。

 ただ、少しだけ、その特別な力があって。


 「おう、くるぞくるぞ」


 壺にさした、緑の茎の途中に、小さな小さなふくらみができて。

 そのふくらみが、次第にかたちを整えて。

 それはいまや、花の蕾になる。


 「うん、ふっ、はっ!」


 わたしは、渾身の力をこめる。

 汗がだらだらと流れ、呼吸も荒くなる。


 「がんばれ、ナハティガル、あと少しだ!」


 まわりの見物人から、声援が飛ぶ。


 「ううっ、はあっ! たああっ!!」


 蕾はわずかに色づき、いまにも咲きそうだ。


 「おっ、くるか? いけるか? 今日こそいくか?」


 だが、そこまで。

 残念ながらわたしは力尽き、蕾はしゅっと萎んで消えた。


 「はああ…」


 わたしは、疲労困憊し、がっくりと肩を落とす。


 「うーん、だめだったかあ…でも、まあ、お前はがんばったよ」


 そういって、観客は拍手する。

 わたしに投げ銭が来る。

 そうなのだ。

 もうこうやって、何十年もこの芸をやっている。

 だから、みんな、花が咲かないのはわかっているのだ。

 だが、花を咲かそうと必死になるわたしのすがたが、なにがしかの慰めになるらしく、みんなは、花が咲かないとわかっていても、お金をはらってくれる。

 それでわたしは日々の暮らしをたて、幼いアディティも、自分の家にお金をもってかえることができている。


 まあ、たまには、怒りだす客もいるにはいるが……。


 次に来た客はひどかった。


 「ふざけるな、ちっとも咲かないじゃないか、ええ?」

 「そうだ、そうだ、こんなのは芸じゃない、詐欺だ」

 「詫びてもらわなくちゃならんな」

 「これは、誠意をみせてもらわないとな」


 そういって、男たちが、わたしの前ですごんでいる。

 これは、まずい。

 ときどき現れる、札付きの連中だ。


 「これが、わたしの精一杯なんで」


 わたしはぺこぺこあやまるが、最初から目的は因縁をつけることなので、あやまっても何の効果もない。

 男たちの剣幕に、アディティもおびえて、今にも泣き出しそうだ。


 「こ、これで、なんとか、ごかんべんを——」


 わたしが、やむを得ず今日の上がりをさしだそうとしたとき、


 「ちょっと、まってください」


 そう、声がした。

 みると、異国の服をきた若者が、立っていた。少年と言っていいくらいの外見だ。

 あきらかにこのあたりの人間ではなさそうだが、ことばは流暢だった。

 少年の脇には、これも異国風の、女の子が二人。

 ひとりは気が強そうで、大きな刀を背負っている。獣人の少女だ。

 もう一人の利発そうな少女は、おそらく魔法使い。杖を持っている。

 この都にやってきた、冒険者のパーティなのかもしれない。


 「なんだよぅ、てめえ」


 男が低い声で威嚇するが、少年は動じる様子もない。


 「まあまあ、ぼくら旅のものですけど、なかなか、面白そうな芸ではないですか…」

 「ああ?」


 男が声を上げると、獣人の少女の手は、今にも刀にかかりそうだ。この子はおそらく、かなり気が短い。

 少年は、わたしに


 「おじさん、もういちど、やってもらってもいいですか?」

 「えっ?」

 「もういちど、その芸をお願いします。はい、お代」


 そういって、アディティにやさしく笑うと、新しい茎を受け取る。


 「さあ、どうぞ」


 壺に茎をさしてくれる。


 「いや、でも……」


 わたしがためらうと、少年は


 「だいじょうぶ、やってください」


 そういって、微笑む。

 よくわからないが、なにか考えがあるのだろう。


 「なんだよ、勝手に話をすすめやがって……」


 と、男の一人が、乱暴に前に出ようとしたが、


 「うっ!」


 少年がちらりと視線を向けると、その場でかたまって動けなくなる。

 その一瞬に、少年がなにかしたのかもしれない。

 少年の横では、獣人少女が刀のつかに手をかけて、腰を落とし、いつでも戦える状態になっている。

 魔法使い少女も、杖を前にだし、こちらもいつでも魔法を使える態勢だ。

 まあ、これでは男たちも、かんたんには手が出せそうにないが。


 「さあ、どうぞ、ぞんぶんに」


 少年がいい、わたしは覚悟をきめて、力をおくりこむ。


 「むっ、はっ、ふうっ!」


 蕾が生まれ、ふくらんでいく。

 わずかに色づき……

 ここまではいつも通り、


 「やあっ、はあああっ!」


 わたしが渾身の力をこめたそのとき、


 「えっ?」


 力が——それは魔法ではけっしてなく、わたしの力と同質の力が、すっとわたしに流れ込んできて。


  ふわり


 「「「あっ、咲いた!」」」


 なんてことだろうか、なんどやっても蕾で止まっていた花が、今、みごとにその薄桃色の花を咲かせたのだ!

 それだけではなかった。

 見ている間に、新たに、次々と蕾がふくらみ、花がひとつ、ふたつ、みっつと、広がっていった。

 ただの茎は、とうとう花束となった。

 観客はしずまりかえり、そして、わあっという歓声。たくさんの拍手。


 「すごいぞ、ナハティガル! お前、とうとう、やったなあ!」


 そんな声がかかる。


 「うーん、これはたいしたもんだ」


 そういって、少年はにこりと微笑んだ。


 ちなみに、その後、まだ不満そうに声を上げようとした男たちの前に、黒い影。


 「げっ、サラマー?」


 どこからともなく、ガネーシャ様の巫女、ダミニさまの使い魔である魔獣サラマーが現れると、あわてて逃げ出そうとする男たちを、一人ものがさず捕らえて、ひきずっていった。

 男たちには、ガネーシャ様の厳しい裁きが与えられることであろう。

 ガネーシャ様の御恵は、かくも深い。


 「すみません、よけいなことをしましたか?」


 と、その少年はいった。


 とんでもない、助けてくれてありがとうと、わたしはお礼をした。


 「あなたの、その力——」


 少年は、わたしに聞いてきた。


 「魔法ではないですね」

 「そう、魔法ではありません」

 「どうやって、その力を? じつは、その力、ぼくの力に、とても似ているのです」


 それは、わたしも感じた。

 あのとき、流れ込んできた力、あれはまさしく。

 わたしは、はっと気がついて、少年に


 「あなたは……ひょっとして、ではありませんか?」


 と、きいた。

 少年は、わたしをじっとみて、うなずいた。


 「そうです、ぼくはアンバランサーです」

 「ああ、やっぱり、そうなのか! あなたはアンバランサーなのか!」

 「ということは……」

 「そうなんです、わたしのこの力もアンバランサーの力なんです!」

 「でも」


 少年は訝しげに


 「あなたは、アンバランサーではないですね」

 「はい、わたしはちがいます」


 そして、わたしは、少年に、わたしのこの力の由来を語ったのだ。


 実は、わたし自身はアンバランサーではないのだが、わたしの祖先、わたしの血をさかのぼっていくと、遠い遠い祖先に、アンバランサーがいたらしいのだ。

 もはやあまりに昔のことで、詳しいことはいっさいわからないのだけれど。

 そして、アンバランサーのもつ特別の能力は、こどもに伝えられることはないのだが、なぜか、この小さな小さな力だけが、時を経て、わたしに発現したようだ。もちろん、わたしの母も父も、祖父祖母たちにもこの力はなく、ましてやアンバランサーの力は、血縁の誰にもなかったのだが。



 「そうなんだ……」


 その少年、アンバランサー・ユウは、わたしの話をきいて、感慨深げにいった。


 「ナハティガルさんは、遠い昔にこの世界にやってきた、アンバランサーの子孫なんですね」


 獣人少女が、少年の服の袖をひっぱり、何か言った。

 少年が話すと、獣人少女は、大きな声をあげた。

 魔法使い少女も目を丸くしている。

 たぶん、わたしの話を通訳して聞かせたのだろう。


 「そうか……ナハティガルさんの先祖のアンバランサーは、この世界にとどまって、生きていったんですね……」


 ユウは、静かにいった。


 「そうです、このわたしが、その証拠です」


 わたしは、ユウに微笑んだ。


 「ナハティガルさん、ありがとう。お話がきけて、よかった」


 別れ際、ユウがそういった。

 わたしこそ、うれしかった。

 ユウは、すまなさそうな顔をして、


 「でも、ひとつ謝らないといけないことがあります」

 「なんですか?」

 「さっき、花を咲かせたときのことですが」

 「はい」

 「あれは、ぼくの力で直接咲かせたのではなくて、ナハティガルさんの力を発揮させようと、ちょっとあなたの生命の渦を調整したのです。だから、ナハティガルさん、今後は、ぼくがいなくても、花が咲くでしょう」

 「えっ、そうなんですか……?」

 「それがまた、もうしわけないことに、確実に花が咲くほどの変化はおきなくて、たぶん、いままでどおりにナハティガルさんががんばって芸をすると、咲く時もあれば、咲かない時もあると言う、とても微妙な結果になってしまいました……ことわりなくあなたに勝手なことをして、こんなことになり、もうしわけありません」

 「失敗することもあれば、成功することもある」

 「そうです、たぶん、成功するのは十回に一回くらいだと思います」

 「そうなんですか……」


 ほんとうに、すまなそうなユウ。でもわたしはなんだか、笑えてきてしまった。

 これまではみんな、花が咲かないことにお金を払ってくれたのだけど。

 わたしは、ユウのおかげで、「咲かないナハティガル」ではなくて、これからは、ほんとうに、「咲くか、咲かないかのナハティガル」ということになったわけだ。


 十回に一回、花が咲く。


 うん、それはそれで楽しいではないか。

 なにもぜんぶ咲かなくてもいい。


「それで、いいのです。

 いや、それが、いいのです。

 ありがとう、ユウさん、あなたに会えて、ほんとうによかった」


 そういって、わたしはユウの手を握ったのだった。


 まこと、このような出会いを導く、ガネーシャ様の御恵おめぐみは広く深い。

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